キングダムを読んで練る戦略「地元で1000ヘクタール、さらに全国へ」

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キングダムを読んで練る戦略「地元で1000ヘクタール、さらに全国へ」

連載企画:農業経営のヒント

キングダムを読んで練る戦略「地元で1000ヘクタール、さらに全国へ」
最終更新日:2020年10月20日

埼玉県加須市で稲作を営む中森剛志(なかもり・つよし)さんは、就農からたった4年で栽培面積を100ヘクタールに拡大した。目的は大規模経営のノウハウを高めながら、たくさんの若者を農業の世界に呼び込み、農地を守ることにある。農業の未来をどう展望しているのか。中森さんに話を聞いた。

チームの平均年齢は20代! まるで若者の秘密基地

中森さんは東京農業大学を卒業した後、青果店の運営を経て、27歳のときに就農した。5年前のことだ。栽培面積は4年目に100ヘクタールに達し、現在はさらに増えて135ヘクタール。コメを中心に麦や大豆を作っている。

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職員を雇用して大規模に営農することを当初から目指しており、就農とともに農業法人の中森農産を立ち上げた。社員はいま10人で、平均年齢は20代半ば。日本の農家の平均が70歳近いのと比べ、格段に若いチームだ。
事務所は、古い木造の空き家を借りて開いた。玄関を入ってすぐ左にあるのが応接室。そこで取材をしながら奥の部屋をふと見ると、さまざまな機器が置いてあった。床にあったのはドローン。農薬散布用に購入したもので、いかにも先進経営の農業法人らしい機械だ。だがその横にあったのは、懸垂用のぶら下がり健康器とダンベル。天井からはサンドバッグがつり下げてあった。
懸垂をしたり、サンドバッグにキックしたりするのは仕事が終わった後。稲作はいくら機械化が進んでいるとはいえ、やはり体力仕事だ。それが終わった後に、もう一度体を動かしたいと思うものなのか。そう聞くと、「みんな若いので、トレーニングが好き」とのこと。それほど元気ということなのだろう。

サンドバッグ

天井からつるしたサンドバッグ

右側にある大広間は会議室だ。本棚を見ると、農業関係の本に混じって人気マンガが積んであった。秦の始皇帝による古代中国の統一物語を描いた「キングダム」だ。なぜキングダムなのか。この質問には、トレーニング器具よりも直球の答えが返ってきた。「いろんな戦略や戦術がいっぱい出てくる。それが面白いし、仕事や生活にも生かせると思うんです」
若者たちの秘密基地。それが筆者の抱いた感想だ。日々さまざまな議論をしながら、わくわくするような農業の未来像を描いているのだろう。
組織がまだ小さいので、スタッフを確保するために求人サイトで広く募集したりはしていない。すでにいるスタッフが自分の友人に声をかけたり、取引先の息子を紹介してもらったりする形で徐々に人数を増やしてきた。
その過程で、入社希望者の父親から「農業なんかをやらせるために大学に入れたんじゃない」と言われたことがある。中森さんはそのとき、「いまはお父さんが言うような産業かもしれませんが、僕がそれを変えます。ぜひ息子さんをうちに入れてください」と訴えたという。父親はその場では首を縦に振ってくれなかったが、その後、息子が中森農産に入ることを認めてくれた。
スタッフに求めているのは「ビジョンを共有できること」だ。ただし、入社時点で同じビジョンを抱いていることまで求めてはいない。一緒に仕事をする中で、同じ思いを抱くようになってくれればいいと思っている。

キングダム

本棚に積んだ「キングダム」。59巻は最新巻

想像以上に進む食料供給能力の危機

仕事が終わった後はなお余った体力をトレーニング器具で発散し、キングダムを読んで戦略のアイデアを競い合う。そんな若い活力に満ちたチームだが、地域の人たちにとっては、ときに「よそもの」に映る。
農作業の経験の浅いスタッフが多いので、借りている田んぼにヒエなどの雑草が生えてしまうことがある。トラクターの扱いに慣れていなくて、隣の田んぼのあぜを削ってしまうこともある。そのたび、スタッフは近隣の農家から叱責を受ける。
現場でいろいろ言われ、スタッフはすっかり落ち込んで事務所に戻ってくる。そんなスタッフに対し、中森さんは「いまは文句を言われるのは仕方ない。でもそれが嫌だからやめようと思わないでほしい」と話す。
もちろん、迷惑をかけてしまった相手には「申しわけありませんという気持ちを誠心誠意伝える」。だが、そうした細かいトラブルを気にしていては、目標に向かって先に進むことはできない。そうスタッフを説得する。
ここで中森さんが説くのが、未来のビジョンだ。「いま自分たちが大変な思いをして農業をやることで、将来きっと日本を危機から救うために貢献できるときがくる。そのことを考えたら、多少文句を言われても気にする必要はないじゃないか」。これは中森さんの就農動機にかかわる言葉だ。

