生き生きとしたお店にするために
小売店でも飲食店でも、お店というものは、働いているスタッフが生き生きとしていたらまた行きたくなるものです。
直売所も同様です。
では、どうしたらスタッフが生き生きと働けるのか。そのためには経営理念がしっかりしていることが必須の条件となります。
これは経営学の世界では、言われて久しいことなのですが、直売所業界ではあまり意識されていないかもしれません。
なお、経営理念と同じような言葉に、ビジョンやミッション、社是、社訓といったものがあります。厳密にはニュアンスが異なってくるのですが、紙幅の都合もあるので、ここでは同じものとして扱って筆を進めていきたいと思います。
経営理念とはひとことでいえば、「なんのためにこの仕事をやっているのか?」ということを示すこと。経営理念がお店に浸透すれば、スタッフの働きがいを何倍にもすることができます。
人間が仕事をする意味には、お金を得るということももちろんありますが、「人の役に立っている」という感覚がものすごく大事です。そのためには経営理念が必須なのです。
言い古された例ですが、仕事の目的を「ただ石を積むこと」と考えるのと、「大きな聖堂を作ること」と考えるのでは、モチベーションがまったく異なるわけです。
「存在している」と「浸透している」は異なる
直売所においては、経営理念のようなものは既に存在しているケースが多いでしょう。
公的機関が作ったのであれ民間が作ったのであれ、直売所は、地域社会に貢献する何かしらの目的があって作られています。
「地域の農業に貢献する」とか、「地域の市民においしい野菜を届ける」とか、そういったことです。
したがって、たいていは経営理念やそれに近しいものが既にあるわけです。ただ、経営理念が存在していることと浸透していることはまったく異なります。
言うまでもなく、経営理念が事務所の壁に貼ってあるだけでは、何の役にも立たないのです。
文章化されていること以上に大事なことは、お店の店長や責任者が理念を自ら体現していることです。
ただ、これは店長の行動様式を経営理念に合わせる必要がある、ということでは必ずしもありません。もちろん、そういう努力も必要でしょう。
ただ、日々の仕事のなかで理念をいつも意識しているのは難しいものです。
どちらかといえば、経営理念として書かれている言葉に、店長自身がしっくりきているかどうかというのが大事です。自然と理念どおりに振る舞えるようなものになっていれば、問題ないわけです。
その言葉がどうしてもしっくりこないのであれば、作り直すことも検討すべきです。
経営理念を作る3つの観点
さて、経営理念がまだきちんと文章化されていないケース(あるいは再度練り直した方がいいケース)ですが、たいていの直売所の経営理念は、以下の3つの観点を議論していけば作れると思います。
1. 地域の農業についてどう考えるか?
2. お客様についてどう考えるか?
3. スタッフの役割や行動様式についてどう考えるか?
「地域の農業」、「お客様」、「スタッフ」という三者へのスタンスをしっかり示すのが基本になってきます。
「地域の農業」という面は、どの直売所も元から意識が強いところだと思います。しかし、直売所がお店であるからには、「お客様」を喜ばしてナンボ、です。お客様の役に立っているという感覚こそ、現場のスタッフが一番求めているものでもあります。
また、「スタッフ」についての視点がないケースは、ものすごく多いと推察します。
チームビルディングについては、この連載の別の回で触れたいと思っていますが、お店においてスタッフがどのような位置づけなのかは明示すべきです。
この連載では、ずっと「直売所プロフェッショナル」が必要だということを言い続けてきました。お客様のことを一番よく知っている現場のスタッフが主体性を持たなくては、直売所の発展はないという主張です。
その観点からすると、パートを含むスタッフが自分のアタマで考えて、率先して行動していこう、ということを経営理念には盛り込むべきだと筆者は考えます。
「お客様あっての直売所」のはずが・・・
直売所ならではの課題として、お客様のことを考えるという商売の根本が薄くなりがちだということがあります。お客様あってのお店なのに、他のことが優先されたりします。他のことというのは、多くの場合が設置団体や農家の都合です。
多くの直売所では「地域農業の活性化」が理念として掲げられているでしょう。それはそれでいいのですが、地域農業が活性化するためには、お客様の応援が必要です。これを忘れてはいけません。
先日、たまたま訪れた直売所で残念なことがありました。
その日は雨が降っていたのですが、駐車場にずらりと車が止まっていました。なかなか繁盛しているなと思いつつ、お店の入り口から遠いスペースに車を止めて雨に濡れながら店内に入ったのですが、どうしたことかお客様が2、3人しかいません。
では、ずらりと並んだ車はお客様の車でないとすると、誰の車なのか?
直売所と農協の会議室が同じ建物の中にあるということはよくあると思いますが、その直売所もそのような建物でした。
その日は直売所の建物の2階で多数の農家を集めた会議が行われていて、その農家の車が駐車場にたくさん止まっていたというわけです。
これは経営理念が根本的に誤っているか、もしくは浸透していない典型的な事例です。
直売所のお客様のための駐車スペースを確保するために、農家は店舗の入り口から遠いところから順に車を止めるべきに決まっています。まして雨のなかでもわざわざ来てくれるお客様なんて、お客様のなかでもとくに大事にしなくてはいけないはずです。
また、お客様の駐車スペースがないことに気づきながら、上司や農家に指摘できない直売所の現場スタッフは「直売所プロフェッショナル」とはいえません。
農協にとってのお客様は組合員かもしれませんが、直売所にとってのお客様は組合員ではありません。
お客様あっての直売所であり、お客様あっての農業だということを、スタッフどうし日ごろから確認しあいましょう。
また、農協や自治体が設置した直売所の場合、出荷する農家を平等に扱うという必要性がどうしても出てきます。Aさんはキュウリを出荷していいけど、Bさんはダメ、とはできないわけです。
しかし、地域の農家の技術やモチベーションには差があります(農業に限らずどんな業界も同じですが)。
平等なのは大事なことなのですが、お客様の視点からはどうでもいいことです。おいしいものが適切な価格で手に入るかどうかがお客様にとっての問題です。そして、お客様の満足度が低ければ、直売所はいずれ成り立たなくなり、「地域農業の活性化」という大目的も達成されなくなってしまいます。
場合によっては、品質の低い農家やルールを守らない農家は、直売所の出荷者リストから外れてもらうという冷徹な判断も必要です。直売所の発展、ひいては地域農業の発展のためにも、「お客様を大事にする」という理念を直売所の設置団体、店長、スタッフ、出荷者のあいだで確認する必要があるでしょう。
経営理念チェックリスト
さて、まだまだ経営理念について書きたいことはあるのですが、とてもとても書ききれないので、最後に設置団体や店長が確認すべきポイントをチェックリストとしてまとめました。ぜひ活用してください。
【経営理念の内容】
□ 経営理念が明文化されている
□ 経営理念は、10年後も色あせないであろう内容である
□ パートを含むスタッフが、一緒にがんばろうと思える内容である
□ 経営理念に「地域の農業」の視点がある
□ 経営理念に「お客様」の視点がある
□ 経営理念に「スタッフ」の視点がある
【経営理念の実践】
□ 経営理念を店長・責任者がきちんと理解し、経営判断の基準にしている
□ 経営理念をパートを含むスタッフがきちんと理解している
□ 経営理念を設置母体や出荷者がきちんと理解している
□ 普段の打ち合わせやオンラインでの情報共有のなかで、経営理念に触れる機会が頻繁にある
□ 新しいスタッフを採用する際には、経営理念に照らして適切な人材を採用している