害虫と暮らす
雨がまったく降らない今年の8月下旬。明日は待ちに待った雨が降るというので、辺りが真っ暗になるまで作業をしてブロッコリーの苗を植え付けた。それが翌日の朝になると、地際あたりから切られている。やられた、ネキリムシだ。憎い。
ネキリムシは、日中は土の中で眠っており、夜になるとはい出して、若苗を一刀両断していく夜行性の虫。ネキリムシにやられて爪楊枝(つまようじ)のようになったブロッコリーは生き残ったとしても2本仕立てになり、小さなものしかとれなくなる。仕方なく植え直しをする……。
その晩は腹が立ち、執念で深夜2時に畑を見回るも、ネキリムシは発見できなかった。
こうなると、夜行性のネキリムシがどんな生活をしているのか気になってきた。夜行性といえば、ヨトウムシ(夜盗虫)もそうだ。ネキリムシとヨトウムシを捕まえて虫かごに入れ、「害虫」と暮らす日々が始まった。
ネキリムシ、ヨトウムシってどんな虫?
まずは、ネキリムシとヨトウムシについて、簡単なプロフィールを。
柔らかい芽や茎が好物。一撃必殺の暗殺者 ネキリムシ
一般的にはネキリムシと呼ばれるが、じつはカブラヤガとタマナヤガなど、同じような食害の性質を持つガの幼虫の総称。
管理機などで畑を耕していると、ぼろんと出てくるのを見たことがないだろうか。
普段は土中の浅いところに潜んでいるが、夜になると畑にはい出てくる。まだ植えたての苗や、発芽したてのものなど、柔らかい茎を顎(あご)でぶった切り、しなびた葉っぱを食べるのが好き、というとても迷惑なやつ。
顎の力が弱いのか、苗が成長して茎が太くなり硬くなったものは食べられないが、雑食性で、野菜であろうが、雑草であろうが、なんでも食べる。
雑草の方が好きという説もある。耕作放棄地を復帰させたような畑に多く、普段は雑草を食べているが、草刈りや耕運をすることで雑草がなくなると、植えつけた幼苗を食べ始める、ということのようだ。
キャベツやブロッコリー……なんでも食べる大食漢 ヨトウムシ
ヨトウガの幼虫。夜盗虫と書くとおり、夜に活発に活動する。昼間、緑色の若い幼虫は葉裏に群れて隠れていることが多く、年を経て大きくなった茶色い幼虫は土の中に潜る。
若齢幼虫は葉っぱの葉脈を残して食べるので、葉っぱが網目状になる。
キャベツやブロッコリーなどでよく見かけるが、ナス、サトイモ、キク、雑草など、なんでも食べる。
このように、どちらも夜行性で土に潜る性質があるために防除するのが難しい。さらに、なんでも食べる雑食。じつに、めんどくさい害虫なのだ。
一方で、どちらも手で触ると、体をくるんと丸めて動かなくなる。アゲハチョウのように臭いツノ(臭角)を出して驚かすこともなく、他のガのようにかゆくなる毒針毛があるわけでもなく、ただ死んだふりをするのみ。闇夜に紛れなきゃいけないくらい、弱い虫なのかもしれない。
初日から愛が芽生え始める
虫かごには、底には少し湿らせた土を入れ、上のほうはホクホクの乾いた土にした。そこに雑草や、野菜苗を植えた。
いざ、害虫を飼うとなると、なかなかに気を使う。スーパーで安く買ったキャベツなんかを放り込みたくなるが、万が一、わずかに農薬が残っていては死んでしまうかもしれないので、自分でつくった「安心安全」な無農薬野菜を与えた。
翌日には「ちゃんと、食べてくれた!」と、害虫が野菜を食う姿に喜んでいる自分にハッとした。
それぞれの虫の夜の姿から闘い方を考察していこう。
ネキリムシとの闘い方
一般的な闘い方はこうだ。モンシロチョウの幼虫などのように、上からかける系の農薬を昼間にまいても意味がない。農薬を使うなら、米ヌカが大好きなので、米ヌカに農薬を加えたベイト剤を地面にまいて、ホウ酸団子のように誘因する方法と、土に混ぜ込むタイプの農薬で対処する方法がある。
