就農4年で100ヘクタールのコメ農家、驚異の拡大を支える戦略と情熱

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就農4年で100ヘクタールのコメ農家、驚異の拡大を支える戦略と情熱

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就農4年で100ヘクタールのコメ農家、驚異の拡大を支える戦略と情熱
最終更新日:2020年10月14日

高齢農家のリタイアが増えるのに伴い、地域で「担い手」と呼ばれる農家への農地の集約が進んでいる。いまや栽培面積が数十ヘクタールと聞いても、さほど驚きはないかもしれない。では就農して4年目で100ヘクタールに達したと聞いたら、どう思うだろう。それを実現し、なお拡大し続けている埼玉県加須市の稲作農家、中森剛志(なかもり・つよし)さんを紹介したい。

目標の期間内に1億円の売り上げ達成

中森さんは現在、32歳。加須市の稲作農家のもとで研修し、栽培技術を学んだ後、農業法人の「中森農産」を設立して2016年に就農した。
1年目の栽培面積は10ヘクタール。日本の平均が約3ヘクタールなのと比べてすでに十分に広いが、これは出発点に過ぎなかった。2年目は30ヘクタール、3年目は60ヘクタールで、4年目には100ヘクタールに達した。
売り上げはここで1億円に届いた。就農したときに最初の目標として「100ヘクタールで1億円」を掲げていたが、想定した期間内でそれを達成した。規模拡大はその後も止まらず、5年目の2020年は135ヘクタールになった。現時点で2021年はさらに15ヘクタール増えると見込んでいる。
主力のコメはいま92ヘクタール。残りの農地で、麦や大豆、サツマイモなど他の作物を作っている。コメ以外も栽培しているのは、リタイアした高齢農家などから「畑も預かってほしい」と頼まれることが少なくないからだ。それを断らないのは、「農地を維持して次世代に伝えていきたい」という思いで就農したことが背景にある。

収穫間近の中森農産の田んぼ

収穫間近の中森農産の田んぼ

これほど速いペースで規模拡大が進む例はほとんどないだろう。中森さんはいったいどんな経緯で農業を目指すようになったのか。
実家は東京都足立区。父親は貿易関係の会社を経営していた。将来の仕事として農業を意識するようになったのは、高校時代に一冊の本を読んだことがきっかけだ。タイトルは「わら一本の革命」。農薬も肥料も使わずに作物を育てる自然農法を説くこの本と出会ったことが、その後の進路を決めた。
もともと「自然と関わる仕事をしたい」という思いはあった。だが都会育ちで農業とは縁遠く、自分とは別世界のことだと考えていた。だがこの本を読んだことで、農業こそが世の中を変える仕事だと思うようになった。

農業を目指すきっかけになった「わら一本の革命」

農業を目指すきっかけになった「わら一本の革命」

高校を卒業すると、東京農業大学に進学した。テーマは「中山間地の活性化」。その一環で現地を回るうち、ミカンなどの規格外品が捨てられていることを知り、それを買い取って都内のマルシェで売り始めた。すると「うちのビルに店を開いてみたら」と勧める人が現れ、青果店をオープンした。
これが大学4年のとき。仲間と一緒にその運営会社も作った。大学を卒業した後はそのまま青果店の経営を続け、一時期は都内で10店舗まで増えた。知人から頼まれてイタリアンレストランまで運営するようになった。
会社の経営には資金面を含めてさまざまな苦労があった。だが中森さんを最も悩ませたのは「自分は何をしているんだ」との思いだった。青果店を開いたのは「農業に貢献したい」と考えたからだ。ワインの勉強などに追われる日々の中で、自分は目標に向かっているのかという疑問がわいた。
「一日も早く自分で農業をやりたい」。そんな思いを抑えきれなくなり、事業をやめることを決断した。青果店は閉めることにした。レストランは経営を引き継いでくれる人を半年間かけて見つけ、譲渡した。

