「55歳で引退したい」、利益と事業を大きくする仕組みづくりとその先

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「55歳で引退したい」、利益と事業を大きくする仕組みづくりとその先

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「55歳で引退したい」、利益と事業を大きくする仕組みづくりとその先
最終更新日:2021年01月20日

「ロールプレーイングゲームでラスボスを1回倒し、いま2回目をやっているような感じ」。茨城県つくば市で葉物野菜の有機栽培を手がける伏田直弘(ふしだ・なおひろ)さんはそう話す。利益を出し、事業を大きくする仕組みはもうできたという意味だ。自信の根拠は何か。これから何に挑戦しようとしているのか。前回に続き、伏田さんの取り組みを紹介したい。

「差別化できるポイントはこれしかない」

伏田さんが農業法人のふしちゃん(つくば市)を設立し、農業を始めたのが2015年。49棟のハウスでコマツナやミズナ、ホウレンソウなどを栽培しており、7年目の2021年は売り上げが1億円に届く見通しだ。

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営農で何にこだわっているのか。ふつうの有機農家なら、「微生物の力をいかすための土作り」「環境に配慮した栽培の工夫」「安全で安心な野菜作り」などと答えるかもしれない。いずれも栽培に関する目標だ。
これに対し、伏田さんの答えは「鮮度」。農薬を使わないために生育が不安定になりがちな有機栽培で、出荷の安定に努めるのは前提。そのうえで「差別化できるポイントは鮮度しかない」と強調する。
ハウスで収穫した野菜を入れるコンテナには、鮮度保持の機能があるポリエチレンの袋を敷く。野菜を入れる袋も内側が水滴で曇るのを防ぎ、鮮度を保つ効果のある素材。冷蔵室には200万円をかけ、電磁波の働きで野菜の劣化を防ぐシステムを導入した。このシステムには冷蔵室内の温度に偏りが出て一部が氷点下になったとき、野菜が凍るのを防ぐ機能もある。

コンテナに敷く袋

コンテナに敷いた鮮度保持機能のある袋

追求しているのは、他とはっきり差をつけることのできる特徴だ。有機野菜同士で安全性で競い合うのは難しいし、味も人によって尺度がまちまち。これに対し、スーパーの棚に並んだ後、どこまで日持ちするかは明確に差が出る。だから「ちょっとでも劣化を防げるものなら全部使う」と話す。

経営を貫くのは合理性だ。例えば2020年に肥料の購入方法を変えた。原料を買って農場で混ぜ合わせるのをやめ、必要な内容を肥料会社に伝え、ブレンドずみのものを買うようにした。その分、肥料の値段は上がった。ではなぜそうしたのか。伏田さんはその狙いを次のように説明する。
「時給1000円のスタッフが肥料を混ぜ、ハウスでまくのに2時間かかるとする。これに対し、1000円高いブレンド肥料を使えば1時間ですむ。コストを比べると同じように見えるが、ぼくはそうは考えない」
理由は、肥料を混ぜないことで浮いた1時間を収穫にあてることができるようになるからだ。この場合、肥料代のプラス1000円は純粋なコストアップになるが、収穫は売り上げに直結する。一定の時間にかける費用を増やすことで、その間にかせぐことのできる売り上げを増やしたのだ。
「二つのやり方のコストを比べるのではなくて、どれだけ付加価値を生むことができるかを考えるようにした」。伏田さんはそう強調する。

肥料

新たに購入を始めたブレンド肥料

すぐにまねできる!? 追随を許さないための三つの作戦

何回かの取材を通し、伏田さんは同じフレーズを口にした。「農業は本当に簡単だ」。そう言われると抵抗を感じる農家もいるだろうが、伏田さんにはそう言い切れるだけの手応えがある。そして難しくないと考えるからこそ、次のように強調する。「僕のやってることなんてすぐにまねできる」
ではどうやって簡単には追随できない経営を実現するか。この点について、伏田さんはいま検討している三つの作戦を教えてくれた。

