スマート農業に求められる現場目線、農家が欲しいのは「ほどほどの便利さ」

マイナビ農業TOP > 農業経営 > スマート農業に求められる現場目線、農家が欲しいのは「ほどほどの便利さ」

農業経営

スマート農業に求められる現場目線、農家が欲しいのは「ほどほどの便利さ」

連載企画:農業経営のヒント

スマート農業に求められる現場目線、農家が欲しいのは「ほどほどの便利さ」
最終更新日:2020年03月18日

人工知能(AI)など最新の技術を使うスマート農業が注目を集めている。新しいさまざまな技術を紹介するニュースを見ていると、夢のような農業の実現が目の前に迫っているように思えてくる。では現場ではどれくらい活用されているのか。農業資材店「農家の店しんしん」を運営するアイアグリ(茨城県土浦市)社長の木村泰行(きむら・やすゆき)さんにインタビューした。

高度な機械が売れない理由

農家の店しんしんは、農薬や肥料、種、農業機械などを販売する資材店。取り扱っている商品数は10万点を超す。直営とフランチャイズを合わせて全国約40カ所に店舗がある農業資材の販売チェーンだ。
単に資材を売るだけではなく、顧客を「大規模農家」「専業農家」「兼業農家」などに分け、栽培面積や品目、営農のスタイルなどに応じてきめ細かくアドバイスするのも同店の特徴。農家の販路の開拓や6次産業化などをサポートし、農業生産工程管理(GAP)の認証の取得も支援している。
今回の取材は、最近注目を集めている農業資材について聞くのが目的だ。質問を重ねているうちに、おのずとスマート農業が話題の中心になった。その中で木村さんは農薬の自動散布などに使う「ある最新鋭の機械」に触れ、次のように語った。「今のところ、思ったほど売れていません」

農家の店しんしんの看板(茨城県土浦市)

機能に問題があるわけではない。それどころか、「作物の狙った場所にどれだけ正確に農薬をまけるか」といった点に関して言えば、既存の機械と比べてはるかに高い精度を誇る。農家にとってとても魅力的な製品だ。
それにもかかわらず、思うように売れない理由はいたってシンプル。値段がけっこう高めなのだ。もし多くの農家が気軽に払えるような値段なら、販売にもっと弾みがついていただろう。だが現状では価格と機能をてんびんにかけたうえで、購入するのをためらう生産者が少なくない。
この機械は今後さらなる機能の向上が予定されており、アイアグリはこれからも積極的に販売していく方針だ。ただ今すぐ飛ぶように売れる状況ではないのも事実。木村さんは「長い目で取り組んでいきたい」と強調する。

アイアグリ社長の木村泰行さん

ほどほどの便利さが生む製品価値

広大な農場をドローンが飛び回って作物の生育状況を調べ、無人で走るトラクターが肥料をまき、自動走行のコンバインが収穫する。生産者はそれらを離れた場所で操作しながら、市場動向に合わせて販売計画を立てる──。
スマート農業の究極の姿はこんな感じだろうか。「3K(きつい、汚い、危険)の仕事」というかつての農業のイメージを払拭(ふっしょく)し、最新技術を駆使して効率的な経営を実現する。インタビューで木村さんが農業のそういった未来像を語らなかったのは、生産者が足元で何を求めているかを肌で感じているからだ。とくに重要だと感じているのは「安くて簡単に操作できること」だ。
木村さんによると、研究機関やメーカーが検討してみたものの、商品化されずに「お蔵入り」になった製品もたくさんあるという。開発のキーワードは往々にして「無人」や「自動」。だがいざ商品化を具体的に考え始めると、値段を高めに設定せざるをえないことがわかってくる。そこで出る結論は「とても農家には買ってもらえない」。計画はこうして立ち消えになる。

さまざまな農業資材が並ぶ農家の店しんしんの店内

では実際にはどんな商品が売れているのか。この質問に対し、木村さんは「いま稲作農家に売れているのは、水田を走って除草剤をまくボートです」と答えた。2019年に発売した水田用の除草剤散布機「パディラビット」だ。アイアグリがメーカーに発注してプライベートブランド(PB)として出した商品で、値段は59万8000円(税込み)。一般の農家でも手が出せる金額だ。
大きさは全長が115センチで、幅が56.5センチ。重さは13キロ。リモコンで操縦し、10アールの水田なら2分で除草剤をまくことができる。除草剤を入れた瓶を手で振ってまくこれまでのやり方だと、20分ほどかかったという。
思わずはっとしたのは、この商品の取扱説明書を読んだときだ。「(水田の端までの)距離感がつかめない場合は、奥側に人を配置して旋回する合図をしてもらえると、作業をスムーズに行うことができます」。ボートが田んぼの端から端まで行ったり来たりするイラストの横にそえてあった説明だ。
手で除草剤をまくのと比べ、時間が10分の1に短縮できるだけで十分。もし「一人でも作業できる」ことを商品の強みにしようとすると、もっと高度で複雑な仕組みが必要になっていただろう。当然、価格も上がる。そうはせず、ほどほどの便利さにとどめている点に、現場目線の商品コンセプトを感じた。

水田の除草剤散布機「パディラビット」

AIやロボットの活用はまだ先

今回の取材を通して感じたのは、スマート農業という言葉で総称されるような新しい機械やシステムが、どこまで便利なものであるべきかという点だ。もし新技術のおかげで人手が要らなくなれば、農業はずっと楽になるだろう。
だが当面は、人手に頼らざるをえない部分がたくさん残る。完全な自動化はまだ実現可能性が見えていないだけでなく、すでに可能な技術でさえ、効果と比べて導入費用が見合わないものが多いからだ。だから現場では引き続きスタッフの技術の習熟が不可欠で、そのことが農場の収益性を左右する。
そして人が現場にいる以上、機械の走行などである程度ズレが生じることは許容範囲になる。走るべき軌道から多少それてもその場で修正すればいいからだ。だがそれは、機械の操作が簡単なものであることが前提になる。
そのことに関連するが、無人で動く収穫機の走行試験を以前取材したとき、開発側の意に反して何回か走行がストップする場面があった。開発途上のシステムだから、やむを得ない面もあるだろう。ただ、こうしたトラブルに現場のスタッフはどこまで対応できるだろうか。それを排除できなければ、無人である意味はほぼなくなる。スマート農業の難しさの一つだ。

農家の店しんしんの入り口

「農場の規模拡大がどんどん進んでいて、省力化が必要になっています。ただそこで使われている技術は、AIやロボットではありません」。木村さんはそう話す。これはけしてスマート農業を軽視しての言葉ではない。そうではなく、強調したいのは「現実はそこまで行っていない」ということだ。
いずれ農作業の多くでAIやロボットが活用される日が来るかもしれない。だがその前に、省力化のために実現すべきことはたくさんある。その多くはスマート農業とは関係なく、とても簡素で実用的なものだろう。1メートルの小さなボートが田んぼを走るさまを想像しながら、そんなことを思った。

関連記事

タイアップ企画

カテゴリー一覧