農薬も肥料も使わない 種取りが支える自然農法の価値とは

マイナビ農業TOP > 農業経営 > 農薬も肥料も使わない 種取りが支える自然農法の価値とは

農薬も肥料も使わない 種取りが支える自然農法の価値とは

連載企画:農業経営のヒント

農薬も肥料も使わない 種取りが支える自然農法の価値とは
最終更新日:2020年06月29日

国会で法改正が見送りになった種苗法に関連し、農家が作物から種を取り、翌年の栽培に使う自家増殖が注目を集めた。では農家はどうやって種取りをしているのか。種取りにはどんな意義があるのか。東京都西多摩郡瑞穂町で野菜を栽培している井垣貴洋(いがき・たかひろ)さんに聞いた。

辛いシシトウ地獄をかけ合わせで変える

井垣さんは30歳のころに福祉関係の仕事をやめ、妻の美穂(みほ)さんと一緒に2009年に就農した。昔ながらの野菜を約50種類作り、約70人の顧客に宅配を使ったり、畑に取りに来てもらったりして販売している。
その後、2人に続く形で若者が続々と東京で就農し、「東京NEO-FARMERS!(ネオファーマーズ)」という生産者が緩やかに結びつくグループをつくった。このエピソードは以前この連載でも紹介した(就農希望者が増える東京。キーパーソンが語る人気の理由と課題)。2人もそのメンバーだ。今回自家増殖が話題になったとき、井垣さんに話を聞いてみたいと思ったのは、就農して間もないころに顧客からシシトウについて言われたという次の言葉を思い出したからだ。「辛い。まるでシシトウ地獄だよ」。ふつうの農家だったらこれを受け、辛くないシシトウの種を買ってきたかもしれない。
だが井垣さんの対応は違った。就農当初から種取りをしていたからだ。辛みの少ないシシトウから種をとり、かけ合わせることで、顧客から「シシトウ地獄」とは言われなくなった。筆者は井垣さんの自宅で炒めたシシトウをごちそうになったことがあるが、辛みをまったく感じさせず、じつにおいしかった。

井垣貴洋さんと美穂さん(2015年撮影)

ここで井垣さんの栽培に関する考え方を紹介しておこう。就農に際し、真っ先に決めたのは、農薬を使わないことだった。「農薬は虫を殺すだけでなく、人体にとってもよくないと考えた」(井垣さん)からだ。
そう書くと、農薬や化学肥料を使わない有機農業を想像するかもしれないが、井垣さんの場合はそれとは違う。有機肥料さえも使っていないのだ。いわゆる自然農法だ。自然農法を提唱し、実践している農家は昔からいるが、井垣さんが就農にあたって選んだのはそんな栽培方法だった。
ではなぜ自然農法にしたのか。そう聞くと、井垣さんは「自分の好みだから」と答えた。その意味を他の農家ならたくさんの言葉で説明するのかもしれないが、井垣さんはあえてそうはしない。ただ言葉少なく「キーワードはシンプル。やらなくていいことは、やらないようにしました」と話す。
一般的な栽培方法と違う点はほかにもある。同じ畑で同じ作物を作り続けているのだ。それでも連作障害は起きていない。病気で大きな被害が出ることもほとんどない。種取りは、井垣さんのこうした栽培の核心部分にある。「種取りを続けてきたことで、味も見た目も自信を持てるものが増えてきた」という。

スナップエンドウから種取り

畑になじんで雑草に負けない種を取る

井垣さんによると、種取りの仕方は作物によって違う。ダイコンは収穫時に形がいいものを5本ほど選び、畑の一角に植え替えて種取りする。5本のダイコンから、2万粒もの種がとれるという。ニンジンも同じやり方だ。
スナップエンドウやパセリ、パクチーなどは植え替えが難しいので、枝ぶりなどがいい畑の一画を選んで種取り用にする。トマトは味が良く、収量も多い株から実をいくつか取り、種を乾燥させて翌年の栽培に使う。
農薬も肥料も使わないため、自家増殖した種を畑にまいた後、農作業としてやるべきことはほぼ雑草退治に絞られる。井垣さんによると「雑草取りは大変で、いったん遅れてしまうと手がつけられなくなる」。