一つは柱となる品目を増やすこと。実際、すでにトマトやナスを試験的に数年間育ててみた。わかったのは、葉物野菜と比べた栽培の難しさだ。
コマツナやミズナは定植して20日後に収穫し、植え替える。これに対し、ナスの場合は6月から11月までずっと同じ株で収穫し続ける。この間にアブラムシなどが発生すると、どんどん増えて手がつけられなくなるのだ。
有機農業なので、農薬を使うことはできない。露地なら雨が降れば多少は虫が落ちるが、ハウスの中だと雨が当たらないので虫が増え放題。葉物と違って効率的に作る方法が見つからず、トマトとナスは2019年でやめた。
もちろん、これで品目の多様化を諦めたわけではない。次に挑戦するのはイチゴ。2021年夏に苗を植え、クリスマス商戦を狙って12月に収穫を始めることを計画している。農業・食品産業技術総合研究機構(つくば市)の有機農業に関する研究チームの協力を得て、栽培方法の確立を目指す。

トマト

トマトの栽培はいったんやめた(写真はイメージ)

もう一つの作戦が輸出。伏田さんは「有機野菜を売ってみて、マーケットはほぼ都市近辺に限られることがわかった」と話す。そこで出した結論が「国内で市場の拡大を待つより、すでに大きな市場があるところに出て行ったほうがいい」。照準を合わせた先は有機農業が盛んな欧州だ。
2020年は専門商社を通してテスト的にフランスとドイツにコマツナを輸出してみた。その結果、日本人のものづくりに対する評価は農業分野でも高いことがわかった。有機栽培であることも前向きに評価された。
課題は輸送費がかさむこと。ふつうの有機農家と比べると効率的でも、遠く欧州まで運ぶと価格面で不利になる。そこで今後予定しているのがカット野菜の生産。野菜を切ってある分、付加価値が高まり、多少値段が高くても売れると考えた。すでにカット工場を建てるための土地も取得してある。

そして三つ目の作戦がM&A(合併・買収)だ。ターゲットは、億円単位の事業規模を見込める農場だ。農場を開いてから6年で、利益を出すための方法は見つかった。そのノウハウをいかせば、既存の農場をてこ入れし、収益性を格段に高めることができると見込んでいる。
なぜ事業の拡大を急ぐのか。その点について「自分の年齢を考えると」と話した後、こう続けた。「55歳になったら農業をやめるんで」。伏田さんはいま42歳。そこから数えて「あと13年しかない」と話す。

コマツナ

輸出を始めた有機栽培のコマツナ

50代半ばで農業をやめて農業を始める

日本の農家の平均年齢は60代後半で、50代半ばは「あんちゃん」などと呼ばれる年齢だ。ずいぶん早いリタイアだと思ってそのわけを聞くと、「会社を売却し、石垣島とか暖かいところに移り住みたい」という答えが返ってきた。では石垣島に行って何をしたいのか。答えは「農業をしたい」。
農業をやめて農業をやりたいという話にとまどっていると、伏田さんは次のように説明してくれた。いまも確かに農業を仕事にしているが、実際にやっているのは経営で、現場で作業をしているのはスタッフたちだ。
これに対し、会社を売却した後は自分で栽培をしたいという。「本当に経営をやめるかどうかはわからないが、自分で野菜を作りたいと思うようになってきた。子どもと一緒に土をいじっていると楽しいと感じる」
目指すのは純粋な技術の追求だ。「お金を稼ぐことを考えないで農業をやりたい。アーティスティックに農業をやってみたいと思う」
経営について自信満々に語るのとは違う内容を新鮮に感じていると、続く話はいつもの伏田さんらしいノリに戻った。「中学校のときの三者面談でどんなときが一番楽しいかと聞かれ、『寝てるとき』と答えた」。経営から離れて目指すのは「悠々自適の生活」。その中で野菜作りを楽しんでみたいという。

効率を高めて利益を出し、事業を大きくするのは、それらを目標としない暮らしを手に入れるためだ。「日本の農業はいま戦国時代。そこで天下を取りたい」と話す伏田さんの別の面を知ることができた取材だった。

栽培技術を追求

純粋に栽培技術を追求する暮らしを目指す

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。
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