栽培技術の求道者、彼女が目指す経営と人材育成とは

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栽培技術の求道者、彼女が目指す経営と人材育成とは

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栽培技術の求道者、彼女が目指す経営と人材育成とは
最終更新日:2020年03月09日

栽培が嫌いなのに農業を始める人はあまりいないだろう。だが営農が軌道に乗って人を雇うようになると、マネジメントに集中するか、現場で作物と向き合い続けるかで道が分かれてくる。静岡県菊川市でレタスを栽培する塚本桂子(つかもと・けいこ)さんは後者の典型。そして塚本さんには栽培技術を突き詰めた先に、スケールの大きな目標がある。

貧困国の悲惨な状況を知って就農

塚本さんは2008年に農業法人のやさいの樹(菊川市)を設立し、農業を始めた。当初の面積は8ヘクタール。1ヘクタール未満の畑で始める就農者もいる中で、異例の広い畑を借りることができたのは、事前に近くの農家のもとで研修し、地域の信頼を勝ち取ったからだ。就農後はわき目も振らずに働き、1年目の売り上げはいきなり5000万円弱。5~6年で1億円を突破した。
「78時間ぶっ続けで仕事をしたこともありますよ」。日焼けした顔をほころばせながら、塚本さんは就農したばかりのころをそうふり返る。仮眠は取らなかったのかと聞くと、答えは「はい、一睡もせず」。収穫したレタスを出荷するための準備が間に合わず、徹夜で袋詰めをしていたのだという。
さすがに「連続78時間」は1回だけだというが、最初の1~2年のうちは夜遅くまで作業することがしばしばあった。天気予報で翌日が雨の日は、トラクターに乗って夜通し畑を耕運した。不審に思った近隣の誰かが通報し、パトカーが畑にかけつけたこともあった。
現在は売上高が1億5000万円。面積は40ヘクタール弱と、露地野菜の栽培では大規模の部類に入る。栽培品目はレタスのほか、キャベツやオクラ、トウモロコシなど。ハウスを3棟建て、ナスを栽培する準備も進めている。4人の社員と、11人の外国人実習生が働いている。

売り上げが9000万円を超えたころ(2010年撮影)

塚本さんは高校生のころから、国際協力の仕事に就くことを志していた。目標に掲げたのは途上国に行き、農業分野で貢献することだった。
日本大学を卒業した後、青年海外協力隊に参加し、農業実習の講師として南米のエクアドルに渡った。帰国後はいったん沖縄の農業法人で技術を学んだ後、再び協力隊でアフリカ南部のザンビアへ。そこで目にした光景が、日本で本格的に農業の世界に飛び込むきっかけとなった。
「子どもたちが下痢で死んでいくんです。お金がないので病院に行けない。『ああ、死んじゃった。運命だ』みたいに。穴掘って埋めるんです」
現地で見たことを話しながら、塚本さんは目元を拭った。「『将来の夢は』なんてとても聞けない。あの子たちは何年も先のことなんて想像できない。だって明日生き延びることができるかどうかもわからないんだから」

この体験を通し、塚本さんは「自分が農業をやっていないのに、農業の何を教えられるんだろう」と感じたという。日本に戻ると、作物を作ることに正面から向き合いたい塚本さんにとって最高の出会いが待っていた。生産者グループの野菜くらぶ(群馬県昭和村)のメンバーになったのだ。

野菜くらぶ社長の沢浦彰治さん

野菜くらぶは、沢浦彰治(さわうら・しょうじ)さんを中心とする農家の集まりとして1992年に発足した。品質の高い野菜をまとまった量仕入れたいという取引先の要望に応えるため、共同で出荷するのが目的だった。
塚本さんはザンビアから帰国した後、都内で開かれた就農フェアで野菜くらぶのことを知った。野菜くらぶは野菜の販売会社として事業が拡大期に入っており、就農してグループに参加する生産者を求めていた。
価格競争が激しい市場出荷ではなく、野菜の価値を認めて値段を安定させてくれる売り先を地道に確保してきた点が野菜くらぶの強み。「栽培に専念したい」と思っていた塚本さんにとって、野菜くらぶはぴったりの存在だった。

