アフリカで大きな被害
ツマジロクサヨトウは中南米原産で、温暖な地を好む蛾(が)です。2016年にアフリカへ侵入し、飼料用トウモロコシ中心に農作物へ甚大な被害を与えました。ナイジェリアやタンザニアといったアフリカの主要なトウモロコシ生産国12カ国での総損失額は、合計2700億~6900億円と推定されます。
その後急速に生息域を拡大し、2018年7月にインドで、2019年1月に中国南西部の雲南省で確認されました。同年6月には台湾、韓国にも侵入。同年7月、ついに日本国内で初めての発生が、鹿児島県南九州市内の飼料用トウモロコシ畑で確認されました。そして9月上旬までに四国、中国地方、三重県、関東地方で、10月には青森県で幼虫が確認されるなど、瞬く間に分散したとされます。
今年は全国の都道府県がフェロモントラップを使って調査をしたところ、東京都以外のすべての道府県で生息が確認されました。「圃場(ほじょう)での発生は、39県で確認されています」と、農林水産省消費・安全局植物防疫課防疫対策室(※)室長の古畑徹(ふるはた・とおる)さんはいいます。
※ 植物防疫法に基づき、病害虫の移入・移出を防ぐための検疫などを所轄する組織
ツマジロクサヨトウの特徴とは? 一晩で最長100キロ移動可
それでは、ツマジロクサヨトウの主な特徴を見ていきましょう。
広食性
「広食性」とは、えさとなる対象が多種にわたる生物に使います。
「ツマジロクサヨトウの幼虫はサトウキビやトウモロコシ、サツマイモやナス、トマトなど80種類以上の農作物を幅広く食べます。特に柔らかい葉を好むようですが、茎や花、果実や成長点も食害します。こんな顔をしていますが共食いもしますよ」(古畑さん)
発育限界温度は10.9℃
ツマジロクサヨトウの発育に必要な温度は10.9℃とされ、これを下回ると成長が止まり、自然と死にます。日本国内でも南西諸島などの温暖な地域では、越冬している可能性があります。
高い飛翔能力
産卵前の成虫は、季節風に乗って長距離を移動します。産卵場所を探して1世代で約500キロを飛び、一晩で最長100キロも移動することがあります。
2020年7月に日本国内で初めて見つかった成虫は、6月6日の夜間に中国の浙江省及び広東省を飛び立ち、東シナ海を越えて7日に九州本土や種子島の広い範囲に飛来したと推測されます。
世代更新のサイクルが短い
冬眠期間がなく、ふ化からわずか30日で成虫になります。生育環境の温度や食べる作物によりますが、通常幼虫の期間は14〜21日間で、脱皮を繰り返して6齢で蛹化(ようか)します。蛹(さなぎ)の状態は9〜13日間で、夜に羽化して成虫となり、12〜14日ほど生存するようです。
生涯で最大1000個の卵を産む
成虫になったメスは一度に平均150~200個、多いときには300個の卵を含んだ卵塊を、葉の裏などに産みつけます。メスは最大1000個を生涯で産卵するといわれます。
……では、30日後にはたった1匹から1000匹のツマジロクサヨトウが生まれることになるのでしょうか?
