農協を使いこなす、若手農家のチーム力

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農協を使いこなす、若手農家のチーム力

連載企画:農業経営のヒント

農協を使いこなす、若手農家のチーム力
最終更新日:2020年04月24日

農家が一人ではできないことでも、チームを作れば可能になる。千葉県野田市で枝豆やネギを栽培している荒木大輔(あらき・だいすけ)さんは、仲間の若手農家とそんな取り組みを実践している。掲げた目標は農協の有効活用。これまで農協を十分に生かしてこなかったと感じているからだ。

若手農家のチームが次々に連携

荒木さんは2015年に実家で就農した。栽培面積は2.4ヘクタール。農産物のほとんどを、ちば東葛農業協同組合(JAちば東葛、本店千葉県柏市)に出荷している。JAちば東葛は野田市など千葉県北西部をカバーする農協だ。
東京農業大学を卒業した後、農協の全国組織の全国農業協同組合中央会(JA全中)に就職した。就農することも考えたが、祖母から「こんなもうからない仕事はするな」と強く反対され、いったん外で働くことにした。

JA全中は各農協に対して農業政策や農協の組織運営などに関する情報を提供し、意見を集約するのが主な仕事。荒木さんはそこで農政の動向についての資料のとりまとめや、農産物販売に関する研修会の準備などを担当した。
JA全中で働きながらも、いつか農業をやりたいとの思いは変わらなかった。同僚と飲んだときなど、よく「おれは百姓をやる」と話していたという。JA全中を辞め、就農したのは34歳のとき。体力のことを考えると、思う存分農業をやるにはこれ以上先延ばしにできないと考えたからだった。

JA全中が入っている東京・大手町のビル

就農してみると、予想外のことが起きた。近隣の農家が、補助金の申請の仕方や融資の種類などを教えてもらうため、荒木さんに相談しに来るようになったのだ。栽培技術では祖父や近隣のベテラン農家には及ばないが、農業制度に関してはJA全中で働いていた荒木さんのほうが詳しかったからだ。
さまざまな相談を受けるうち、荒木さんは農家が抱える課題を洗い出し、解決方法を話し合うチームが必要だと考えるようになった。そこで同時期に就農した近くの農家を中心に、農協の支部を2017年2月に立ち上げた。
名称は「JAちば東葛野田地区青壮年部福田支部」。荒木さんたちの農地が野田市の南東部の福田地区にあるため、この名前をつけた。青壮年部は農協に加入している50歳以下の農家の集まりを指す。

ここで特筆すべきは、荒木さんの動きが福田地区にとどまらなかったことだ。まず同じ野田市の中心部にある別の青壮年部と連携。さらに柏、我孫子、船橋の各市にある青壮年部にも働きかけ、お互いに協力していくことで合意。その結果、2017年8月にJAちば東葛青壮年部協議会が誕生した。
こうしてもともと青壮年部がなかった福田地区の動きが起点になり、JAちば東葛の全域の若手農家が交流し、課題の解決策を探る体制が整った。

荒木さんが栽培している枝豆

農協を動かしてスーパーに販路

荒木さんは以前から、農家の多くは農協をうまく使いこなせていないと感じていた。例えば「農薬を1瓶持ってきてくれ」と農協に頼む農家がいる。すぐ持ってきてくれるので便利そうに見えるが、配送代がかさむので結局は高くつく。そして「もっと安くならないのか」とこぼしたりする。
足りなくなってから注文するのではなく、計画的にまとめて購入すればその分、配送費を圧縮することができる。それを地域全体でやれば配送の頻度をいっそう減らすことにつながり、経費の節減効果はもっと大きくなる。
若手農家が連携できる体制を整えたのは、参加するメンバーが多いほど課題を解決する力が大きくなると思ったからだ。2019年初めには協議会に参加している農家から意見を募り、課題をまとめた「ポリシーブック」を作成した。

その中で掲げたのは「販路の拡大と資材などのコストの低減」「農業経営の人材確保」「農協職員のレベルアップ」など。もちろん、課題を並べただけでは事態は動かない。重要なのはそれを解決するための行動だ。

