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自治体の地産地消政策、最大の弱点。方法論なくして成果なし。【#7】

自治体の地産地消政策、最大の弱点。方法論なくして成果なし。【#7】

地産地消には取り組んでいるけれど、広がらないし、なんだかしんどい……そういった街も多いのでは? そんな令和時代の地産地消事業を掘り下げる連載。
地産地消の重要プレイヤーである自治体には、立派な計画はあっても、何か欠けていることがあるのではないだろうか。

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自治体は計画づくりの名手、だけど。

大半の自治体は、「農業振興のための計画やまちづくりにおける農業の位置づけ」について言及した計画を持っているものです。また、筆者が活動しているような都市型農業の地域においては、地産地消は注目度の高い政策のひとつであり、地産地消に特化した計画を持っていることも少なくありません。

筆者自身も、複数の自治体でそうした計画を策定する会議に参加させてもらったことがあります。議論は大いに盛り上がり、多くのアイデアが飛び交い、きっと素晴らしい街になることだろうと夢は広がっていきます。
しかし、最後にいつも残念に思うことがあります。計画に、財政や人繰りといったリソース(資源)の裏付けが書いていないことが多いのです。
行政の実際上の問題としては、議会の了解を得るなどの必要があるため、計画に具体的なことを書くのはなかなか難しい面もあると思います。

しかし、です。
これが民間企業の戦略であれば、ビジョンだけでは株主や社員は納得しません。
なぜなら、「○○という事業を推進する」ということであれば、では資金調達はどうするのか、新しい部署を作るのか、作るとしたらそこには何人を配置するのか、そうした具体的なリソースの配分計画がなければ、絵に描いた餅に終わってしまうからです。
自治体が地産地消を本気で推進したいということであれば、やりたいことだけではなく、どのようにリソースを配分するのかも考えられていないといけません。
また、その事業がしっかりと進んでいるのかどうかをチェックする機能(民間企業における取締役会や株主総会といった機能)も必要でしょう。

多くの自治体に素晴らしい計画があります。けれども、そこにリソースの裏付けがありません。またそのチェック機能もありません。自治体の議会(用語メモ1)で取り上げられることもあるでしょうが、議会の限られた時間のなかでは、具体的な内容まではなかなか踏み込めません。
その結果、計画は絵に描いた餅となり、少々の補助金をどこからか持ってきて、お茶を濁して活動は終わります。この連載のタイトルは「なんとなく地産地消からの卒業」というのですが、「なんとなく地産地消」に終始してしまっている自治体は多いのではないでしょうか。

用語メモ1:自治体の議会

地産地消を推進する場合、議会で反対意見が出ることは少ないが、逆に何もしていないと議会から指摘されがちである。したがって、何かしらの政策を実施する必要はあるのだが、割り当てられる職員が少ない場合も多い(つまり、首長からすると優先順位が低い)。その結果、目に見えやすいアリバイ型政策や中途半端な政策で終わってしまうことになる。

以下の記事も参考にしてください。
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水田保全を強力に推進

これから紹介する事例は、横浜市における緑や農に関する政策です。あらかじめ補足しておきますと、横浜市は言うまでもなく日本最大規模の財源を持つ自治体です。ですから、すべてまねをしようという提案をするわけではありません。持ちうるリソースを考えれば、小規模な自治体が総花的な計画を持つことは避けるべきです。

横浜市では樹林地や農地の保全や地産地消活動に、「横浜みどり税」という特別な税金が使われています。ここで注目してほしいのは、財源に支えられた活動の多彩さではなく、具体的な財源の確保とチェック機能という手法面です。

横浜みどり税とは

  • 地方税における「超過課税」という仕組みを利用。横浜市では、個人市民税に年間900円、法人市民税には年間均等割り額の9%相当額の上乗せ。
  • 使途は「横浜みどりアップ計画[2019-2023]」(5カ年事業費502億円)の一部としている。
  • 主な政策の柱は3本立てで、「森を育む」(例:樹林地の市による買い取り)、「農を感じる場をつくる」(例:農体験教室や青空市の実施)、「実感できる緑や花をつくる」(例:子どもを育む空間での緑の創出)となっている。
  • 個人に対して超過課税を賦課している市町村は横浜市と兵庫県豊岡市、つい最近、神戸市が採用したのみ。

