コロナで真価を発揮、高級ブランド米のファン獲得作戦

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コロナで真価を発揮、高級ブランド米のファン獲得作戦

連載企画:農業経営のヒント

コロナで真価を発揮、高級ブランド米のファン獲得作戦
最終更新日:2020年08月13日

新型コロナウイルスによる混乱は、生産者がそれぞれどれだけ安定した売り先を確保できているのかを知るための試金石になった。堅調なのはスーパーなどで売られ、家庭でふつうに食べる食材を作っている農家。では高級路線の生産者にはどんな影響が出たのか。ブランド米の生産や販売を手がける越後ファーム(新潟県・阿賀町)の近正宏光(こんしょう・ひろみつ)さんに取材した。

2つの店舗が2カ月間休業の痛手、乗り越えられた理由とは

越後ファームは、都内でサラリーマンをしていた近正さんが2006年に立ち上げた。稲作を始めるため、コメどころの新潟で農地を探して確保できたのは、山あいの阿賀町にある小さな田んぼだった。効率的にコメを作ることはできないと悟った近正さんは、高級路線に徹することを決めた。
そのために追求したのが、品質で特徴を出すことだ。農薬や化学肥料の量を標準の半分以下に減らす特別栽培米や、農薬も肥料も使わない自然栽培米で一般のコメと差を出した。保管に際しては、雪の冷気で貯蔵する手法を取り入れ、コメの乾燥を防ぎながら鮮度を長期間保つことに成功した。
こうした努力の積み重ねの成果で実現したのが、異例の好立地への出店だ。2013年に日本橋三越本店に店を出し、2018年には伊勢丹新宿店と西武池袋本店にも出店した。高級志向の消費者のニーズを知ることができる場所に売り場を構えたことは、品質のさらなる向上を促す好循環を生んだ。

コメのブランド化を追求してきた近正宏光さん

この売り場をコロナによる混乱が直撃した。政府による緊急事態宣言を受け、日本橋三越本店と伊勢丹新宿店が4月8日から休業したのだ。両店で働いている6人のスタッフには「給料は全額出す」と約束し、全員自宅待機にした。営業を続けている西武池袋本店の仕事を手伝ってもらう手もあったが、スタッフの感染リスクのことを考え、出勤を求めることは見合わせた。
近正さんは当初、「休業はせいぜい1カ月程度だろう」と思っていたという。だが1カ月たっても営業が再開されることはなく、ようやく店が開いたのは5月末。休業期間は想定の2倍近く続いた。
いつ店が開くかわからない日々の中で、近正さんは焦るのをやめ、「仕方がない」と覚悟を決めた。そして休業中の店のスタッフには「新米がとれる秋のことを考えてほしい」と求めた。農家と一緒に店でイベントを開くなど、新米商戦をいかに盛り上げるかをメールで議論してもらったのだ。
もちろん、旗艦店である日本橋三越本店など2カ所の店がほぼ2カ月にわたって販売がストップしたことは、経営にとっては大きな打撃になる。では両店ともすでに営業を再開した今、近正さんはコロナによる混乱のことをどう受け止めているのか。そう質問すると、こんな答えが返ってきた。
「すごい手応えを感じています。うちのお米じゃないとダメと言ってくれるお客さんが大勢いることを確認できました。そのことに感謝しています」

日本橋三越本店にある越後ファームのコーナー

固定客を増やす参考にしたのは、アパレルの販売手法

最初に手応えを感じたのは、休業前の3月半ばごろだ。客足が急激に増え始め、3店舗を合わせた3月の売上高は前年同月比で5割以上増えた。
外食を控え、家庭で食事をする機会が増えたためだ。固定客の中には店に電話をして、「いつものお米をまとめて20キロ送って」と注文する人もいた。「巣ごもり消費」の恩恵だ。いつもはスーパーでコメを買っている人が、品切れになったので百貨店に買いに来たことも、売り上げを底上げした。
営業が再開されると、「やっぱり越後ファームのお米が食べたい」と言って買いに来てくれる人がたくさんいた。主力のコシヒカリは7月に入ると売り切れたため、日本橋三越本店のカウンターに「令和1年産は完売となります。2年産の新米は10月頃を予定致しております」と書いたカードを貼った。

