就農希望が増える東京。キーパーソンが語る人気の理由と課題

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就農希望が増える東京。キーパーソンが語る人気の理由と課題

連載企画:農業経営のヒント

就農希望が増える東京。キーパーソンが語る人気の理由と課題
最終更新日:2020年04月24日

農業は地方に行ってやるもの。そんな常識を覆す動きが東京で起きている。東京の西多摩地区で、農業に憧れる若者が次々に就農している。彼らはなぜ地方ではなく、東京で農業を始めたのか。東京都農業会議で就農支援の仕事をしている松沢龍人(まつざわ・りゅうと)さんにインタビューした。

サポートが増える東京での就農

「ひとえに彼らがかわいいから。就農した彼らと苦楽をともにしてきたんです」。新規就農者のサポートに力を入れる理由について、松沢さんはこう話す。農業を始める若者を後押しする仕事をしている人は全国にたくさんいるが、松沢さんはその中でも情熱的な一人と言っていいだろう。
東京で最初の就農が実現したのが2009年。井垣貴洋(いがき・たかひろ)さんと美穂(みほ)さんの夫婦が西多摩郡瑞穂町に移り住んで農業を始めた。2人から相談を受け、農地の確保などを手助けしたのが松沢さんだった。
東京都農業会議は、都内の農地の保全や農家の支援を業務にしている組織だが、新規就農をサポートするのは初めての経験だった。農家の息子が後を継ぐ例はあっても、農家以外の出身で就農するケースはなかったからだ。

東京就農の第1号になった井垣貴洋さんと美穂さん(2015年撮影)

井垣さんの登場を機に、東京で就農したい若者が続々と松沢さんを訪ねるようになった。ここで簡単に、都内で農業を始めるまでの流れを見てみよう。

就農を希望する人は、区市町村の窓口などを経て東京都農業会議を訪ねる。ここで対応するのが松沢さん。どんな作物を育てるかなどを話し合ったうえで、都内の農家のもとで1~2年間研修し、栽培技術などを学ぶ。
研修が終わると、就農希望者は栽培面積や売り上げの目標などについて5年間の計画を作成する。都や農協、東京都農業会議などで構成する「新規就農希望者経営計画支援会議」がチェックし、アドバイスする。

就農支援を担当する東京都農業会議の松沢龍人さん

それが終わると、東京都農業会議は区市町村などに農地のあっせんについて協力を依頼する。実際はそこにいたるまでに、どこで就農するか目星をつけてあることがほとんどで、一連の手続きは就農予定地の関係者のバックアップのもとに進む。そして農地を借りる手続きをすませ、営農がスタートする。

もともとこうした支援の流れがあったわけではなく、就農者が都内で増える中で仕組みが整備されていった。2019年からは、栽培ハウスや倉庫などを建てる費用の4分の3を上限に補助する制度も東京都の事業としてスタート。2020年4月には、新規就農者向けの研修農場が八王子市にオープンする。

なぜ「東京」で「就農」なのか

いまや就農場所として注目を集めるようになった東京。松沢さんのサポートで瑞穂町や青梅市、あきる野市などで農業を始めた人たちは、励まし合い、情報を交換する場として月に1回、懇親会を開くようになった。
グループの名前は「東京NEO-FARMERS!(ネオファーマーズ)」。会費や規約があるかちっとしたグループではなく、基本は「松沢さんの支援で就農した人」の交流会。人数は独立して就農した人が47人で、農業法人に就職した人が13人(2020年2月時点)。農家の後継者でメンバーに名を連ねる人が5人いるほか、松沢さんに相談した後、連携する神奈川県相模原市などで就農した人も5人いる。

瑞穂町を農地の相談で訪ねた就農希望者。左奥が松沢さん(2015年撮影)

