108ヘクタールを開墾したベテラン農家、原点は「農業不要論」への反発

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108ヘクタールを開墾したベテラン農家、原点は「農業不要論」への反発

連載企画:農業経営のヒント

108ヘクタールを開墾したベテラン農家、原点は「農業不要論」への反発
最終更新日:2020年06月29日

千葉県柏市で稲作農家を営む染谷茂(そめや・しげる)さんは、いまちょうど70歳。荒れ地を開墾して広大な農場をつくり、仲間の農家と一緒に直売所を立ち上げるなど、先進農家として地域を引っ張ってきた。遠くない将来の経営のバトンタッチも視野に入るなか、農業の未来に向けて何を思うのだろうか。

地続きで3.5キロのメガファームを開墾

柏市内にいくつかある染谷さんの農場のうち、中核となる農場は面積が108ヘクタールある。国内平均の約3ヘクタールと比べてはるかに広いのは言うまでもないが、最大の特徴は自社の田んぼが一カ所にまとまっている点にある。複数の農家の田んぼがパッチワーク状になっていることが多い日本の農村では珍しい農場だ。
利根川に沿って長く伸びるその農場は、長さが3.5キロ。染谷さんの運転で何回か案内してもらったことがあるが、田んぼの間を真っすぐに伸びる農道を走る爽快感は格別だ。誰も手を着けようとしなかった荒れ地を開墾し、国内では珍しい効率的な農場を実現した。
染谷さんは高校を卒業して実家の田んぼを手伝った後、いったん近くの工業団地で送迎バスの運転手の仕事に就いた。給料は順調に増えたが、「悔いない生き方がしたい」と考え、本格的に就農した。24歳のときだ。

108ヘクタールの農場が完成したころ(2013年撮影)

就農したとき、実家の田んぼはわずか1.5ヘクタールしかなかった。それでは暮らしは成り立たないと思った染谷さんは、当初から規模拡大を目標に掲げ、使われなくなった農地を引き受けて面積を広げていった。
そして2003年には利根川沿いの広大な荒れ地の開墾に着手した。それが108ヘクタールの中核農場だ。この場所を農地に戻す計画を柏市が立てたとき、他の農家はあまりの広さに尻込みした。「全部やる」と応じたのは染谷さんただ一人。高さ数メートルの雑草を刈り、投棄されていた山のようなゴミを取り除き、10年近くかけて開墾した。ここを含め、農場はいま全体で約180ヘクタールある。
一方、染谷さんは自社農場の拡大と並行し、十数人の農家と資金を出し合って2004年に農産物直売所の「かしわで」を開いた。敷地面積が7300平方メートルあり、駐車場には120台収容できる大型の直売所だ。都市近郊で消費者が大勢いる地の利をいかし、地元の農業を盛り上げるのが目的だった。
きっかけは当時、中国から安いネギが大量に入ってきたことにある。ネギは柏市の主要な農産物だが、中国産に押されて栽培を諦めた農家もいた。見かねた染谷さんは仲間の農家に声をかけ、自分たちの売り場を作った。オープン当初は客足が少なく、2年半無休で頑張って運営を軌道に乗せた。
これが、染谷さんが就農から40年以上かけて築いてきた営農の形だ。作物を栽培して出荷するだけの状態から経営者へと脱皮した農家は少なからずいるが、その中でも大きな実績を上げた一人だろう。では70歳になったいま、染谷さんは何を今後の目標に掲げているのだろうか。

直売所の「かしわで」。ネギは主力商品の一つ

「稲は人の足音を聞いて育つ」実際に歩いて確認する大切さ

今回の取材では、農場のスケールを改めて実感するとともに、課題も浮き彫りになった。
農道を大型の油圧ショベルが走っているので、圃場(ほじょう)を整備しているのかと思ったら、染谷さんの答えは「除草」。よく見ると、機械の腕の先端部分に箱形のアタッチメントが付いている。操縦席のスタッフが機械の腕を器用に動かしてそれを畦畔(けいはん)の斜面にピタリと当て、雑草を刈っていた。
除草にこの機械を使う理由は二つある。一つは人が畦畔を歩きながら使う小型の除草機で刈るには、農場があまりにも広いことだ。農道と畦畔の間に用水路が流れていても、機械の腕を伸ばして刈れるといった利点もある。
もう一つは、「できるだけ除草剤を使いたくない」と考えているからだ。雑草が田んぼの中に生えると、稲の生育にとってマイナスになる。だが畦畔の雑草は、根が土を崩れにくくするというプラスの効果も生む。だから、除草剤で雑草を枯らしたりせず、畦畔の中に張った根はそのまま残す。