主力商品のコシヒカリの完売を告げるカード

販売が上向いている背景には、越後ファームが時間をかけて増やしてきた固定客の存在がある。近正さんによると、「名前と住所を記載してある台帳の人数は日本橋三越本店で1000人以上、他の2店舗もそれぞれ数百人いる」という。この分厚い顧客層が売り上げを支えてくれている。
固定客を増やすうえで参考になったのが、アパレルの販売手法だ。食品売り場を見回すと、各店とも「いらっしゃいませ」と客に声をかけながら、販売に努めている。だがアパレルの階に行くと、店員はもっと積極的。商品の特徴を説明し、どの服を着たら似合うかなどを丁寧にアドバイスする。近正さんがそれを見て感じたのは「必ず売る」という意気込みだ。
そこで、ご飯を客に試食してもらう際に一工夫することにした。どんな炊飯器で炊いたのかを見せるようスタッフに指示したのだ。店で使うのは値段が1~2万円のIHジャーだ。高価な炊飯器で炊いていないことをあえて示すのは、おいしさの理由がコメそのものにあると訴えるためだ。客が興味を示すと、コメの品種の特徴や栽培方法などについて説明を始める。

電話注文を受けるために作ったステッカー

ここで重要なのは、住所や連絡先を教えてもらうことだ。日本橋三越本店の場合、客の中心がシニアの女性で、自宅までコメを送ってほしいと望む人が多い点が、住所を聞くうえで有利に働いた。台帳の人数が増えると、次は「こんなお米を入荷しました」などと販促の電話をかけるよう指示した。ダイレクトメールも送付させた。こうして固定客層が形作られていった。
今回の休業を経て、売り上げを増やすための新たな作戦も始めた。店舗や担当者の電話番号を書いたステッカーを作ったのだ。ステッカーには磁石が付いており、冷蔵庫などに貼ることができる。コロナの収束が見通せない中、都心部に行くのをためらう固定客にとっては便利なツールだろう。

百貨店だけではない市場で独自の工夫

ここまで百貨店を中心に越後ファームの販売戦略をみてきたが、同社がターゲットにしている市場はほかにもある。ギフト用の需要だ。その柱として手がけているのが、出産でお祝いの品をくれた人への「内祝い」として贈るコメの企画。ラベルに子供の名前や誕生日、体重などを印刷する商品を作り、ホームページやマタニティー関連の雑誌などで宣伝している。
百貨店と同様、ギフト市場を狙ったのは価格競争に巻き込まれないようにするためだ。ギフト用がコロナのもとでも伸びていることに加え、店舗の販売も回復基調にあり、全体の売り上げは前年を上回ることができると見込んでいる。2カ月間店が閉まっていたことを思えば、健闘と言えるだろう。
高級な農産物のうち、コロナの影響がとくに著しかったのが、インバウンド(訪日外国人)の需要で伸びてきた品目だ。和牛はその典型だろう。これに対し、越後ファームは国内の富裕層を対象に地道にファンを増やしてきたことで、影響を一定の範囲内に収めることができた。アパレルなど異業種も参考にしてブランド戦略を徹底してきたことが、そのための決め手になった。

内祝い用の商品のイメージ(写真提供:越後ファーム)

最後に、生産面で最近起きたことに触れておこう。いったん中止していた越後ファーム最高値のコメの栽培を、再開できるメドが立ったのだ。
越後ファームがとくに力を入れてきたのが、農薬と化学肥料のどちらも使わずに作る自然栽培米だ。値段は1キロ当たりで5000円と一般のコメをかなり上回る水準に設定し、同社の看板商品として販売してきた。
天然の湧き水を常に田んぼに入れることができるなどの条件を満たした1枚の田んぼに限定し、この栽培方法で作ってきた。だが田んぼに水を引き込むためのパイプが修復できないほど壊れ、2019年は自然栽培米を作ることを断念した。こうして1キロ5000円のコメは店頭から消えた。
それに代わる田んぼを、同じ新潟県・阿賀町で見つけることができた。近くに湧き水があり、近正さんによると「かなり秘境感のある山の中の田んぼ」という。すでに田植えを無事に終え、順調に生育が進んでいる。
ただし、この田んぼでできたコメを売る際、当面は自然栽培米という名前は使わないことにした。田んぼの土の中に、他の農家がかつて使った肥料が残っている可能性があるからだ。自然栽培米の価値を「純粋であること」としている近正さんにとって当然の配慮であり、値段も抑える方針だ。地道なファン獲得の努力がコロナ禍のもとで売り上げを回復させることにつながったように、最高値のコメの復活にも急がずじっくりと取り組む。

新たに見つけた自然栽培用の田んぼ(写真提供:越後ファーム)


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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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