新規就農でハウスが倒壊、V字回復を可能にした販売戦略とは

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新規就農でハウスが倒壊、V字回復を可能にした販売戦略とは

連載企画:農業経営のヒント

新規就農でハウスが倒壊、V字回復を可能にした販売戦略とは
最終更新日:2020年08月13日

東京都西多摩郡瑞穂町で花を栽培する中村光輝(なかむら・みつてる)さんはこれまでさまざまな困難に直面してきた。就農前は農地を見つけるのに苦労し、就農後はハウスの倒壊に見舞われた。難局を乗り越えることを可能にしたのは、消費者と直接つながる販売戦略だ。

就農前に花屋をオープン

中村さんは現在、瑞穂町にある2棟の栽培ハウスで年間に100種類以上の花を育てている。小さい頃から花が好きで、しかも経営者になりたかった中村さんにとって、ここは夢をかなえることができた大切な場所だ。
大学生のときも花に関係する仕事をしたいと思っていたが、卒業後はいったん電子部品の会社に就職した。担当は営業。仕事は順調だったが、「花が好き」という気持ちは変わらず、数年間勤めた後に会社を辞めた。

花農家のもとで1年間研修した後、農地を探し始めた。だが自治体の窓口を訪ねても、「花は値段が安いから大変」「投資した資金の回収は難しいよ」といったつれない対応ばかり。「売り先はあるの」と聞かれたこともある。
そうした課題にどう対処すべきか助言するのが就農窓口の仕事ではないかと思ってしまうが、中村さんはここで意外な対応に出た。売り先を見つけるのではなく、まず2010年に自ら花屋を開いたのだ。場所は埼玉県所沢市。店名は「みんなの花屋さん ほのか」。ウェブサイトでの販売も始めた。

花屋の店先に並んだ花(2015年撮影)

販売するための花は、市場で仕入れてきた。2年ほどで販売が軌道に乗ると、改めて農地を探し始めた。もう売り先を心配してもらう必要もない。東京・池袋で開かれていた就農フェアでたまたま東京都のブースをのぞくと話がすんなり進み、所沢市から近い瑞穂町で農地を確保できた。
ハウスが建ったのが2013年夏。翌年の2月に、初めてハウスの倒壊を心配する出来事が起きた。大雪だ。ハウスの中の栽培ベンチに乗り、天井のビニールを下から棒で押して雪を落とした。しばらく続けると横に雪が高く積もり、ハウスを圧迫するので、外に出て雪かきをした。そんな作業を夜中まで続けた。
翌朝は5時半に家を出て、ハウスに向かった。「やっと夢がかなったのに、半年でつぶれるなんて」。最悪の事態を想像していたが、幸いなことにハウスは無事だった。「よかった」。安堵(あんど)の気持ちに包まれながら、再び雪かきを始めた。

売り上げは順調に増え、ハウスをもう1棟建てた。経営の形が変化したのは翌年の2018年。店を手伝ってくれていた妻の恵梨子(えりこ)さんの出産を間近に控え、8月から店舗での販売をしばらく休むことにした。
その2カ月後、9月30日に台風24号が日本に上陸し、10月1日の未明にかけて東日本の太平洋側を中心に記録的な暴風が襲った。ハウスが壊れたのではないかと心配した中村さんは1日の朝、軽トラでハウスへと向かった。

まだハウスが1棟だったころ(2015年撮影)

頭をよぎった「破産」の文字

ハウスに近づいたとき中村さんが最初に目にしたのは、すぐ横を走るJRの線路の上の大勢の人だかりだった。「何が起きたんだろう」。事態をつかめないまま、とりあえず軽トラをハウスの横に止めた。
奇妙な光景がそこにあった。中村さんの表現を借りると、「ハウスがぷかぷか浮いていた」のだ。骨組みの何本かが強風で地面から引き抜かれ、天井と側面のビニールが宙に浮く格好になっていた。ドアはなくなっていた。ハウスの中の水道管が破損し、水が出っぱなしになっていた。

2018年の台風被害の直後。骨組みの地面に埋まっていた部分が表に出ている(写真提供:中村光輝)