なぜ彼らは東京で就農したのか。この質問に対し、松沢さんは「なぜ就農するのか」と「なぜ東京で」の2つに分けて答えてくれた。
まず就農の理由から。「最近の若い人は自分のキャリア形成について、同じ会社で一生勤めるというイメージを持っていません。転職するのは当たり前と思っていて、その選択肢の中に農業も入っています」
とくに松沢さんが強く感じるのは、農業に対して抱くイメージの向上だという。「農業のことを特別な職業とは思っていません。みんな生産者のことを尊敬するようになっている。すごく大きな社会の変化が起きています」

ではなぜその場所が東京なのか。「彼らの多くは相談に来ると、最初に『東京に住んでいる自分の友人たちが野菜を買ってくれます』といった話をします。生産者の数が少なくて、周りは消費者ばかり。それが東京なんです」
売り上げが少ない時期に収入を補うため、アルバイトをする場所がたくさんあるのも東京の利点。もともと都内に住んでいて夫婦共働きなら、パートナーがそれまでの仕事を続けることができる点も東京の強みだろう。

青梅市の田んぼの水入れ式に参加した新規就農者たち(2015年撮影)

ただし、就農希望者から相談を受ける際に甘いことを言ったりはしない。年齢や家族構成、住んでいる場所、栽培したい品目などを聞き、何が課題かを話し合う。このとき松沢さんは「相談に乗っているんではなく、一緒に作戦を立てているんだぞ」と強調する。自ら考えることが重要だからだ。
お金の話を確認しておくことも当然必要。「しばらく高い収入を得ることはできない。どうやって乗り越えますか」とたずねる。地方で就農するのと違い、大規模な設備投資は要らないが、それでも軽トラックなどを買ったり、引っ越したりするための資金として「200万~300万円は必要」と伝える。

では就農したメンバーたちは、実際どの程度の収入を得ているのだろう。この質問に対し、松沢さんはシビアな現実を示した。「1カ月の売り上げが5万円くらいからスタートして10万円、20万円と増えていきますが、多くは何年かたつと『今後どうしよう』と悩むようになります」。もし脱サラして農業を始めたのなら、サラリーマン時代と同じ収入を得るのは並大抵のことではない。
「友人が買ってくれる」だけで、営農を軌道に乗せるのは難しい。だが、東京ネオファーマーズには特筆すべきことがある。挫折して脱落する人がほとんどいないのだ。松沢さんは「彼らは絶対にやめませんよ」と強調する。

都市農業の課題

なぜ東京ネオファーマーズのメンバーは、それほど高い収入を得ることができなくても農業を諦めないのか。この質問に対し、松沢さんは「彼らには確実な共通項がある。みんな農作業が好きなんです」と答えた。
「みんな社会経験がある程度あって、嫌な思いをしている人もいます。仕事って人生そのものになってしまう。それなら、ちょっと高い給料をもらうより、好きなことをやっているほうが幸せだとみんな思ってるんです」
松沢さんは「畑に行けばわかります」と話す。メンバーの目が輝いているからだ。「好きなことをやって、もしかしたら売り上げが増えるかもしれないと、夢を持ちながらやっている。そんな人生って悪くないじゃないですか」

シズラーのサラダバーにできた東京ネオファーマーズのコーナー

そのために、就農後の支援として今取り組んでいるのが、売り場の確保だ。東京ネオファーマーズは緩やかなグループのため、地域ごとにマルシェを開くことはあっても、グループ名を前面に出して動くことは少なかった。
そんな状況から大きく一歩を踏み出したのが2019年4月。東京駅の近くにあるグリル料理店「シズラー」のサラダバーに東京ネオファーマーズのコーナーができた。今後、同様の売り先を増やす方向で準備中。それが、「もっと売り上げを増やしたい」という思いに応えることになると思うからだ。
では松沢さん自身はどんな展望を持っているのだろう。そう聞くと、「ひたすらマンネリ感を貫きたい」という答えが返ってきた。
「就農希望者の相手をこれからもやり続けるし、すでに就農した人が何か困ったことがあったらここに来ればいい。いつも自分はここにいます」
変わらぬ情熱がここにある。東京で農業を始めたい人への最良のアドバイスは、これからも「松沢さんに相談してみたら」であり続けるだろう。

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