油圧ショベルで除草する

そんな話を聞きながら農場を回っていると、ある田んぼの前で染谷さんの表情が曇った。雑草の一種のウキヤガラが、田んぼの中に何本か生えていたのだ。地下茎から幾本もの株を伸ばすこの雑草は、稲にとって難敵。除草剤も効きにくいため、いったん生えてしまうと手で抜いていくしかない。
染谷さんはこのときふと、「稲は人の足音を聞いて育つ」と語った。農家の間に昔から伝わる言葉だ。日々田んぼに行って観察し、必要な作業をすることで、稲が元気に育つという意味のこの言葉を、なぜ口にしたのか。
「性能のいいセンサーができれば、水が足りているのかどうかはわかるのかもしれない」。染谷さんはそう話した後、「でもやっぱり畦畔を歩かなければダメだ」と続けた。「稲がうまく育っているか、虫が出ていないかどうか、水が漏れていないかどうか。どれも歩いてみないとわからない」
農場で働くスタッフは、2人の息子を含めて十数人いる。染谷さんは彼らの働きぶりについて、取材で明確に批判めいたことは言わなかった。むしろ「もう彼らに任せたほうがいいと思う」と強調した。だが言葉の端々からにじみ出たのは、伝えたいことがまだたくさんあるという思いだった。
広大な農場を、いかに作業の質を落とさずに守っていくか。染谷さんは「データを活用すれば、10年かかったことを3年でできるようになるのかもしれない」と話しつつ、再び「実際に歩いて確認することが大事だ」とくり返した。その思いに応えるのは、バトンを受ける側の課題だろう。

稲の難敵の雑草、ウキヤガラ

「農産物は輸入すればいい」への危機感

ここまで今後の農場運営について、染谷さんが気にかけていることを説明してきた。自分が長年の経験で得たノウハウを、最新の技術を活用しながらどうやって後継者に身につけてもらうか。時代を切り開いた農場で事業承継の時期が迫ったとき、共通で乗り越えるべきテーマだと思う。
最後に営農のことを離れ、コメを買ってくれる消費者に向けた思いにも触れておきたい。染谷さんは2019年10月、消費者に向けたメッセージをA4判の紙につづる「あぜ道だより」を、15年ぶりに復活させた。
あぜ道だよりを書くようになったきっかけは、1990年代半ばにさかのぼる。著名な評論家が柏市に講演に来て、「都市近郊でコメや野菜を作っているから宅地の値段が高い」「農地なんてなくせばいい」「農産物をもっと輸入すれば物価が下がる」などと主張したのだ。筆者も記憶にあるが、バブル経済の余韻がなお残る中で、当時は必ずしも例外的な意見ではなかった。
染谷さんは農業をないがしろにする講演の内容に深く心を痛めた。講演を聴いた地元の商業関係者も「農産物は輸入すればいい」と話すのを聞いて、「自分たちも情報を発信していかなければならない」と心を決めた。言われっ放しではいけない。そう思って書き始めたのが、あぜ道だよりだ。

消費者に向けてつづったメッセージの数々

1994年8月の第1号には「天候にもよりますが、豊作が期待できそうです」と栽培状況が淡々と書いてある。その後、1996年1月の第2号に「地力は過酷な労働に耐え、病気を寄せ付けない体力」と記すなど農業観も交えながら発行を続け、2004年3月の第39号で「悪戦苦闘しながら辛抱強く開墾作業を進めています」と108ヘクタールの農場に触れたのを最後に中断した。
15年ぶりに第40号を出したのは、農業を取り巻く環境がますます厳しさを増していると感じたからだ。そこで写真を添えて訴えたのは、大型台風で収穫できなくなった田畑の様子だ。「為す術もなく」「水稲と大豆は水の底に」。収穫を奪われたことへの思いを、言葉少なくこう表現している。
この号を見ながら、染谷さんは「農業をする人がいなくなれば、土地が荒れる。みんなで同じ方向を向かないと、農業はダメになる。困るのは国民だ。できるだけ農業外の人に農業のことを理解してもらえるように努めたい」と話した。次に紹介するのは、染谷さんがかつて書いた文章の一節だ。
「憂えてばかりではいられません。『農業の大切さ、そしてコメの大切さを訴えていかなければ』との百姓の心を一人でも多くの人に理解していただき、日本の米文化をいつまでも大切に、孫子の代までも伝えていきたいのです」
いまもこの思いが、染谷さんの活動を支えている。

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