マーケティングは“生産者と生活者のコミュニケーション”
第1部はゲストセッション。まずは特別講師である中島慶人さんのトークからスタートしました。
中島慶人さんは鳥取県出身。「兼業農家をしていた祖父母の影響もあり、小さな頃は毎日のように畑に連れていかれ弟とチャンバラごっこなどをして育った」と話します。2018年6月26日に博報堂DYグループにおいて「株式会社ファーマーズ・ガイド」を創設。生産者と生活者をつなぐプラットフォーム「チョクバイ!」を運営しています。
「チョクバイ!」では、農業者はウェブ上のプラットフォームを通して自分たちの農園や農作物に関する情報を無料で配信でき、生活者は身近な直売情報をスマホから簡単に手にすることができます。
現在1年半ほど「チョクバイ!」のサービスを展開していますが、JAグループ主催の起業家を事業支援するアクセラレータープログラム「食と農とくらしのイノベーション」ではファイナリストに選出され、週刊ダイヤモンドで年一回発行される農業特集号では「儲かる農業2019」にて農業者が選ぶ販売・集客アプリ第3位に。また、農業系大手プラットフォーマーである農業総合研究所や日本野菜ソムリエ協会と業務提携するなど既存のマーケットにも好意的に受け入れられています。
「チョクバイ!」のメリットは、認知から理解、来店促進や店頭想起(販促POPなどの制作支援)、顧客獲得から顧客分析、継続接触など農業者のマーケティングをトータルにプロデュースできることです。サービスを始めて1年で2500を超える農業者が登録しています。農業におけるマーケティングで重要なことは、農産物の価値を購入前にいかに伝えるか。価値は伝わらなければないのと同じです。今は口コミのパワーが強まっていると言われており、情報発信に生活者を巻き込むことでマーケティングを効果的にすることもできます。「生産から販売まで結びつけることで農業の価値を高めることができるのではないか」と中島さんは語ってくれました。
対談:そもそもマーケティングとはなにか?
佐川:マーケティングという言葉はいろいろな解釈があります。そもそもマーケティングとは?ということから教えていただければと思います。
中島:マーケティングとは「顧客をつくる」という活動です。お客さんをつくっていくためにできることの全てがマーケティングの範疇(はんちゅう)になります。販路の先の相手を意識する、想像することが大切です。
佐川:マーケティングとブランディング、広告と広報との違いはどんなところでしょうか?
中島:マーケティングが一番広い概念です。その上で「自分は何者か?」を定義し伝えていくのがブランディングです。顧客としたい対象、相手のことをターゲットといいますが、そこへふさわしいコミュニケーション、情報発信をする手段として広告や広報というやり方があります。
これからのマーケティングは商品の質から物語の質へ
中島:例えば、ここに食費を切り詰めているお母さんがいるとします。その時に、その方が「安いものしか見ない」とは考えないことです。「家庭のために毎日頑張るお母さんへ」だったり「今日は少しだけぜいたくしてみませんか?」というメッセージがあれば、その方は商品を手に取るかもしれません。大切なのは、買い手の生活や気持ち、頭の中を想像し、アプローチすることです。「東京は人口が多いから東京で売りたい」というように“胃袋の数”を見るのではなく、買い手にとって数ある選択肢の中から選んでもらう理由をつくっていく必要があります。
佐川:仕事帰りに外食する際に、うどんにするか牛丼にするか、選ぶときには何か判断基準があるはずです。これと同じことを野菜や米、果物などと結びつけていくとより購買につながるかもしれません。
中島:昔は、製品の質が高ければ買う時代でした。今は、ペンを100円で購入しても機能はきちんとしています。しかし、1万円のペンには匠(たくみ)の技などのストーリーがあります。機能で訴求するより、ストーリーが大切です。現代は作り手の思いが価値をつくる時代ともいえます。農産物はアウトプットそのものだけではなく、出来上がるまでのプロセスであったり、誰が作っているかであったり、そういうことが価値につながりやすいのだと思います。
ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)とは何か?