収穫前の田んぼ

収穫前の田んぼ

中森さんは学生時代から、「食料を自国でまかなうことのできない国は危うい」と思っていた。もし食料の供給能力を失えば、国際外交の場で著しく不利な立場に追い込まれかねない。国の独立も脅かされるかもしれない。そういう危機感があるからこそ、青果店の運営をやめて就農した。
目標は「農地を維持して次の時代にしっかりつないでいくこと」。当初から大規模に稲作をやろうと決めていたのもそのためだ。だが、実際に就農してみて、危機が想像していた以上に進行していることがわかってきた。
高齢農家が引退していくだけでなく、規模拡大を進めていた人が途中であきらめ、逆に面積を減らし始めている。人を雇って大規模に経営する難しさを知り、家族だけでこなせる大きさに戻ろうとしているのだ。中森さんが急激に規模を拡大しているのは、そうした農地が集まってきているからだ。
「目の前のことしか見ていない人はコメ余りを心配していますが、このままだとコメを作る人がほとんどいなくなって、国内で必要としている量さえ10年以内に供給できなくなります」。中森さんはそう訴える。

壁に貼った経営理念とビジョン

壁に張った経営理念とビジョン

供給量が減れば米価が上がり、収益性が高まって稲作をやる人が増えるのではないか。筆者のこの問いに、中森さんは次のように答えた。「それは最高に理想的なストーリー。値段が上がった瞬間に若者がたくさん入ってきて、経験を積むのが先か。それとも食品業界の要請を受け、政府がコメの輸入枠を増やすのが先か。おそらく後者です。農家はそんなに簡単には育たないんです」
だから、田んぼに多少雑草が生えても気にしないようにしている。雑草が生えるのを完璧に防ぐことができるように手間をかけるより、一刻も早く面積を広げ、耕作放棄になるのを防ぐほうが先決だと考えているからだ。
田んぼを貸してくれている地主から雑草が生えていることをとがめられると、スタッフはつい落ち込むこともある。だが、中森さんは地主から同じことを言われると、「うちもいっぱいやっているので、仕方がないんです」と説明する。すると相手も「確かにそうだよな」と納得してくれるという。
この話をしながら、中森さんは「ふてぶてしいにもほどがありますよね」と笑った。その背景には、農地を守ろうという強い決意がある。

長期的な読みで事業を全国に拡大

面積は100ヘクタールを大きく上回り、売り上げも1億円を超えた。ここまでは中森さんが就農時に想定していた「最低ライン」。次に取り組もうとしているのが、コメの付加価値の向上だ。そのために2020年から有機栽培を始めた。面積は8ヘクタール。いきなり日本の農家の平均の2倍以上の広さで、農薬を使わない難しい栽培方法に挑戦する点がスケールの大きさを示す。
有機栽培は効率重視のこれまでの姿勢に反するようにも見えるが、そこには中森さんらしい長期的な読みがある。海外の多くの国は日本と比べて有機栽培が盛ん。そうしたコメが安い値段で日本に入ってくれば、いくら農業界が「国産が大切」と訴えても、消費者の支持を得られない恐れがある。
そうした事態に備えるには、今のうちから有機農業の技術を磨き、できるだけ効率的に栽培できる方法を模索するしかない。栽培に失敗するリスクはこれまでより高まるだろう。だがそれを許容できるのは、100ヘクタールで1億円という経営基盤を整えたからだ。そして面積は今後も増え続ける。
「これから事業を全国に広げたいと思っています」。中森さんはそう話す。ただしそれは、その地域が中森さんを必要としているかどうかにかかっている。もし担い手がいれば、そこにわざわざ入っていって競い合いたいとは思っていない。目的はあくまで農地を守ることにあるからだ。
では出発点となった加須市では、どのくらいまで増えると見ているのか。「1000ヘクタールぐらいまでニーズがあると思っています」。農業界に登場したこの新星がどこまで夢を実現するのか、注目したいと思う。

目標は日本の農地を守ること

目標は農地を守ること

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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