「極小のニンジン」が生む農業の新しい価値

マイナビ農業TOP > 農業経営 > 「極小のニンジン」が生む農業の新しい価値

農業経営

「極小のニンジン」が生む農業の新しい価値

連載企画:農業経営のヒント

「極小のニンジン」が生む農業の新しい価値
最終更新日:2020年03月27日

どんな仕事でも漫然と続けていると、ルーティンに陥り、型にはまったやり方の繰り返しになりがちだ。だが常識の壁を取り払うと、まったく新しいビジネスの可能性が開けることがある。それを農業の世界で実践し、農業の地位を高めようと挑んでいる人がいる。タケイファーム(千葉県松戸市)を運営する武井敏信(たけい・としのぶ)さんだ。

ピンクのブロッコリーを探してみる

武井さんの畑は、千葉県柏市の2カ所にある。面積は合わせて1.8ヘクタール。カラフルなイタリア野菜などを含め、100種類以上の品種を栽培している。
特徴的な野菜の一つが、日本では珍しいが欧米ではポピュラーなアーティチョークだ。地中海が原産の植物で、つぼみの部分を食べることができる。武井さんは毎年5月にアーティチョークの畑に消費者を集め、収穫を楽しんだり、近くの公民館で料理の仕方を学んだりするイベントを開いている。
都市近郊の小規模経営農家で、いろんな特徴的な野菜を作っている――。ふつうならそう説明しそうなところだが、そんな類型的な表現では武井さんの営農の形を理解できない。ここで取材中に武井さんが投げかけた問いを紹介しよう。
「ブロッコリーって何色ですか」。そう聞かれ、筆者が「緑色ですよね」と答えると、武井さんは次のように続けた。
「そう、緑色。でもブロッコリーとピンクの2つのキーワードで検索してみると、ヒットすることがある。そうしたら、調べてタネを入手するんです」

農業の常識にとらわれない発想を大切にする武井敏信さん

「ネットで調べると、世界にはいろんな野菜があることに気づく。野菜への興味が深まりました」。武井さんはそう話すが、重要なのは単に好奇心を満足させるだけではなく、それが営農の戦略に直結している点だ。
もしふつうのコマツナをふつうの時期にふつうの大きさに育てて出荷したとして、他の生産者のコマツナと差別化できるだろうか。もちろん、売り方で差を出すという方法もあるが、武井さんはもっと明快な方法を選んだ。
キーワードの一つとして武井さんが強調するのが、「サイズ感」。目的は野菜の新しい価値を提示することであり、そのことによって変わるのが野菜の値段だ。それを説明する前に、武井さんの歩みに簡単に触れておこう。

イタリアのトスカーナ地方が原産と言われるキャベツのカーボロネロ

武井さんは実家が農家。だが、最初は自分の仕事として農業を選ばず、自動車の販売店で11年間働いた。営業成績は悪くなく、店長まで任された。だがそのことが、やがて転職を考えるきっかけになった。
店長になって知ったのは、管理職の仕事の難しさだ。部下のミスに対するクレームにも、最後は自分が対応せざるをえない。営業に回せる時間が減り、給料も目減りした。そんな日々に、いつしか疲れを感じるようになっていた。
自動車販売の仕事をやめた後、10カ月ほどは次の仕事を求めて職業安定所に通ったりした。だが、思うようにやりたいことが見つからず、33歳のときに実家で就農した。今から20年ほど前のことだ。

タケイファームの“ちょっとふつうじゃない”魅力

必ずしも前向きな気分で農業の世界に入ったわけではない。それでも武井さんは就農に際し、2つのことを目標に掲げた。野菜を高く売ることと、農業の世界でメジャーになることだった。
まずオークションサイトを使い、野菜セットの販売を始めてみた。栽培方法はほとんど自己流で、いろんな種類をつくってみては、箱に詰めて販売した。ふつうは「新鮮野菜のとれたてセット」などと名前をつけるが、「本物の野菜を食べてみませんか?」という「挑戦的なタイトル」(武井さん)で売り出した。
武井さんによると、野菜セットは「やってみると意外に売れた」。オークションサイトを通さず、直接販売してほしいという客も現れた。だが消費者向けの野菜セットの販売は数年でやめた。東日本大震災による原発事故の影響で売り先が減ったのと、レストランという収益性の高い販路が見つかったからだ。
武井さんは現在、レストランとの取引に関し、4つの基本ルールを定めている。納品は週1回、金額は5000円以上で、納める野菜の種類は武井さんにおまかせ、そして雨の日には出荷しない。4つ目の「雨の日には出荷しない」は「野菜がよく見えないので多めに収穫してしまったり、畑が荒れてしまったりするから。何より自分のテンションも上がらない」ことが理由。そのときは翌日に出荷する。
レストランと取引を始めたころは、野菜のリストを出して注文を取ってみたこともあった。だがこの方法だと、店に在庫がある野菜は発注してくれないし、値段を比べて市場や八百屋で買われてしまうリスクがある。

ハーブの一種のフェンネル。武井さんは根っこの部分を食用にしている

一方、現在のやり方が通用するには、買い手が武井さんの売る野菜に魅力を感じることが前提になる。その一つはもちろん味。この点に関し、武井さんはじつにシンプルな方法を示してくれた。
「タネの袋には『病気に強い』『栽培が簡単』など種苗メーカーのセールストークが書いてあります。その中で味を強調しているものを選び、うちの畑で試してうまくいくものを選びます」。栽培で気をつけているのは、味にブレが出ないように肥料を抑制的に投入することだという。
肝心なのはこの先だ。武井さんが「うちはちょっとふつうじゃない」と強調する特徴がある。それがサイズ感。その気づきは、偶然から生まれた。
あるとき出荷するための野菜が足りなくなり、畑に残っていた10センチほどの小さいコマツナを出荷してみた。予想と違い、クレームは来なかった。そこで翌週、もう少し大きく育ったコマツナを出してみると、レストランから意外な反応が返ってきた。「武井さん、これちょっと大きいよ」
この経験は、野菜に対する武井さんの見方を大きく変えた。その後出荷するようになったのは、「親指の爪くらいのカブ」「小さいダイコン」など。特殊な品種を栽培しているわけではなく、小ぶりなうちに出しているのだ。

