ブランド化と収益確保、ベテラン農家に学んだ2つの秘訣

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ブランド化と収益確保、ベテラン農家に学んだ2つの秘訣

連載企画:農業経営のヒント

ブランド化と収益確保、ベテラン農家に学んだ2つの秘訣
最終更新日:2021年03月22日

新たに農業を始める人にとって、どこで研修するかはその後の営農を大きく左右する。茨城県常陸大宮市で4月に就農する彦田真吾(ひこた・しんご)さんが教えを請う相手として選んだのは、多くの著名人がイチゴの味にほれ込むベテラン農家の村田和寿(むらた・かずとし)さんだった。彦田さんが村田さんと出会って約6年。村田さんから学んだ営農の秘訣(ひけつ)を紹介したい。

銀座千疋屋に販売するベテラン農家を訪ねて

まず彦田さんが研修を受けた村田農園(茨城県鉾田市)について説明しておこう。ハウスは育苗用と栽培用を合わせて48棟あり、外国人実習生を含めて16人のスタッフが働いている。
営農で力を入れているのは、豚ぷんの堆肥(たいひ)を使った土づくりと、丁寧に育てたイチゴを形や味で細かく分ける選果の仕組みだ。高級フルーツパーラーの銀座千疋屋(東京都中央区)に販売しているほか、有名な芸能人なども村田農園のイチゴのファンになっている。
彦田さんが村田さんと知り合ったのは2015年。当時勤めていたのは大手鉄鋼メーカー系の商社で、事業の多角化の一環として農業関連のシステム開発を手がけるルートレック・ネットワークス(川崎市)に出資した。そのときプロジェクトを担当したのが彦田さんだった。
ルートレック・ネットワークスが開発したシステムは、植物への水や肥料の供給を自動で管理する「ゼロアグリ」。そのころは利用がほぼトマトに限られており、他の品目でも使えるかどうかを確かめるのが課題になっていた。彦田さんが、有名なイチゴ農家の村田さんを訪ねたのはそのためだ。

匠(たくみ)の農家として知られる村田和寿さん

イチゴでもゼロアグリを使えるかどうかの実証実験は、村田農園に導入することで進めることができた。だが「もっと農業のことを知りたい」と思った彦田さんはシステムの導入で終わりにせず、2015年12月から毎週土曜日に村田農園を訪ね、栽培や出荷を手伝わせてもらうことにした。
週末に作業を手伝ったのは会社の指示ではなく、自分の判断だった。作業は無償で、農園まで3時間ほどかけて車で行くガソリン代も自己負担。農業を理解することで、ほかの農家への営業にいかそうと思ったのだ。
週末の農園通いは1年半続いた。途中から、当時交際中だった妻の結衣(ゆい)さんも誘って行くようになった。そのうち、彦田さんの気持ちにある変化が生じた。営農に向き合う村田さんの姿に憧れるようになったのだ。
商社の仕事は、いかに利益を出すかが目的だった。企業である以上当然のことで、彦田さんも「間違ってはいない」とふり返る。だが、おいしいものを顧客に食べてもらうことに情熱を注ぐ村田さんと身近に接するうち、「自分も農業をやってみたい」との思いを抑えることができなくなった。
こうして彦田さんは9年間勤めた会社を辞め、2018年から村田農園で研修を始めた。手伝いに来ていたときとは違い、就農を前提に栽培技術や経営を学ぶのが目的だった。それから約3年。技術の習得にめどが立ち、常陸大宮市で農地が見つかったのを受け、独立して就農することにした。

村田農園に設置したゼロアグリの機器

匠の農家による研修から得た2つの気づき

彦田さんは、就農までに村田さんのもとで何を学んだのだろうか。そのことをたずねると、彦田さんは二つのことを説明してくれた。
一つは、収穫したイチゴの選果方法だ。イチゴを選果する際、色や形をもとに等級を分けるのが一般的。村田農園はそれに「おいしさ」を加えることで、イチゴの等級を約30に細かく分けている。彦田さんは「おいしいものを選ぶ仕組みを発明したことが、村田さんのすごさ」と強調する。
仕組みの背景にあるのが、現場での徹底した訓練だ。「どれがおいしいか言ってみな」。収穫するときや作業場でパック詰めするとき、村田さんはスタッフにそう促す。当たっているかどうか教えたあと、次に「食べてみな」。
目で見て、手で触れて、食べることで、どのイチゴがおいしいかを覚えさせる。村田さんにとって栽培で工夫を重ね、イチゴの品質を高めるのは営農の前提。そのうえで他の農家と差を出し、ブランドを確立するには、味の良しあしを見分けられる力が大切だと考えているのだ。

イチゴを選果する彦田真吾さん

彦田さんが学んだもう一つのことは、栽培と収益管理を結びつけることだ。まずイチゴがいくらで売れるかを考え、目標とする売り上げを達成するには、何トン栽培しなければならないのかをはじき出す。
工業製品なら必要となる部品をラインに載せて機械を動かせばすむかもしれないが、農業の場合は相手が植物。収穫は11月半ばから翌年の5月いっぱいまで続くが、その間、イチゴがまんべんなく実るわけではない。収量には一定の波がある。それに合わせ、肥料をいつどれだけやるか計画を立てる。
しかも天候は年によって違うので、計画通りに育ってくれるとは限らない。そこで生育状況を見ながら、柔軟に対応することが必要になる。そうやって栽培をコントロールしながら、目標の収穫量を実現する。
これは彦田さんにとって重要な気づきだ。もともと就農したいと思ったのは、村田さんの「おいしいイチゴを作りたい」という熱意に引かれたからだった。だが一方で、収益を確保するための緻密な計算があることも知った。技術の習得に偏りがちな研修と比べ、貴重な体験と言えるだろう。

村田農園のイチゴ

就農の決め手は、夫婦で出した「幸せとは何か」の結論

最後に、取材に同席した村田さんの話も紹介しておこう。彦田さんから「就農したい」と相談されたとき、村田さんは「やめたほうがいい」と反対した。会社員時代と同じ収入を得るのは簡単ではないと思ったからだ。彦田さんが会社を辞めるまで、頻繁にそんなやりとりがあったという。
それでも研修を受け入れ、応援することにしたのは、彦田さんの熱心さに打たれたからだ。「自分が若いときは、農業のことをあまり格好よくないと思っていた。若い人が注目してくれるのは本当にうれしい」と話す。
一方、妻の結衣さんには就農に際して心配したことがあった。会社員時代、彦田さんが心臓の手術で1カ月間入院したのだ。彦田さんにとって「万が一の事態」を覚悟したその経験は、就農を決意する大きなきっかけになった。だが結衣さんは、農作業が体の負担にならないかと心配した。
「農業をやって大丈夫ですか」。結衣さんは主治医に何度もそうたずね、問題がないのを確かめたという。そして2人で「幸せとは何か」を幾度も話し合い、「家族が一緒にいること」だと確認した。そのためには、一緒に働くことのできる農業のほうがいい。それが2人の出した結論だった。
新天地となる常陸大宮市では、いま彦田さんの栽培ハウスが建設中だ。村田さんが事前に現地に行って調べたところ、「土は悪くない。あとはしっかり堆肥をやればいい」と感じたという。4月中にはハウスが完成し、初の定植がスタートする。彦田さんたちのこれからの活躍に期待したい。

妻の結衣さん、長男の衛心(えいしん)くんと

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。
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