このなかで農関連の事業として着目すべきもののひとつに、水田保全の取り組みがあります。
横浜市という大都市のなかに、良好な農景観を残すために、10年間水田を維持することを前提として、1平方メートルあたり30円/年の奨励金を土地所有者に支給しています。
この事業を担当する横浜市環境創造局農政推進課課長補佐の澤田悦子(さわだ・えつこ)さんは、「水田が都市にとって大事だということはかなり理解されてきていると思います。一方で、毎年、実際に稲を作付けしているかをひとつひとつ確認するのは骨の折れる作業です。ぜんぶで農家600人、土地1600筆になりますから」と語ります。
川沿いの平地だけでなく、丘陵地が多い土地柄のため、小さな谷戸のなかにある水田も対象に含まれます。横浜市で保全している水田の面積は2019年度時点で113.5ヘクタールとなっています。

水田保全面積グラフ

横浜市の水稲作付面積と水田保全面積の推移(画像提供:横浜市環境創造局)

水田

青葉区奈良町の保全対象の田んぼ

また、横浜市では、多様な形態の農園を作りだすことにも力を入れています。
収穫体験農園のほか、児童などを対象に農家が指導をする「環境学習農園」、より本格的な農業体験ができる「栽培収穫体験ファーム」などの開設もサポートしています。こうした農園の総面積は80ヘクタールにもなります。

横浜みどり税の隠された効果

さて、当然のことですが、横浜みどり税は市民にとって負担増となるわけですから、施行当時(2009年)にはさまざまな議論がありました。
しかし、逆説的ですが、そうした議論があったからこそ、関係者に大きな責任感が生じ、具体的で効果的な活動が行われてきたのです。平和裏に計画が作られる自治体とは好対照ではないでしょうか。
そのような手法上のメリットを4つに分類して簡単に紹介します。

1. 計画の明確な財源となる

横浜市の緑や農地についての具体的な取り組みが書かれた「横浜みどりアップ計画」は、横浜みどり税のおかげで財源(一部)が明確です。

2. 計画にチェック機能が働く

横浜みどりアップ計画の進捗(しんちょく)は、以下の3つの目によってチェックされています。
・当事者である行政職員
・市民推進会議(公募市民や学識経験者などからなる組織)
・市議会
なお、市民推進会議では計画の進捗をチェック・評価するだけでなく、新しいアイデアを提案したり、「みどりアップAction」と題する市民目線で作成した広報誌を発行するなど、能動的・積極的な機能も有しているとのことです。

3. 計画が長期的視野になる

市政の都合によって、特定分野の予算が増えたり減ったりすることは珍しくありません。また、国や都道府県の補助金は、実施期間が短く設定されていることが多いです。
その点、ある程度の財源が確保されているという前提で作られる横浜みどりアップ計画は、より長期的な視野から作成することができます。

4. 行政内での連携ができる

横浜みどり税の副次的効果として、行政内の農政部門と税務部門との連携(用語メモ2)がおのずと強化されるということがあります。一例として横浜市には、住宅に隣接した農機具小屋などについて固定資産税・都市計画税を減免する制度がありますが、それも農政部門と税務部門の連携があってこそ実現したものです。

用語メモ2:(行政内の)連携

縦割りはつねに地産地消推進の際のネックとなる。計画策定から関係部門も一緒に議論に参加してもらい、具体的にその協力を盛り込みたい。地産地消に関係する部門には、上記のような税務部門のほかに、産業振興、都市計画、教育委員会などがある。首長の積極的関与が必要なことは言うまでもない。

打ち合わせ

このように、横浜市は独自の税金である横浜みどり税を導入することで、計画を推進するリソースを確保しているだけではなく、それをきちんと推進していく体制やチェック機能を持つという状況を作り出しています。
もちろん、超過課税という仕組みはおいそれと実施できるものではありませんが、ここで留意したいことは、「何をするか」を計画するだけではダメだということです。どんなに立派な計画であっても、「何をするか」と同じくらい、「どのように着実に実行するか」も考えられていなければ、画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くというものです。
計画を作る際には、それを効果あるものにするためのリソースや手法も真剣に議論しておくべきなのです。

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