レタスが何を欲しがっているかに気づく

就農から12年。「栽培に特化したい」という思いで始めた農業を、今はどう思っているのか。そう聞くと、塚本さんは明るい表情で「農業は面白い」と答えた。「知れば知るほど面白い。技術の追求は際限なく続き、改善することができるんです」
ここで「具体的には」と質問すると、塚本さんはとても微妙なことをゆっくりと丁寧に言葉にしてくれた。「品種ごとのレタスの性格の違いがわかるようになりました。いつどんな作業をすべきかは品種によって違います。そういうことを、きちんと狙ってできるようになりました」
大切なのは「レタスが何を欲しがっているかに気づくこと」(塚本さん)。例えば、冬場にレタスを育てる際、保温のためにビニールフィルムで畝(うね)を覆ったトンネルを設置する。ときどきフィルムの裾を持ち上げて土との間に隙間(すきま)を空け、中を冷やす。そのタイミングは品種によって違う。水を多めにやるとよく育つ品種と、そうでない品種の違いもわかるようになった。
「見るポイントがどんどん細かくなっていきます。以前はなぜうまくいったのか、なぜ失敗したのかががわかりませんでした。最近は失敗したときに原因を見つけ、『来年はこうやってみよう』と決めることができます」

取れたてのレタス

ではレタスの栽培を追求してきた塚本さんにとって、周囲のベテラン農家の作ったレタスはどう映っているのだろう。そう聞くと、「すごいと感じるよりも」と言った後に一呼吸おいて、次のように続けた。「いろんな人の作ったレタスを見ていると、『ああ、この人はこういうレタスを作りたいんだ。だからこういうやり方をしているんだ』ということがわかります」
例えば、サンドイッチに使うレタスは、はっきりとした緑色をしていることが求められる。中のほうの葉っぱまで緑色になるようにするには、レタスが固く結球しないように気を配りながら栽培することが必要になる。
そういった生産者の意図を、レタスを見た瞬間にわかるようになった。塚本さんは「いろんな品種や栽培方法を毎年試してます」と話す。畑で試行錯誤を重ねた結果、鋭敏な観察力が養われていったのだ。

今も畑で試行錯誤を重ねている

夢は再び国際協力へ

これまで技術をストイックに高めてきた塚本さんだが、会社の運営ではずっと悩んできたことがあった。社員が期待通りに育ってくれないのだ。4人の社員はすべて男性で20~30代。けっして不真面目なわけではない。それどころか「一生懸命頑張ってる姿を見て、すごいなあと思うこともある」という。
それでも物足りないと感じてしまうのは、指示通りに仕事をすることはできても、自分の判断で動いてくれないからだ。成長を促すため、仕事を任せてみたこともある。だが、なかなか最後までやりきるところまでいかない。塚本さんは「必要なのは技術じゃなくて、覚悟だよ」と繰り返し訴えてきた。
塚本さんも、自分と違って自ら会社を立ち上げていない社員たちが、自分と同じように働くのが難しいことはわかっている。「私のやり方を目の前で見ていると、気後れするのも理解できる」とも話す。そしてこの先の会社のことを考えながら、「私も社員たちもずっと苦しんできた」という。
なぜそこまで社員の成長を切望しているのか。じつは塚本さんは、55歳になったらトップの座を退くことを以前から決めているのだ。社員たちにはそのことを、採用するときから話してきた。そのときまで、残り6年だ。
自分が退いた後のための資金面の準備も進めてきた。十数年前から掛け金を払い続けている保険は、塚本さんが55歳になったときに満期になる。満期金は5000万円で、受け取るのは会社。塚本さんが去った後、2年ほど赤字が続いても、それだけの金額があれば立て直すことができると考えたからだ。

畑で働くスタッフたち

そうまでして仕事に区切りをつけたいと思う理由は、就農した動機の中にある。塚本さんはかつて、農業のことをきちんと知らずに国際協力の仕事を手がけることに限界を感じ、日本に戻って就農した。
塚本さんの農場では、タイやインドネシア、カンボジアなどの若者が実習生として働いてきた。彼らの中には実習期間を終えて帰国した後、農業分野で起業した人もいる。栽培面で彼らを支援するのが塚本さんのこれからの目標だ。また海外に出るのかとたずねると、「もちろん行きます」と答えた。
けっして昨日今日思いついたような目標ではない。2010年に塚本さんに取材したときのメモを開くと、次のようにあった。
「私もともと国際協力の分野にいたので、できれば自分の会社で外国人を受け入れて、その子たちが母国に帰ったとき、農業で独立できるようなサポートをできればいいなあって思ってるんです」
「彼らが母国で農業で食べていけるようにならないかなあ。母国に合った農業技術を身につけて、大いにお金を稼いでほしい。そういう形で国際協力できたらなあって思ってます。そういう仕事をやりたいんです」
塚本さんが栽培技術を磨いてきたのは、「極上のレタス」を作ることだけが目的ではない。その技術を、海外に伝えることを目指してきたのだ。あと6年たったとき、塚本さんはどんな決断をしているだろうか。そのことを確かめるために、いずれまた農場を訪ねたいと思う。

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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