中島:「毎年、夏になるとあなたの枝豆を食べたくなるの」と言われ、リピートしてもらうことはマーケティングの一つの理想の姿です。
佐川:ライフタイムバリューですね。顧客生涯価値とも言いますが、一人のお客さんが生涯でいくら払ってくれるか。例えば、年に一回、1万円分の買い物をしてくれるお客さんが30年買ってくれる場合は30万円です。途中で離脱する、もしくは寿命が来る場合はこれに限りませんが。一人のお客様にどれだけ継続して買ってもらうかがマーケティングや直売では大事になってくると思います。
中島:新規の客を獲得するコストと、固定客を維持するコストだと5倍くらい違うと言われています。売り上げを2倍に増やそうとするときに、新規のお客さんを2倍に増やすのはかなり大変なことですが、再来のお客さんの売り上げを2倍にすることはまだ楽であるということです。
長く買ってくれるお客さんをどう作るかは、直売を行う際に重要視されている方が多いと思います。
生産者が明日からできるマーケティングとは?
佐川:今日ゼミに来た生産者さんが、マーケティングにおいて明日からできることやヒントはありますか?
中島:品質の高い商品があふれていく中で「脱コモデティ」がマーケティングの重要トピックになりました。マーケティングをしたことがない方も多いかもしれませんが、マーケティング戦略を実際に立ててみたり、自分の商品に価値を感じるのはどういう顧客で、どうやってコミュニケーションをとるのか考え続けることが大切です。「なにをつくる? なぜ?」「いくらで売る? なぜ?」「どのように伝える? なぜ?」「どこで売る? なぜ?」と自分も相手もどんどん変わっていくので実践し続けることが大切ではないでしょうか。
参加者との質疑応答から
──米農家をしています。米は保存が利きどこでも買えるものなのでブランディングの仕方について迷いがあるのですが、米のブランディングについてのアドバイスをお願いします。
中島:実際にお米を買うときにどれがいいか迷うことってあると思います。私の場合、知り合いの食通に聞いてみたことがあって。すると「誰誰さんのこの品種が良いわよ」と教えてもらったんです。難しいことは抜きにして「口コミ」って大切だと思います。難しいことではなく、お客さんとのより良い関係をつくり、自分の代わりに情報を発信してくれる仲間をつくることは大切なのではないでしょうか。
──山梨で桃やブドウなどを作っています。今は、JA、直売、生協などで販売しています。最近サブスクリプション(定額購買)などもはやっていますし、頒布会なども考えていたりするのですが送料が高くなることが悩みです。もしサブスクリプションを行うならどのような対応をしたらよいでしょうか?
中島:農業とサブスクリプションは相性が良いと思います。農産物の送り方・届け方にはイノベーションの期待感が高いのではないかと考えています。送料以外のところで考えると、例えば、通常のミカンは糖度が高いほど値段が高くなると言われていますが、ミカンを用途別に分けたものにしたら販売単価が高くなったという事例があります。休憩中には甘いもの、仕事・勉強中には酸味もあるものといった具合に分けて届けることで、こういうやり方で秀品の定義自体を見直すのもあるかもしれません。
佐川:用途を絞るというのもターゲティングの一つですし、価値を局所的に作る、もしくは相対的に作るのもよいかもしれません。
参加者の熱気に包まれた中、対談と質疑の時間は過ぎ第1部は終了になりました。
紅組白組に分かれた共同マーケティング合戦
第2部では、参加者の皆さんでお題に沿ったワークショップを行いました。
今回のテーマに合わせたお題は、「紅白共同マーケティング合戦」。テーブルごとに紅組白組に分かれ、初対面同士の参加者が国産バナナの市場調査、顧客分析、販売促進の3つのプロセスについてディスカッションしました。最後にはグループごとで発表を行い、中島さんが講評しました。
それぞれのチームで、実にユニークな発想が飛び出しました。
参加者は、第1部からマーケティングのヒントや知識を得て、第2部の具体的なワークショップでは実際にマーケティングを体験してみることで理解が深まったようです。
自分で営業やマーケティングをする生産者はまだ少ないので、前回のゼミで学んだ販路開拓と同じように、学ぶことで差別化が図れます。まずは基本的なマーケティングをしてそこから顧客にアプローチし販売促進や売り上げアップにつなげていただければと思います。
▼第7回は1月28日(火)13:30~17:30、テーマは「農業を次世代にバトンパス!事業承継と世代間理解」。農業の事業承継は、身近だからこそきちんと向き合うことが難しく、他人に相談しにくいデリケートな問題です。JA全農で「事業承継ブック」を作成したゲスト講師の伊東氏は、事業承継士でもあり自身も親元就農した一人です。事業承継のきっかけになるお話やヒントをたっぷり伺いますので、どうぞお楽しみに!
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