中村さんは冷静さを失わないように努めながら、どこがどれだけ壊れたのかを確かめようとした。そのときふと、より深刻なことが起きていることに気づいた。「あれ、ハウスがない」。隣のハウスが姿を消していたのだ。
ようやく何が起きたのかがわかってきた。線路の上の人だかりはJRの職員で、風でそこまで吹き飛ばされたハウスを撤去していた。職員によると、ハウスは送電線に引っかかった状態で発見されたという。中村さんがかけつけたときは、すでに線路を敷いた盛り土の斜面まで下ろされていた。

風で線路まで吹き飛ばされたハウス(写真提供:中村光輝)

このとき中村さんの頭によぎったのは、「破産」の文字だったという。もし損害賠償を請求されれば、営農を続けることはできないだろうと思った。結論から言えば、それは杞憂(きゆう)に終わった。倒木なども線路を塞いでおり、電車が止まった理由がハウスに限定されなかったからだ。
だが栽培は完全にストップした。最初に取り組んだのは、盛り土の斜面に残されたハウスを解体し、農場の敷地まで運んでくること。次が全壊を免れたハウスの修復だ。引き抜かれた骨組みの下にスコップで穴を掘り、もう一度土の中に埋め直した。こうした作業に約1カ月を要した。

適期を逃すと植物が育ちすぎてしまい、出荷できなくなるのが農業の難しさだ。花もそれは同じで、ハウスを修復しているうちに販売のタイミングを逃してしまった鉢が結構あった。10月の売り上げは5000円を割り込んだ。

店は休業でも売り上げ急増

ハウスを1棟失い、売り上げも激減した。店舗も休業中だ。中村さんは残されたハウスで何ができるかを懸命に考えた。
そこで力を入れたのが、ウェブサイトでの販売だ。まずサイトの画面を見やすくすることに注力した。店舗では花が咲いた状態で買う人が多いのに対し、インターネットでは咲く前に購入する人が多い。そこで出品時点の写真と花が咲いた後の写真の両方をアップし、花の様子をイメージしやすいようにした。写真の解像度も上げた。

店舗とネットの客層の違いもより強く意識するようになった。
店に来る客は、何を買うかがあらかじめ決まっている場合もあるが、目の前に並んだ花を見て「きれい」と感じたものを買うことも少なくない。購入するのは、パンジーなどよく知られている花が中心だ。
これに対し、ネットの顧客には「ガーデナー」と呼ばれるような園芸愛好家がたくさんいる。彼らは専門知識が多く、ふつうの人は知らないような花を楽しむ傾向がある。小さいハート型の葉っぱが特徴のラゴディアハスタータや、葉っぱがニンジンと似ているセセリムーンキャロットなどだ。

ネットで直接販売する強みは、彼らがどんな花を望んでいるかがリアルにわかる点にある。サイトのレビューに「種類を増やしてくれればもっと買う」という書き込みもあった。中村さんはそうした情報を参考にしながら、「売れるもの」を中心に栽培する品目を拡充していった。

ラゴディアハスタータ

こうして中村さんは、経営を再び成長軌道に乗せた。自社で栽培した分の売上高は2018年が前年比で約1割減ったのに対し、2019年は約5割増とV字回復をとげた。2020年1~2月は前年同期比でなんと7割増。ちなみに、市場からの仕入れ販売は今ではごくわずかにとどまっている。
需要の拡大を支えるには、栽培を増やす必要がある。そこで2019年5月には風で飛ばされたハウスのあった場所に、以前よりも頑丈なハウスを建て直した。それでも足りないため、現在は別の場所で農地を探している最中だ。

中村さんは子どもの頃から抱いていた「花が好き」と「経営者になりたい」という2つの思いを結びつけ、仕事にすることができた。台風被害で一時、営農がストップするという困難にも直面したが、需要をつかむことに成功して売り上げを急拡大させている。
そうした成果に今、どんな手応えを感じているのだろう。そうたずねると、「達成感はありません。まだまだできると思ってますから」という答えが返ってきた。発展途上ゆえの力強さを感じさせてくれる言葉だった。

セセリムーンキャロット

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