農薬を使わないなら、午前中、土中の浅いところにいるうちに掘り返し、補殺するのが普通だ。
被害にあった株元にある「あやしい穴」に注目する
ネキリムシが土に潜る様子は、思ったよりも鈍臭かった。
頭を突っ込み、全身を脈動させながら体をねじこんでいく。夜になって、土の水分が多いからか、すごく苦労している。潜り始めてから尻が見えなくなるまで、なんと約20分もかかっていた。
自分で掘った穴を隠すことはしないらしい。潜ったところには、体の太さ(約1センチ)の穴があいているのですぐわかる。穴は、その晩に食べた苗の株元にある。これを目安に掘り、見つけて潰せばいいようだ。
ネキリムシが相当数いる可能性
飼っている限り、1匹のネキリムシが1日に食べるのは、葉っぱ4枚ほどの苗を1〜2本。体がそこそこ大きいのに、これだけで足りるのだろうか。一夜にしてネキリムシにたくさんの苗を食べられる場合は、相当な数がいるのかもしれない。
茎が爪楊枝くらいの太さの苗が好みのようで、そういうものを優先して食べていた。
夜に活動するところをどうしても見たくて、2時間ごとに観察してみたが、いつのまにか苗が切られて、葉っぱが引きずり込まれている。
地上に出ている時間はかなり短いのかもしれない。
噂で聞く「株元に卵の殻」は効くのか?
よく言われるネキリムシ対策が、「株元に砕いた卵の殻」をまいておく、ということ。体がチクチクするから寄ってこなくなるという。
同じ日にまいたナバナの苗で比較してみたが、確かに、殻があるほうには来なかった。位置を変えても、やはり殻をまいたほうには来ない。どういう理由かはわからないが。
ヨトウムシとの闘い方
ふんを見つけて、確実に潰す
ヨトウムシの若齢幼虫は薄い緑色をしており、体が大きくなるにつれて茶色くなる。
若い幼虫は群れて暮らすが、茶色くなった幼虫は、それぞれに縄張りがあるかのように、距離を保っていた。虫かごに入るくらい小さな苗なら、せいぜい1本につき、1匹。その1匹を確実に潰せばその株を守ることができる。
ちなみに、ヨトウムシは食べるそばからふんをしていくので、その付近の葉っぱをめくればすぐ発見できる。老齢幼虫は特に大きなふんをするのでよくわかる。
土の中には案外潜らない?
夜盗虫というくらいだから、夜以外は完全に身を隠しているかと思いきや、そうでもなかった。特に、若齢幼虫は昼間に葉裏に隠れることすらしないものもいる。大きな幼虫も、あまり土には潜らず、葉裏でジッとしていることが多かった。
夜になると、葉っぱの表や裏に関係なく、葉っぱを食べ始める。捕まえるなら、夜のほうがラク、ということは言えるかもしれない。
突然の別れ……
7日目。苗も雑草もあらかた食い尽くす頃だろうから、そろそろ餌を交換しようと虫かごを見ると、ヨトウムシが1匹もいない。死んでしまったのだろうか。
土を掘り返すと、サナギがボロボロと出てきた。ネキリムシもいなくなっている。みんな大人になってしまったのだ……。
かくして、害虫と暮らした日々は突然の終わりを告げた。
これは想像だが、どちらも夜のうちに活動する意味は、きっとそんなに強い虫じゃないからだ。それでいて、ちょっと不器用だ。
ネキリムシは、案外潜るのも下手だし、隠れているところがバレバレ。ヨトウムシは、老齢幼虫ほど茶色くなるので、緑の葉っぱにいるとすごく目立つ。昼間は葉裏でジッとしているけど、葉裏を見れば一目瞭然。なぜ、わざわざ茶色くなっちゃうのか……。
憎くて、観察してやろうと飼い始めたネキリムシとヨトウムシだったが、一緒に過ごすうちに、決して美しくはないこの虫たちに、得体の知れない愛着がわいてきた。