マイナビ農業TOP > 農業経営 > 若手集団が実践する「人を育てるためのマニュアル」づくり

若手集団が実践する「人を育てるためのマニュアル」づくり

伊藤 雄大

ライター:

若手集団が実践する「人を育てるためのマニュアル」づくり

「農業は経験と勘。体で覚えろ」とはよく聞く言葉。生き物を扱う手仕事なわけだから、マニュアル化できない部分もあると思う。だけど、それでいいのだろうか。労働力不足が深刻な農業の現場では、農業未経験の従業員や研修生と一緒に働くことが増えている。愛知県弥富市で米などを大規模に生産する農業法人・鍋八(なべはち)農産に「人を育てるためのマニュアル」についてのアイデアを聞いた。

twitter twitter twitter

社員の作業習熟度がわかる「能力マップ」とは?

「今は、イネが140ヘクタール。小麦が45ヘクタールで、そのうち裏作でダイズが15ヘクタール。それから作業受託が120ヘクタール……」と、鍋八農産・代表取締役の八木輝治(やぎ・きはる)さんが言う。ピンとこないくらい、巨大な規模だ。
「これを、だいたい13人くらいのスタッフで回しています。うちは60歳で定年なんで、ほとんどは若い子。農業未経験の子もけっこう働いてますよ」

そんな話をしていると、若いスタッフが事務所に入ってきた。一人は勤続年数1年の若い女性、もう一人は長く勤めている男性スタッフだった。
男性が八木さんに言う。「この子にトラックで、トラクターを運んでもらおうと思うんですが、問題ないですか?」
八木さんが壁に張ってある表を見て答える。「まだやったことないんだったら、一回うちの敷地内で練習してからにしようか」
壁に張ってあったのは「能力マップ」という一覧表だった。

能力マップ。各人の作業習熟度を、作業ごとにレベルで色分けして「見える化」したもの

壁にある能力マップには、各スタッフの作業別習熟度合いが色のついた磁石で一覧化されている。「事務所にある能力マップ」というと、商社でいう「営業成績」のような社内評価システムなんじゃないかと背筋がピンとなるが、どうもそうではないらしい。
「単純に、能力を『見える化』しているだけ。わかりやすいでしょ? スタッフがこれだけいるんだから、一人が全部の作業をできるようにならなくてもいい。無茶はさせたくない」と八木さん。

それと同時に、一人一人が自分の目標を立てるためのマップでもある。
あることをできるようになりたいと思ったら、会社に相談したうえで、その作業が得意なスタッフとタッグを組んで作業をしながら教わり、技能を習得することもできる。
自分でできるようになったと判断したら自己申告をして、八木さんやベテランスタッフに審査を受けたうえで、ランクアップすることができる。

能力マップを更新する際のルールづくりもスタッフで行う

「この能力マップ、やっててよかったなーと、今まさに思ってるんですよ。コロナウイルスの影響で買い占めが起こり、米が品薄状態。3〜4人で精米機をフル稼働させているところです。でも3年前のこのマップでは、精米できる人が1人しかいなかったんですよ。これはヤバイとなって、2〜3年かけて精米スタッフを育ててきました」
個々人の能力を一覧にすることで、結果的に会社の能力も「見える化」でき、全体に共有できるのだ。

年間作業と実績の「見える化」。いつ忙しいかなどを共有する

トヨタ自動車の現場改善ノウハウを、農業現場で使いこなす

じつはこの能力マップは、自動車業界の生産管理ノウハウを農業の場に応用する、トヨタ自動車株式会社の「豊作計画」のなかで生み出されたものの一つ。このサービスのもととなる農業IT管理ツールをはじめ、現場改善などの取り組みの現場実証をしてきたのが八木さんたち鍋八農産なのだ。

