町田式新農法、水耕でメロン栽培成功の秘密とは
こんな風景には初めて出会った。頭上でメロンがたわわになっている。
ここは新宿から電車で約1時間、ベッドタウンとして知られる東京都町田市にあるビニールハウス。予約数か月待ちのメロンを栽培する農園があると聞いて取材にやってきたのだが、従来のメロン畑と違い過ぎて驚いた。
約300坪のハウス内に並ぶのは、金属製の台に載せられた106センチ四方、高さ15センチほどの水耕栽培槽が48台。1台に1株ずつ植えられたメロンのつるが栽培棚に伸び、天井が見えなくなるほどに葉を茂らせ実をつけている。
「うちは放任栽培なんです」と説明してくれたのは、このハウスを運営する株式会社まちだシルク農園の専務取締役、松浦真(まつうら・しん)さん。
ここで言う放任栽培とは、ほとんど芽かきや摘芯、摘果などをせずに育てることを言うらしい。
一般的なメロン栽培では、1つの実に栄養分を集中させるために、余計な葉や実を取り除き、1株から4~6個ほどしか収穫しない。しかしここでは一つの株に多くの実が付いているのが見える。
「“町田式新農法”では、1株から最大60個収穫できるんですよ」と続ける松浦さん。「あんまり栽培期間が長くなると樹勢が衰えるので、30~40個ぐらい収穫したところでやめますが」
栽培期間は約4カ月。微妙に植え付けの時期をずらし、年間を通じてメロンを出荷できるように調整する。栽培槽1台につき年間3回栽培が可能であるため、単純計算するとこのハウスで年間4320~8640個収穫できることになる。ちなみに、メロンの販売価格は4000~20000円(税抜き)だ。
水流が最大のポイントの町田式新農法
1株から最大60個もメロンが収穫できる技術の秘密は、冒頭に紹介した栽培槽にあるらしい。中をのぞくと、びっしりと生えたメロンの細かな根が水に揺れていた。
水耕栽培なので、栽培槽の中は当然ながら養液。かなり難しいと言われるメロンの水耕栽培、それを実現した栽培槽にはいったいどんな秘密があるのだろうか――。
企業秘密かと思いきや、すぐに教えてもらえた。
「槽の底の中心から放射状に水を噴き上げて四隅に向かって水を流すことで、根の間でも水がよどまないんです」と松浦さん。
開発当初は栽培槽の角の1か所から水を流していたため、根が集中する部分に水が流れず病原菌が繁殖してしまった(上の写真の左側の状態)。そこで、根の直下にあたる栽培槽の底の中心から水を流すことを思いついたのが、まちだシルク農園社長の林大輔(はやし・だいすけ)さん。この水流を実現したことで根に栄養分と酸素が行き渡るようになり、根が健康になった。
さらに、四隅の排水口の形を工夫して養液がすみずみまで行き渡るようになると、栽培槽内が清潔に保たれるように。そのため、この町田式新農法では土耕栽培よりも農薬散布の回数が少なく、結果的に防除にかかる時間や労働力の削減にもつながったという。
でも本当にそれだけなのか。液体肥料や環境制御の工夫など、ほかにも秘密があるのではないかと聞いてみたが、「ほかの水耕栽培と変わりません。本当にコツは水流だけです」と松浦さんは譲らない。「この水流の技術は特許を取得しています」とのこと。
「エアノズル」の会社が開発した農法
さて、先ほどから町田式新農法について説明をしてくれている松浦さんだが、実は別の顔がある。「大浩研熱(だいこうけんねつ)株式会社代表取締役」である。大浩研熱はまちだシルクメロンの誕生に大きく貢献した会社なのだ。
町田市にある同社は、エアノズルを中心とした工業機械を開発、製造している。先代の社長で現会長であり、まちだシルク農園社長の林大輔さんが1978年に設立。以来30年間、農業とは何のかかわりもなかった。
林さんが町田式新農法の開発に乗り出したのは、同社の危機がきっかけだった。