種取り用に育てたダイコン

農薬を使わないので雑草はどうしても生える。それを刈る負担を軽くするために必要なのは、雑草に負けないように元気に育てることだ。ポイントは二つある。一つは適期に種をまくこと。もう一つが種取りの技術だ。
種取りは、たんに味をよくするためにやっているわけではない。もっと重要なのは、自然農法になじむ株をより抜くことだ。井垣さんは「農薬も肥料もやらないという環境でもよく育ったものから種をとる。だからその子供も、うまく育ってくれるのではないかと思ってやってます」と話す。
連作をしているのはこのためだ。個々の畑になじむようにするために種取りをしている以上、植える作物を毎年変える輪作は、井垣さんが目指すものと矛盾してしまうのだ。そして作物は実際、元気に育っている。

ドーム状に咲いたニンジンの花

今回の取材は、野菜とは何かを考えるきっかけにもなった。おいしそうな野菜を見ると、「見事に育った」などの言葉が浮かぶ。だが井垣さんは「植物にとっては未熟な状態。人はそれをとって食べているんです」と話す。
種取り用に育てた作物を見たとき、この言葉の意味を実感した。ダイコンは地面に直立した茎から放射状にたくさんの枝が伸び、そこに数え切れない小さな実がついていた。実を割ると、褐色の小さい種が出てきた。ニンジンは人の背丈ほど茎が伸び、その頂点にドーム状の白い花を咲かせていた。
パクチーが腰の高さまで育ち、枝葉を茂らせる姿も初めて見た。その茂みを、白く小さな花が飾っている。パセリの花は黄緑色。ネギの先に実る「ネギ坊主」は野球ボールくらいの大きさになり、種取りが間近に迫っていた。
「種取りをすることで、作物の誕生から終わりまで見届けることができる。その中で、自然本来の姿の美しさ、すてきさを実感しています」。井垣さんはそう話す。その一端を今回垣間見ることができたように思う。

パセリの花

品種本来の良さを守る種取り

ふつうの栽培と異なる井垣さんのやり方について「それで経営が成り立つのか」と思う人がいるかもしれない。その疑問に答えるには、次の事実を伝えればすむだろう。夫婦で農作業し、2人の子どもを育て続けてすでに12年になる。それを支えるのが、井垣さんの野菜に魅力を感じる顧客たちだ。
ここで改めて井垣さんが追求する栽培方法について考えてみたいと思う。種取りを続けることで、品種を改良することを目指しているのか。この質問に対し、井垣さんは「違います」と答えた。種取りは品種が本来持つ良さを引き出すのが目的。例えばトマトの違う品種をかけ合わせて、味や収量が違う別のトマトにしようと思っているわけではない。
農薬も肥料もやらず、品種の個性を尊重する。共通しているのは、人為的なものを取り除くことではないのか。そうたずねてみると、井垣さんは次のように話した。「自然をコントロールしようとは思っていません。人間にできることは微々たるもの。過酷な環境でも作物は耐えて育って恵みを与えてくれる。作物のことを尊敬しています」。これに加えるべき解釈の言葉はない。
最後に種苗法の改正について。改正案は作物に関する知的財産を守るため、自家増殖を制限する内容になっている。だが、対象になるのは種苗メーカーや研究機関が開発し、農林水産省に登録した品種だけ。井垣さんが栽培しているような昔からある品種は対象外で、種取りが制限されることはない。

自然をコントロールしない農業を追求している

関連記事
有機農法を続けて得た熟練の境地「稲に見られている」
有機農法を続けて得た熟練の境地「稲に見られている」
作物の声を聞け――。先輩農家から、そんなふうに言われたことはないだろうか。ふつうに解釈すれば、作物がうまく育っているかどうかを、鋭敏に察知できるよう「よく観察しろ」という意味だ。地道な作業がその感性を磨く。だが茨城県稲敷…

シェアする

  • twitter
  • facebook
  • LINE

関連記事

タイアップ企画

カテゴリー一覧