不安をあおるような産卵数ですが、古畑さんはこういいます。「そもそも生物として弱い種は、たくさんの卵を産みます。そうでないと生き残れないからです。全ての卵がかえって成虫になるわけではありません。もしそうだったら今頃、そこら中がツマジロクサヨトウだらけになっています」
また、SNSなどでは「日本にはツマジロクサヨトウの天敵がいないので増えやすいのでは」という声も上がっていましたが、在来のヨトウムシ類と同様に、鳥やカメムシ、ハチやクモなどが天敵とされます。
ツマジロクサヨトウの幼虫は、4~5齢程度(体長約2センチ以上)から、他のヨトウムシ類の幼虫と見分けが付きやすくなります。頭部に淡色の「逆Y字」があり、尾部には大きな黒斑があります。幼虫は、体長約4センチまで成長します。
ツマジロクサヨトウの見分け方【成虫編】
成虫のオスとメスはそれぞれ、下記のような特徴を持ちます。成虫で在来のヨトウガなどと見分けるのは、難しいとされます。
ツマジロクサヨトウの食害、ふんの特徴
ヨトウムシ類というと昼間は地中の浅い部分に潜っていて、夜間にはい出て活動するイメージですが、ツマジロクサヨトウは蛹期間を除き地上で活動します。幼虫は新葉の葉鞘(ようしょう)に隠れていることが多く、内部をのぞき込まないと見つけることができないため、食害痕や葉の上に残ったふんの塊を手掛かりにしましょう。葉の周縁部以外に不定形の穴をあけるなど、下図のような食害痕を残します。ふんは小さくて球形をしています。
ふんは下の写真のような球形のものです。
古畑さんは「ツマジロクサヨトウも他のヨトウムシ類も、同じように作物を食い荒らします。食害するヨトウムシ類を見つけ次第、駆除するのが望ましいです」といいます。農薬を使用しない生産者は(大変ですが)、ヨトウガの幼虫の駆除と同様に手で潰したり、ハウス内で栽培したりして、対策をとりましょう。
過度な心配は無用? 早期の正しい防除を
「外来種の新しい害虫」と聞くと不安な気持ちを抱く人も多いでしょう。しかし古畑さんは「昨年初めて国内で発生が確認されてから発生状況を調査していますが、海外での動向とは異なるようです」といいます。
「南米やアフリカ諸国における主食作物への被害が大きかったため、飛来前から『国際指名手配犯』のような形で日本でもマークしていました。国内発見当初は重大な害虫になり得ると警戒していましたが、農薬散布による防除技術が発展・浸透している日本で、海外と同様の大きな被害は発生しづらいとみられます」
日本でツマジロクサヨトウの食害が確認されている作物は、飼料用トウモロコシで、これはツマジロクサヨトウがトウモロコシを好むことと、従来から無農薬で栽培されることが多いことが原因と考えられています。ただし、「全国的に発生していますが、大きな被害により壊滅的な被害を受けている地域があるとの報告は受けていません」と古畑さんはいいます。また、稲への被害は現状発生していません。稲作においても「必要以上に心配することはなく、一般的な害虫に対する薬剤散布を適期に正しく行っていただければよいです」ということです。幼虫が若い葉を好むこと、また飼料用トウモロコシなどは草丈がかなり大きくなることなどから、早期の薬剤散布が好ましいです。また、「エサとなる葉を地表に残さないように、耕うん機を使ってしっかりと漉(す)き込みをすること」ことも大切だといいます。
「ただ、温暖化が進めば日本でも大発生する可能性はゼロではありません。『防除したいのに、できない』という状態にしてはならないですし、来年も海を越えて飛来する可能性が高いため、着地時点でしっかりと防除することが大切です」とのこと。
ツマジロクサヨトウの飛来を人間の力で止めることはできませんが、各生産者が見付け次第、正しい方法で地道に拡散を抑えることが唯一の道です。
ツマジロクサヨトウに使用できる農薬は、農林水産省のサイトでまとめられています。
ツマジロクサヨトウの薬剤防除に使用できる農薬一覧(PDF : 123KB)
上記のリストにある農薬は、ツマジロクサヨトウに対する登録が済んでいませんが、発生した圃場のある都道府県の指導のもとで使用することが許されています。通常は効果を確認する試験を行った後、農薬メーカーが登録を申請したのち、農林水産省等で必要な審査が行われるので、2019年に初めて確認されたツマジロクサヨトウはまもなく登録される見込みだといいます。
「アワノメイガやヨトウムシ類に効果がある薬剤は、ツマジロクサヨトウにも同様に効果が期待できる」ということですが、指導を仰ぎながら適切な散布を行いましょう。
ちなみにツマジロクサヨトウに触れても、またツマジロクサヨトウが付着した農作物をそのまま摂取したとしても、人体には無害とされています。現状、日本で「食糧の殺し屋」として暗躍する可能性は低いといえそうです。
古畑さんは、「農水省や都道府県のサイトで、病害虫発生予察情報を随時更新しています。適したタイミングに効率良く農薬散布するために、ぜひこちらから情報収集を行ってください」と呼び掛けます。
ツマジロクサヨトウ対策は、「油断せず、粛々と」が合言葉のようです。
【参考】
「ツマジロクサヨトウ」防除マニュアル本編(第1版)(PDF : 8,225KB)