2008年のリーマンショックで日本経済は打撃を受け、製造業での新たな設備投資は急激に減少。工場にエアノズルなどの機器を販売していた同社の受注も途絶えた。
そこで当時、町田市の商工会議所で工業部会長をしていた林さんが中心になり、仕事がない時期だからこそ新しいことに取り組もうと、町田市の製造業10社ほどが集まった。
農業に注目した理由は「普遍的な産業で、景気に左右されにくい」から。大浩研熱で培った空気の流れをコントロールする技術を水流に生かそうという発想で、水耕栽培を選択した。水耕栽培の中でもメロンは難しいと聞き、「メロンが成功すればほかのものにも応用できるだろう」と、最難関のメロンの水耕栽培に挑むことになった。
2009年から開始したメロンの水耕栽培プロジェクトだが、はじめは従来の水耕栽培の設備で挑戦し実はなったものの、根腐れを起こし実も腐って落ちてしまった。
「やっぱりメロンの水耕栽培を素人がやるなんて無理だ」とプロジェクトから離れる人もいる中、林さんは諦めなかった。
自社のエアノズル技術を用いて独自の水流の渦やゆらぎを実現することで、町田式新農法が確立していき、商工会や市に認められるようになっていった。2015年には株式会社まちだシルク農園を設立し、栽培したメロンは「まちだシルクメロン」として発売を開始。一時は町田市のふるさと納税の返礼品にもなった(現在は休止)。
町田式新農法は「取り組みやすい」農法
大人気のまちだシルクメロンだが、生産しているのは町田市にあるこの300坪のハウスと、八王子市にあるハウス1つだけ。しかし、松浦さんによると生産量を増やす予定はないという。まちだシルク農園の最終的な目的は「メロンを売ること」ではなく、「町田式新農法の普及」だからだ。
町田式新農法の特徴は、メロンの水耕栽培という新規性に加えて、1株から最大60個という収量の高さ、病害虫リスクが低いという育てやすさだ。それに加えてもう一つ、「取り組みやすさ」があると松浦さんは語る。「コツは本当に『水流だけ』なので、この装置があれば農業が初めての人でも取り組めます」
実際、このシステムを導入しているのは農業関連ではない企業が多いとのこと。前述した通りの「放任栽培」で、メロンの成長を人間都合で型にはめて管理することはほぼない。日ごろの業務は枯れた葉の剪定やデータ管理、収穫作業など。熟練が求められる摘果や芽かきなども必要ない。
すでに町田式を導入して独自のブランドを生み出している企業は複数ある。また、町田式新農法を活用し、その上独自の改善をする動きもみられる。
青森県つがる市は生産量全国5位のメロンの産地だが、冬場の生産に町田式を利用しようと実験を開始した。 また、町田式と環境制御技術を組み合わせた実験を始めた企業もある。
現在では海外からの問い合わせも多いため、町田式が世界に羽ばたく日も近そうだ。
地域活性や農業活性につながる
放任栽培であるため、ときに規格外や形の悪いメロンもできるが、それらの実は加工品の原料となる。ゼリーやキャンディは一般に販売され、またピューレやシロップは町田市内の菓子店で原料として利用されているとのこと。まちだシルクメロンは町田市発の地域ブランドとして確立されつつある。
こうした加工品の製造を担うのはNPO法人プラナス。町田市で障害者の生活支援や障害児の放課後デイサービスなどを行う団体だ。まちだシルクメロンは地元で障害者が働く場を創出することにも一役買っている。
農地法の改正でビニールハウスの底面をコンクリートで覆っても農地として扱われ、税制上の優遇を受けられるようになり、施設園芸参入のハードルは下がったと言われる。使われていない既存のビニールハウスを再利用すれば、初期コストも下げられるだろう。
さらに、栽培技術の難しさという参入障壁をなくし省力化をかなえる町田式新農法は、農業に可能性を見出す人々や新たな作物に挑戦したい農家にとって選択肢の一つになりそうだ。農業の活性化の一つの道筋として今後に期待したい。