27歳の決意と一番苦労したこととは

どんな作物を作るかは、ずっと前から心に決めていた。「食料の供給能力を維持するには、大規模に稲作をやるしかない」。こうして、加須市の稲作農家のもとで研修に入った。独立したのはその1年半後。27歳のときだった。
就農場所を探すうえで手がかりにした条件は二つある。一つは生産効率の低い中山間地ではなく、平地の水田が多い地域であること。コメを作りやすい平地の水田さえ維持できなければ、食料の供給能力を守れないと考えたからだ。もう一つはリタイアする高齢農家が多く、農地を集約しやすいこと。関東地方の農村を調べた結果、この二つの条件を備えていたのが加須市だった。
狙うマーケットも理詰めで決めた。家庭でご飯を炊いて食べる機会が減る中で、コメの消費を支えているのは、コンビニやスーパーが販売しているおにぎりや弁当、外食チェーンのメニュー。中・外食と呼ばれる市場だ。
求められるのは味と値段のバランスがとれた「値ごろ感」のあるコメであり、それを可能にするために出荷の仕組みも効率性を追求した。1トンのコメを入れることのできる「フレコン」という袋で出荷する体制を整えたのだ。ほかの農家の多くが30キロ単位で出荷しているのと比べ、はるかに効率的。こうして中・外食を売り先に持つ卸会社を販路として開拓した。

コメを1トン単位で出荷するための「フレコン」

コメを1トン単位で出荷する「フレコン」

ここまですべてが順調に進んだわけではない。一番苦労したのは水の確保だ。いま運営している水田は、加須市内やその隣接地のあちこちに分散している。一気に大規模化することを優先し、広い範囲で田んぼを探したためだ。場所が変われば、田んぼに水を入れることのできる時期が異なる。
稲作には根が土に張るよう促すため、水田の水を切る「中干し」という工程がある。ある場所で中森さんが田植えをしようと思ったとき、周りの農家はすでに中干しを始めていた。その段階で中森さんの田んぼに水を入れると、隣接するほかの田んぼにも水が入り、中干しを妨げる恐れがあった。
やむなく「雨が降ってくれ」と祈りながら水のない田んぼに苗を植えてみたが、すでに後の祭り。周囲の田んぼで稲が育つ傍らで、中森さんの田んぼでは「10ヘクタール分がダメになった」。いつ中干しが始まるかを把握していないために起きたトラブルだ。地域で水を共同で利用する稲作ならではの課題だった。
だからと言って、規模拡大をためらったりはしなかった。むしろ「各地域でまとまった田んぼを借りることができれば、水を使う時期に自分の意見を反映させやすくなる」と考えた。出した答えは「もっと集約を急ごう」だ。
単位面積当たりの収量は地域の平均と比べてやや少ないが、大きな問題とは思っていない。いま10人いる社員のほとんどは2019年の採用。彼らの栽培技術の向上をじっくり待って収量を高めるより、まず面積を広げて売り上げを増やし、経営基盤を固めることのほうが先決と考えているからだ。その過程で技術も上がり、いずれ収量も地域の標準に追いつくとみている。

稲刈りを終えた田んぼ

稲刈りを終えた田んぼ

「猛烈に幸せ」という実感

ここまで異例のペースで規模を大きくしてきて、どんな手応えを感じているのだろう。そうたずねると、少し恥ずかしそうにしながら「いま猛烈に幸せです」という答えが返ってきた。「自分にできることに最大限取り組めている」という実感があるからだ。「自分がやるべきことと、やりたいことが一致している。それができているので、本当に幸せです」と強調した。
では中森さんにとって、「やるべきこと」とは何か。「日本の農地を守り、次世代につなぐ」というのが一番大きな目標。ただそれを、自分一人で達成できるとは思っていない。そこで必要だと考えているのが、もっとたくさんの若者が農業に挑戦したいと思えるような環境を整えることだ。
改めて触れておくが、中森さんはまだ就農して5年目の32歳。だが今回のインタビューを通し、農業に対する深い思いと、それを実現するための戦略の確かさに少なからず驚かされた。ではなぜ農業がそこまで大切だと考えているのか。次回も引き続き、中森さんの取り組みを伝えたいと思う。

若者が挑みたくなる農業を作ろうと思っている

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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