戦略作物のアーティチョーク

この作戦が軌道に乗った背景には、シェフが自分では気づかなかったニーズを、「ふつうじゃない野菜」が掘り起こしたことがある。例えば、切ったときの断面がニンジンと同じ太さの小さなダイコンを、ニンジンと合わせて調理してみる。お皿にぴったりの大きさのコマツナをカットせずに盛り付けてみる。武井さんの野菜があって初めてできるメニューだ。
小さい野菜が刺激したのは、魅力ある料理をつくりたいというシェフの創作意欲だ。最近、長さが3センチで太さが1ミリのニンジンを出してみた。武井さんの表現を借りると「一本の根っこ」。するとシェフから「さんざんニンジンを見てきたが、こんなサイズは見たことがない。感動した」と言われたという。

この手法は野菜の収益性を劇的に高めることにつながった。スーパーでよく見かける青首ダイコンは、高くて1本で200円程度。武井さんは同じ品種を小さいうちに1本250円で出荷する。4本入れると合計で1000円。武井さんの発想に呼応するシェフは、食材のコストを下げることではなく、創意工夫で特色あるメニューをつくることができる野菜を求めているのだ。

農業のつらい面、「あえて見せない」

もしかしたら、武井さんのこうした手法を「強気」と感じる読者もいるかもしれない。だが、就農して最初の5年間は夜の7時から未明の3時までアルバイトを続けた。武井さんにも、農業収入だけで生活を成り立たせるのが難しい時期はあったのだ。栽培で自信を持てるようになるまでに10年かかった。
その栽培に関しても、決して他の生産者を見下しているわけではない。「品目を一つに絞って腕を磨くことを考えなかったのですか」と聞くと、答えは「例えば、今からトマトで日本一になろうとしても、ライバルがいっぱいいるので難しい」。そのうえで「狙うのは、すきま市場。その中で特別なものを育てます」と語った。代表として挙げた作物の一つがアーティチョークだった。
ではこの間、挫折しそうになったことはなかったのだろうか。そうたずねると、「ありません」という答えが返ってきた。「もし売り上げばかりを求めていたら、台風などで被害を受けたときにがっくりきたかもしれない。でも自分には別のモチベーションがありました」。それは農業の地位を高めることだ。

ずっと農業の地位を高めようと思ってきた

武井さんは実家が農業であることに関して、少年時代につらい思いを経験した。中学生になったころから、友人たちから「百姓」などと言われるようになったのだ。高校に入ってもそんな状態が続いた。将来の仕事については「農家にだけはなりたくない」と思うようになっていた。
だからこそ、実際に就農してからは「農業の地位を高めること」を目指して努力してきた。ブログに台風の被害などを書き込む農家もいるが、武井さんはそうしたことは発信しないように心がけてきた。「農業のつらい面は見せないようにする。その方針をずっと守ってきました」

ここまでくると、強気に見える武井さんの姿勢の意味が浮き彫りになってくる。農家は農産物という価値を創り、それに見合った値段を自らつける。その価値を認めたシェフが、それをさらに高めることのできる料理を創る。さらにその価値を認めた消費者が対価を払って料理を楽しむ。
消費者の懐事情から逆算して作物の値段を下げるような流通の仕組みとは逆の発想だ。それを実現するための仕組みを、つくりあげてきたのだ。
どんな営農のあり方を選ぶかは人それぞれであっていい。ただ方法は違っても、参考になる一点がある。常識を疑い、型にはまった考え方を改めれば、限界を突破する手がかりをつかめるということだ。それを自分の置かれた状況から考えてみることが、経営を発展させるためのヒントになると思う。

農業経営を学ぶならココ!
日本農業経営大学校 2021年度・2022年度入学 学生募集中
日本農業経営大学校 2021年度・2022年度入学 学生募集中
東京品川で2年間学ぶ農業教育機関。今こそ、農業ビジネスにチャレンジしよう。 2年間で人脈作り、経営の学び、社会人も多数入学しています。

関連記事
最高においしい野菜だけを売る「はりまざかマルシェ」が農家を育てる
最高においしい野菜だけを売る「はりまざかマルシェ」が農家を育てる
東京都文京区の住宅街、播磨坂(はりまざか)にある熟成肉の有名店「中勢以(なかせい)」の一角で、毎週日曜日に野菜を売るのは千葉・茨城の若手農家たち。彼らがここで野菜を売る理由とは? 自分たちの栽培技術を上げ、農家を取り巻…
「野菜を全部買って農家を守れ!」リスクを取って発展する地域農業のカタチ
「野菜を全部買って農家を守れ!」リスクを取って発展する地域農業のカタチ
イタリア料理などで使う珍しい野菜を栽培し、注目を集めるさいたまヨーロッパ野菜研究会。今でこそ売り先のレストランが1200軒に達し、都市近郊農業の新たなあり方として存在感を示しているが、見たこともない野菜を作り始めた当初は試…

この連載を全部読む
農業経営のヒント
農業経営のヒント
「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

関連キーワード

シェアする

  • twitter
  • facebook
  • LINE

関連記事

タイアップ企画

カテゴリー一覧