荒木さんは「一人でできることには限界がある」と話す

その成果は、2019年11月に具体化した。近隣のスーパーの店舗を新たな販路に加えることに成功したのだ。協議会が農協に要望し、農協の職員がこのスーパーと取引のある卸会社と交渉して実現した。
背景は二つある。一つは農協だけでなく、すでにスーパーにも出荷している農家の意見。スーパーに直接売れば手取りが大きくなる半面、梱包や配送などの手間がかさむ。そのことを負担に感じていた農家から、今後スーパー向けの出荷を増やす際には農協を通したいとの声が上がっていた。
もう一つは、スーパーを販路に持っていない農家の要望だ。農協から市場に出すルートは相場の影響を受けやすいため、より値段が安定するスーパーにも販売してほしいと感じていた。こちらも農協を通すことが前提だ。

農産物の販路開拓を農協に要請した(写真提供:荒木大輔)

もしこれが数人の要望だったら、こんなにすんなりとは実現しなかっただろう。だが要望を出したのは、JAちば東葛の青壮年部の協議会だ。若手農家の総意として要望したことで熱意が伝わり、農協は販路の開拓へと動いた。
これが農協と農家のあるべき関係だろう。荒木さんたちは要望を出す際に「自分たちはいいものを作って出荷する」と約束した。新たな販路が決まったときに農協が提示した手数料に対しては、「もっと多くていい」と増額を容認した。それだけメリットがあると感じたからだ。

最近新たに農業を始める人の中には、農協を通さずに自分で売ったほうがいいと考える人が少なくないように思う。もちろんそれも目標としてあっていい。だが、みんなで話し合い、働きかければ、農協もこれまで以上に役割を発揮するようになる。それを可能にするのがチームの力だ。

祖父の言葉「任せた」で決意

荒木さんが若手農家のとりまとめに努める意味を、農協との関係とは別の角度から考えてみよう。
祖父の世代は家業である農業を継ぐのが当たり前で、ほかに選択肢はなかった。父親の世代は農業以外のもっと収入のいい仕事を選んだ。実家を継いでも周囲に余剰農地は少なく、経営を大きくするのは難しいという事情もあった。

これに対し、荒木さんの世代は高齢農家の引退が加速し、農地を借りて規模を拡大するチャンスが増えた。農政もそうした動きを後押しする姿勢を鮮明にした。子供の頃に農作業を手伝い、お小遣いをもらった記憶も、農業に対するポジティブなイメージを抱き続けるのに役立った。
荒木さんの祖父はあまり多くを語らない人だった。荒木さんがJA全中を辞めて就農したときもちょっと困ったような表情を見せただけで、特段の反応を示さなかった。当時すでに80歳を過ぎており、畑の様子を伝える荒木さんに短い言葉で指示を出し、栽培技術を教えていった。
亡くなったのは85歳のとき。病院のベッドで酸素吸入器をつけ、何かを伝えようとする祖父に荒木さんが近づくと、発した言葉は「任せたぞ」。ひつぎには祖父が作り続けた枝豆を入れた。荒木さんは「やるしかない」と気を引きしめた。

祖父はこの椅子に座り、荒木さんに栽培を教えた

荒木さんが農業にかける思いの背景には、祖父から大切なバトンを引き継いだという思いがある。それは家業のことにとどまらず、地域の農業全体を守っていこうという思いにつながった。だからチームが必要になる。
インタビューの最後に、農家以外の出身で、新たに農業を始める人がチームに参加する余地があるのかどうか聞いてみた。荒木さんの答えは「全然あります」。高齢農家の引退はこれからも続く見通しで、実家で農業を継いだ荒木さんたちだけでは、余った農地を受け止めきれなくなってくるからだ。
だから荒木さんは「いくらでもウエルカムです」と話し、新規就農者がメンバーに加わることに期待する。新たに農業を始める人にとって、耳を傾けてみる価値のある誘いではないだろうか。

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