トヨタと一緒につくった管理ツール「豊作計画」の画面。それぞれの圃場(ほじょう)のデータを残せる

「私も、父と母から受け継いだ農業をやってきたので、トヨタの人が作業場を見に来るとなったときも『何を見に来るんだ』という感じだったんですよ。関係ねぇよって(笑)」。そんな八木さんの思いとはウラハラに、トヨタの「厳しい指摘」には納得させられるものが多々あり、「改善を真に受けて」取り組むことにしたそうだ。

「ただ、この能力マップは単なる道具。使いこなせなければタダの板ですからね。そして、それを使いこなすのはスタッフ全員なんです」と、八木さんが言う。
能力マップを運用しつつ、現場に合わせて使いやすく改善していくのは八木さんでもトヨタでもなく、スタッフたち自身。スタッフたちをチームに分けた「小集団活動」によって、現場を良くするための課題をあぶり出したうえで、改善を重ねてきた。
「新人のスタッフにも積極的に発言してもらう。すると、農業の話以外も出てくるんですよ。鍵はこっちに置いたほうがいいとか、作業中はヘルメットをかぶろうとか」(八木さん)

家族経営でも取り組みやすい「2S」とは

ここまでの話は、ある程度規模の大きい経営向けの話ではある。では、小規模で、たとえば家族経営だとどんなことから始めればいいだろうか。そんな質問をしてみた。

「とりあえず、2Sなら取り組みやすいと思いますよ」と八木さん。2Sとはトヨタの言葉でいう整理・整頓のこと。
実際に作業場を案内してもらうと、道具やモノの置き場所、そして実際なんの作業が行われているかが「見える化」されている。

機械類は種類別に置き場所が決まっており、最後に使った人が誰かや、故障の有無などを記載するルールもある

パレットやフレコンなども、邪魔にならないように置き場所が指定されている。季節によって置くモノが違うので、白線を引き直す

各作業場には進捗(しんちょく)状況がわかるボードが置いてある

みんなでつくったマニュアルだから

各機械には、スタッフが「新人に伝えるために工夫した手作りのマニュアル」があった。中を見ると、文字は少なめで写真でわかりやすく構成され、なおかつ、汚れないようにラミネートされている。現場で生まれたマニュアルだ。

精米機で1冊だけでなく作業ごとにマニュアルがある

写真が大きく、現場目線で大事なことは赤字で書かれている

そして、マニュアルを持ってきてくれたスタッフの頭にはヘルメット……。「ね、本当にかぶってたでしょ?」と八木さんが笑う。
「農作業中はヘルメットをしましょう」なんてどのマニュアルにも書いてあるけど、実際はまったく浸透していないものなのに……。
スタッフみんなでつくるマニュアルだからこそ、みんなが守ってくれるというわけだ。

ヘルメットをかぶるスタッフ

  農作業中の事故対策特集に戻る  

関連記事
実践しやすく効果バツグン! 農家直伝の事故対策
実践しやすく効果バツグン! 農家直伝の事故対策
危ないと注意していても起こってしまう農作業事故やヒヤリハット体験。農業現場で事故件数が減らない理由の一つには、農家にとって事故対策は手間のかかることで、しかも作業効率が落ちる、収益につながらない……など農業経営のメリット…
【動画つき】死亡事故のリスクが潜む、トラクターの危険を体感!
【動画つき】死亡事故のリスクが潜む、トラクターの危険を体感!
農林水産省によると、2017年の農作業の事故による死亡者数は304人。前年より8人減少したものの、依然として多くの方が亡くなっているのが現状です。中でも、農業機械作業による死亡者数は211人で全体のおよそ70%を占めています。なぜ事…

あわせて読みたい記事5選

関連記事

タイアップ企画

公式SNS

「個人情報の取り扱いについて」の同意

2023年4月3日に「個人情報の取り扱いについて」が改訂されました。
マイナビ農業をご利用いただくには「個人情報の取り扱いについて」の内容をご確認いただき、同意いただく必要がございます。

■変更内容
個人情報の利用目的の以下の項目を追加
(7)行動履歴を会員情報と紐づけて分析した上で以下に活用。

内容に同意してサービスを利用する