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栽培技術の求道者、彼女が目指す経営と人材育成とは

連載企画:農業経営のヒント

栽培技術の求道者、彼女が目指す経営と人材育成とは

栽培が嫌いなのに農業を始める人はあまりいないだろう。だが営農が軌道に乗って人を雇うようになると、マネジメントに集中するか、現場で作物と向き合い続けるかで道が分かれてくる。静岡県菊川市でレタスを栽培する塚本桂子(つかもと・けいこ)さんは後者の典型。そして塚本さんには栽培技術を突き詰めた先に、スケールの大きな目標がある。

貧困国の悲惨な状況を知って就農

塚本さんは2008年に農業法人のやさいの樹(菊川市)を設立し、農業を始めた。当初の面積は8ヘクタール。1ヘクタール未満の畑で始める就農者もいる中で、異例の広い畑を借りることができたのは、事前に近くの農家のもとで研修し、地域の信頼を勝ち取ったからだ。就農後はわき目も振らずに働き、1年目の売り上げはいきなり5000万円弱。5~6年で1億円を突破した。
「78時間ぶっ続けで仕事をしたこともありますよ」。日焼けした顔をほころばせながら、塚本さんは就農したばかりのころをそうふり返る。仮眠は取らなかったのかと聞くと、答えは「はい、一睡もせず」。収穫したレタスを出荷するための準備が間に合わず、徹夜で袋詰めをしていたのだという。
さすがに「連続78時間」は1回だけだというが、最初の1~2年のうちは夜遅くまで作業することがしばしばあった。天気予報で翌日が雨の日は、トラクターに乗って夜通し畑を耕運した。不審に思った近隣の誰かが通報し、パトカーが畑にかけつけたこともあった。
現在は売上高が1億5000万円。面積は40ヘクタール弱と、露地野菜の栽培では大規模の部類に入る。栽培品目はレタスのほか、キャベツやオクラ、トウモロコシなど。ハウスを3棟建て、ナスを栽培する準備も進めている。4人の社員と、11人の外国人実習生が働いている。

売り上げが9000万円を超えたころ(2010年撮影)

塚本さんは高校生のころから、国際協力の仕事に就くことを志していた。目標に掲げたのは途上国に行き、農業分野で貢献することだった。
日本大学を卒業した後、青年海外協力隊に参加し、農業実習の講師として南米のエクアドルに渡った。帰国後はいったん沖縄の農業法人で技術を学んだ後、再び協力隊でアフリカ南部のザンビアへ。そこで目にした光景が、日本で本格的に農業の世界に飛び込むきっかけとなった。
「子どもたちが下痢で死んでいくんです。お金がないので病院に行けない。『ああ、死んじゃった。運命だ』みたいに。穴掘って埋めるんです」
現地で見たことを話しながら、塚本さんは目元を拭った。「『将来の夢は』なんてとても聞けない。あの子たちは何年も先のことなんて想像できない。だって明日生き延びることができるかどうかもわからないんだから」

この体験を通し、塚本さんは「自分が農業をやっていないのに、農業の何を教えられるんだろう」と感じたという。日本に戻ると、作物を作ることに正面から向き合いたい塚本さんにとって最高の出会いが待っていた。生産者グループの野菜くらぶ(群馬県昭和村)のメンバーになったのだ。

野菜くらぶ社長の沢浦彰治さん

野菜くらぶは、沢浦彰治(さわうら・しょうじ)さんを中心とする農家の集まりとして1992年に発足した。品質の高い野菜をまとまった量仕入れたいという取引先の要望に応えるため、共同で出荷するのが目的だった。
塚本さんはザンビアから帰国した後、都内で開かれた就農フェアで野菜くらぶのことを知った。野菜くらぶは野菜の販売会社として事業が拡大期に入っており、就農してグループに参加する生産者を求めていた。
価格競争が激しい市場出荷ではなく、野菜の価値を認めて値段を安定させてくれる売り先を地道に確保してきた点が野菜くらぶの強み。「栽培に専念したい」と思っていた塚本さんにとって、野菜くらぶはぴったりの存在だった。

レタスが何を欲しがっているかに気づく

就農から12年。「栽培に特化したい」という思いで始めた農業を、今はどう思っているのか。そう聞くと、塚本さんは明るい表情で「農業は面白い」と答えた。「知れば知るほど面白い。技術の追求は際限なく続き、改善することができるんです」

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