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【動画付き】能登のイノシシを利活用 羽咋市と地域一体で取り組む「のとしし大作戦」

【動画付き】能登のイノシシを利活用 羽咋市と地域一体で取り組む「のとしし大作戦」

近年、都市に突然現れたイノシシが住宅街や商業地を暴走する事件が増えています。石川県羽咋(はくい)市では、地元住民と協力して身近に現れるイノシシを駆除し地域振興に活用。イノシシ肉を使った商品開発やお土産など、6次化も積極的に進めています。「のとしし大作戦」と名付けられたその活動の様子とともに、イノシシを肥料にする炭化装置導入などの新たな取り組みを紹介します。

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「のとしし大作戦」のはじまり

のとしし

毎年こののぼりが立つと、旬の到来

野生のイノシシと向き合う「のとしし大作戦」のはじまりは、地方創生の流れが出始めた2014年。羽咋市企画財政課で策定に取り組んでいた崎田智之(さきた・ともゆき)さんによると、すでに農業生産者の高齢化と後継者が育たないことによる離農が進んでいた羽咋市では、「がんばる羽咋創生総合戦略」を策定し都市部からの移住推進について模索していました。

注目したのは、無農薬・無肥料・無除草剤で行う「自然栽培」のジャンル。当時から農業で生計を立てていきたい若者の移住実績があり、計画を推進する方向性も出ていました。ただ農家への聞き取りから、自然栽培に適した山間の農地はすでにイノシシの生息域で、収穫時期になると根こそぎ食べられてしまう、そんな意見も受け、自然栽培のスピンオフ事業として2015年度に「のとしし大作戦」が本格スタートしました。

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捕獲されたイノシシ

2014年、羽咋市内でのイノシシの捕獲は40頭ほど。電気柵を設置したり、おり・わなを仕掛けたりして被害を防ぎ田畑を守る作業は、収入にもつながりません。捕まえた人に対しても捕獲奨励金を支払い苦労に報いてきましたが、仕留めたイノシシはゴミとして廃棄するのみ。崎田さんをはじめ担当者たちにとって気持ちの晴れない日々が続きました。

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Webサイト「のとしし大作戦」より

羽咋市近郊には緩やかな丘陵地帯が広がり、積雪が比較的少ないため、足の短いイノシシには過ごしやすい環境のようです。好物のドングリなどが実る林やヤブも多く、ライバルとなるクマやシカはほとんど生息しません。イノシシを捕獲する人間が増え、その技術が向上してもイノシシが少なくならないなら、貴重な資源として活用することで共存できないか――「のとしし大作戦」を充実させたい思いが一層強くなります。

イノシシ特産化を目指す「のとしし団」とは

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大作戦の心得を胸に精力的に活動する、「合同会社のとしし団」。立ち上げから3年経った2018年11月には、活力ある農山漁村の優良な取り組みを農林水産省が選ぶ「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」ジビエグルメ賞に輝いています。

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「ディスカバー農山漁村の宝」受賞式にて。安倍総理をはさんで、写真左が崎田さん、右が加藤さん

当初のメンバーは、産業建設部農林水産課に異動していた崎田さんや、地域おこし協力隊として活動していた加藤晋司(かとう・しんじ)さんなど3人。まず目指したのは、自分たちで獣肉を処理すること。衛生面や立地の点を考慮して、以前は医薬品製造工場だった場所を拠点にすべく、施設の所有者や地元への説明から始めました。「迷惑施設では」「短期間で失敗するのでは」と言われましたが、その後もイノシシの被害がなくならないことから、羽咋市として進めていかなくてはいけない事業として理解され、臨時総会で了承が得られました。

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衛生的な羽咋市獣肉処理施設

同じころ、のとしし団は「羽咋市もイノシシ始めるならあげるよ」と猟友会の人からイノシシ1頭を譲ってもらえることになりました。ところが当時、市役所の担当はもちろん、地域おこし協力隊のメンバーも、解体されていないそのまんまのイノシシを見るのは初めて。とりあえず、のこぎりやナイフ、まな板代わりのコンクリートパネルを買って道具はなんとなく揃えたものの、まだ施設は使用できず「このイノシシをどこで解体する?」と途方にくれました。結局崎田さんの自宅で解体し、全員で食べた経験は、「施設ができても解体処理の技術がなければ運用できない」という気付きになったそうです。

少数精鋭 個性豊かな「のとしし団」の団員たち

羽咋市の職員たちが出演するCMは、北陸朝日放送が主催する第15回「HABふるさとCM大賞」でグランプリを受賞

のとしし団の団長を務めるのは、羽咋市地域おこし協力隊として京都府から移住してきた加藤さん。前職はビルの管理などを行う会社員でしたが、何か新しいことにチャレンジしたいと応募。地域おこし協力隊として3年間を過ごし、「道の駅のと千里浜」の開業に携わった経験や、ふるさと納税などで順調に販路を拡張した経験をもとに、任期の満了前に羽咋市が出資する形で「合同会社のとしし団」を設立し、法人として地域おこしの活動を続けていく形を選びました。

