若手農家のチームが被災地を支援、募金で集めた100万円

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若手農家のチームが被災地を支援、募金で集めた100万円

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若手農家のチームが被災地を支援、募金で集めた100万円
最終更新日:2020年10月01日

自然災害に備えることが、農業経営にとってますます重要になってきた。大型台風などが毎年のように襲い、深刻な被害をおよぼしているからだ。そうした中、被災地に必要な物資を送るため、募金を集めて積み立てておく仕組みを千葉県の農協に所属する若手農家のチームが作った。その狙いについて、発起人の稲垣健太郎(いながき・けんたろう)さんに聞いた。

「飲み水がない」SOSに応えた他地域の協力

積立金の名称は「災害支援対策準備金」。千葉県農協青年部協議会が2020年4月に作った制度で、募金を出した人を含めて関係するメンバーのことを「Bondsネットワーク」と呼んでいる。bondsは英語で「絆」の意味だ。
青年部は各農協に加入している40代までの農家の集まりで、協議会はその上部団体。4月まで委員長を務めていた稲垣さんが発案し、実現した。稲垣さんはすでに委員長を退き、現在は協議会の参与の立場にある。
稲垣さんは以前から構想をあたためていたが、ある災害をきっかけに実現を急ぐべきだと判断した。2019年9月9日に千葉県を直撃した台風15号だ。
記録的な強風を伴うこの台風により、千葉県各地で栽培ハウスの倒壊や作物の倒伏、倉庫の損壊など甚大な被害が発生。千葉県が2020年3月にまとめた最終報告によると、農林水産業を合わせた被害総額は665億円に達した。

画像1)台風15号で壊れた栽培ハウス

台風15号で壊れた栽培ハウス

台風の直後、稲垣さんは県内各地の青年部と連絡をとろうとした。だが被害が深刻な地域は停電でスマートフォンを充電できなかったり、携帯電話の基地局が機能しなくなったりして、状況をつかむことが難しかった。真っ先に連絡がとれたのは、千葉市の東側にある八街市の青年部員。相手が訴えたのは「飲み水がない」ということだった。断水の影響だ。
苦境を知った稲垣さんは、関東甲信越地域の農協青年部協議会の委員長に「水を手配できませんか」とLINEで伝えた。対応は迅速だった。群馬と神奈川の委員長がホームセンターでペットボトルの水を買い、トラックで現地へ届けてくれた。その後、他の各県も飲料やブルーシートを送ってくれた。
農協の青年部の活動なので、本来なら農家に支援物資を届けるのが筋かもしれない。だがこのときは対象を農家に限定せず、青年部のメンバーが被災地の各家庭を回って水を提供した。稲垣さんは「農家のためとか、そんな小さなことを言っていられる状況ではなかった」と振り返る。

画像2)他県から届けられたペットボトルの水

他県から届けられたペットボトルの水

一口で500円の募金を集める工夫とは

台風15号の経験を通し、稲垣さんは「いざというときにすぐ支援物資を買える資金が必要だ」との思いを強めた。災害の種類は地震や台風、豪雪などさまざまで、何が必要になるかを予想するのは難しい。だが、お金を積み立てておけば柔軟に対応できる。そこで作ったのが、「災害支援対策準備金」だ。
準備金は千葉県の内外で災害が発生したとき、ボランティアを派遣したり、支援物資を購入したりする費用にあてる。想定している支援物資は水やブルーシート、水を農地からくみ出すためのポンプなど。何が必要かがすぐに分からないときは、使い道は相手に任せて資金をそのまま送る。
募金は一口500円。協力してくれた人には、ノベルティーグッズとして「千葉県農協青年部協議会~Bondsネットワーク~」と記したボールペンを渡す。返礼品なしに単に募金に協力してくれるようお願いする形だと、一口で500円というまとまった金額を出してもらうのは難しいと考えた。

画像3)500円の募金を呼びかけるチラシ

500円の募金を呼びかけるチラシ

協議会が決めた準備金の目標は300万円。2019年9月の台風15号や10月の19号などで被災した農家を中心に募金に応じてくれたことで、とりあえず100万円が集まった。
その資金を活用するタイミングが早くも来た。2020年7月に熊本県を中心に九州各地を襲った豪雨だ。農協青年部の全国組織の要請を受け、被害の復旧費用にあてるために10万円を送ることを決定した。
300万円という目標額を、少ないと感じる人もいるかもしれない。だが大きな災害が起きたとき、1次産業を復旧するための支援制度は国や自治体に手厚くある。稲垣さんたちが目的にしているのは、公的な支援が本格的に動き出す前の緊急対応だ。だから資金使途にはボランティアの派遣も含む。
千葉県で農協青年部による準備金制度ができたことをきっかけに、ほかの地域でも同様の仕組みを作ろうという機運も出てきた。稲垣さんのもとには、ある県の青年部協議会から「同じようなものを作りたい」という相談が来ているという。そうした動きが全国に広がれば、災害が起きたときに農業者がお互いに助け合うためのセーフティーネットが厚みを増す。

画像4)募金のノベルティーグッズのボールペン

募金のノベルティーグッズのボールペン

農協で農産物を売らない青年部代表

最後に稲垣さんの歩みに触れておこう。現在、42歳。畑があるのは、千葉県八千代市。ナスやキュウリ、トウモロコシなどさまざまな作物を育て、家に設けた直売所で売っている。農協の組合員だが、販売は農協に頼っていない。肥料も農協とホームセンターを見比べ、有利なほうを買っている。
もともと運送会社に勤めていた。同業に転職する際は、幹部級の待遇で受けいれられるなど仕事は順調だった。就農のきっかけは、農業をやっている妻の祖母の勘違い。作業を手伝ったところ、本気でやる気になったと喜ばれた。その姿を見て、期待に応えるために就農した。9年ほど前のことだ。
就農を機に消防団に入った。メンバーには農家が多く、勧められて地元の農協の青年部に入った。その延長で千葉県農協青年部協議会の副委員長になり、2018年には委員長になった。稲垣さんによると「サラリーマンをやっていたときの感覚からすれば、協議会の活動は無駄ばかりだった」という。

画像5)災害支援の準備金を作った稲垣健太郎さん

災害支援の準備金を作った稲垣健太郎さん

委員長になると、懇親会的な行事を縮小するとともに、組合員にとって必要な活動とは何かについて議論を重ねていった。その結果、農業法人の団体など農協以外の農業グループとの連携を模索するとともに、災害に備えるために募金を集めることを提案した。それが災害支援対策準備金だ。
取材を始めたとき、農協を通して農産物を売っていない稲垣さんがなぜ委員長になったのかと不思議に思った。だがインタビューを通して感じたのは、たとえ農協との関わりがそれほど深くなくても、明確なビジョンとリーダーシップがあれば、若手農家の代表に選ばれることがあるという点だ。
このあたりの事情は、地域によって差があるだろう。だが重要なのは、地域の農業振興にいかに貢献するかだ。稲垣さんたちの取り組みを聞きながら、農家がお互いに連携し、新しいことに挑戦することの意義を感じた。

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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