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のとしし団 団長の加藤さん

イノシシを見たこともなかった加藤さんは、事業化への不安を抱きながらも、県内でもともとクマやシカなどの狩猟肉を食べる文化のある白山(はくさん)市で「一般社団法人白山ふもと会」という団体が獣肉処理施設を運用していると知り、自主的に研修へ参加。電気ヤリでのイノシシ捕獲やジビエイベントの運営なども経験しました。

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イノシシ解体処理の様子

現在は石川県認定の獣肉処理のプロフェッショナルとして、石川県主催の獣肉解体処理アドバイザー事業に招かれる存在に。狩猟者に内臓摘出や部位分けなど衛生面に配慮した処理を指導して、安全でおいしいジビエとその文化の普及に励んでいます。

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処理を終えたイノシシ肉

イノシシの皮を使った加工と制作を手掛けているのは、富山県出身でのとしし団の紅一点、梶嘉美(かじ・よしみ)さん。白山市でイノシシの革製品を製作する工房に携わっていた経験の持ち主。イノシシを丸ごと有効活用したいのに手付かずだった皮が、梶さんの加工技術とセンスで多彩な作品に生まれ変わります。

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革製品を手に笑顔の梶さん

革細工教室を出張スタイルで開催しています。最近では、狩猟文化に興味のある女子大生がのとしし団の活動を見学に来ることもあります。『のとしし』や狩猟やジビエに関わる取り組みが、自然と人間が共生する文化の一つとして周知されるように努めていきたい

と梶さんは語ります。

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色鮮やかなイノシシ革の小銭入れ

家族と羽咋市にIターンした、中村俊博(なかむら・としひろ)さん。前職はIT関係でしたが、のとしし団に入る前から狩猟への興味と経験もありました。「しっかりとした肉の味わいは、天然イノシシならでは。実際にのとしし肉を検査した結果、ビタミンB群やコエンザイムQ10なども豊富で栄養価も高いことが分かりました。個人的には大きめに切り分けた肉を煮込んだシチューが食べ応えがあっておすすめ」と、ジビエ通でもあります。

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イノシシの毛皮と並ぶ中村さん

事務方の髙田守彦(たかだ・もりひこ)さんは、羽咋市出身。金融機関で培ったキャリアを武器に、のとしし団に関わる経費の管理や商品売上などの出入金管理を担当。加工したイノシシ肉や革製品の受発注・のとしし団の活動見学の申し込みなど、事務的な仕事を一手に引き受けています。今後も多角的な事業活動を進める、のとしし団にとって欠かせないポジションです。

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頼れる存在の髙田さん

羽咋市の特産品となったイノシシ肉の6次化商品

肉の扱いについてはエキスパートとなったのとしし団が、さらに挑戦したのは捕獲したイノシシの肉を有効活用した6次化商品の開発。今では羽咋市の特産品となっているジューシーな「のとししソーセージ」や天然のうまみが詰まった「のとししジャーキー」。肉にかけることのできる原価を踏まえて儲けを考えた提案を行いながら、地元の精肉店と6次化商品の開発を行いました。また、のとししを使った初のレトルト商品「のとししカレー」も、ミンチの試作や営業活動などで協力しています。

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のとしし団による「のとししカレー」の営業風景

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のとししソーセージとのとししジャーキー

全国初のイノシシ用の炭化装置 今後の展望

今年6月、イノシシの皮や骨や内臓を丸ごと有効活用できるように炭にする、全国初の「イノシシ用の炭化装置」がのとしし団に導入されました。すでに炭の成分検査を終え、農作物や植樹用の肥料など環境を守るための製品化を進めていて、炭の多孔質を生かした保水効果などが期待されています。

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炭化装置でイノシシの肋骨(ろっこつ)を炭化させた様子

これまで、内臓などの残渣(ざんさ)は産業廃棄物として焼却処分していましたが、残渣を肥料として扱うことができれば、「まるごと活用すべし(イノシシのすべてを活用していく)」という“のとしし大作戦の心得”と一致します。さらに、燃料に間伐材を使って炭化することで森林整備も進み、生物の多様性を守り、持続可能な生産パターンの確保にもつながります。今後、植林などを行った際に若木が根付くまでの保水効果が維持できれば、捕まえたイノシシが資源として森に返っていく自然循環型事業としても意義があるかもしれません。

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羽咋市職員で、現在は狩猟者としても活動を支える崎田さん

崎田さんは「一部の地域を除いて、過疎は避けられない現状はありますが……人口が減ったとしても、この地域に暮らす人たちが知恵を出しながらイノシシや過疎について解決策を探していくのが大切。のとしし団のメンバーと解決策を探していきたい」と言います。

2020年には、のとしし団が事務所として使用している「はくい地域産業センター」の中に食品加工・研究施設が設置される予定。新製品のイメージなどはこれからですが、安定した品質の製品が製造できれば、加工品の開発などにさらに付加価値を付けた“能登の天然イノシシ”をPRするチャンス。今後は都市部での催事に参加して「のとしし」の周知を図りつつ、ふるさと納税の利用者を増やすための企画や新規顧客を狙う商品開発などに取り組み、地元を活性化させるために通年雇用の安定を図る――そんなのとしし団の新たな挑戦に注目です。

合同会社のとしし団

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