『親バカトマト』ってどんなトマト?
東北でありながら積雪がほとんどない福島県いわき市は、夏は涼しく冬は温暖な気候が特徴です。年間日照時間は2000時間を超えるとされ 、全国有数の長さを誇ります。農業にとって理想的な環境とも言える同市には、一風変わったネーミングのブランド野菜が存在します。その名も『親バカトマト』。“うちのトマトはおいしいよ”という生産者の親心が由来です。
JA福島さくらいわき地区ハウス部会「菊田施設園芸研究会」が生産する『親バカトマト』は高糖度トマト(フルーツトマト)とは一線を画し、酸味と甘みのバランスが取れた昔ながらのおいしさが味わえる大玉トマトです。
『親バカトマト』だけで53aものほ場(ハウス)を有するのが『菊田の郷 助川農園』です。2代目の助川 成光(すけがわ・なりみつ)さんは先代から経営移譲を受けたことを機に法人化。現在、『親バカトマト』を主力にミニトマト、水稲などを手掛けています。
「いわき市は施設園芸栽培が盛んな地域です。競合が多い中、菊田地区独自のおいしいトマトづくりに乗り出したことが『親バカトマト』誕生のきっかけです」。
差別化を図るため、品質向上に取り組んだ研究会は、トマト栽培の基礎となる「土づくり」に着手します。
物理性・化学性・生物性の3つの要素に基づいた土づくり
助川農園は法人化以前から健康な土づくりに取り組んできました。福島県内の施設園芸先駆者のひとりである先代・助川正克(すけがわ・まさかつ)さんが土壌病害発生などを乗り越えて確立した特別栽培を、2代目成光さんが「見える化(数値化)」することで科学に基づいた土づくりを実践。それが「物理性」・「化学性」・「生物性」から成る3つの要素です。
「良い土壌は、ほどよい粘土や砂(無機物)と落ち葉、モミガラ、動物のフンなどの腐植(土壌有機物)、それを分解する微生物の働きが重要です。腐植によって微生物がよく働き、通気性の良いふかふかな団粒(だんりゅう)構造になって水はけの良い土になります。これが物理性です」。
農園では籾殻(もみがら)堆肥を1年間寝かせて熟成し腐植化。定植前に施肥を繰り返すことでしっかりとした団粒構造の土を作ります。
2つ目の要素「化学性」とは、pH、五大要素(窒素N、リン酸P、カリK、苦土Mg、石灰Ca)、塩基置換容量、塩基飽和度などの分析値を意味します。
「重要なのはそれぞれの数値のバランスです。2週間に1度、葉の養分検査を行い、数値が下がっていれば追肥をします。勘に頼るのではなく、データに基づくことで土壌の状態を適切に維持することができます」。
3つ目の「生物性」は、連作障害を防ぐうえで重要な要素です。一般的な連作障害への対策は「輪作体系」が基本とされていますが、助川農園では「土壌還元消毒」を実施。土壌病害虫を防除し、トマトに有用な微生物環境を整えています。
「夏野菜の代表格であるトマトですが、ハウス栽培では暑すぎる夏が農閑期にあたります。この時期を利用し、8月の約1ヶ月間は灌水(かんすい)チューブで土壌を水に浸して地温を上げ、ハウスを密閉して土壌還元消毒をします。こうすることで好気性細菌を殺し、土をリセットすることができます」。
消毒後は土壌分析データに基づいて調節した肥料を散布。耕運、鎮圧後、定植をします。
「健康な土づくりをすることで病害虫に強くなり、減農薬につながります。また、土に含まれるミネラル分がトマトの栄養になり、栄養価が高く甘味と酸味のバランスが取れた高品質なトマトができるようになりました」。
こうした取り組みから2002年、『親バカトマト』は化学肥料及び化学合成農薬を一般使用量の50%以上削減して栽培された農産物を証明する「特別栽培農産物」に認定。名実共に安全・安心なトマトとして市場に出回るようになりました。
「ブランディング」の重要性
生産者のたゆまぬ努力によって育まれる『親バカトマト』は現在、オンライン販売を通して全国へ流通し認知されるようになりました。それを実現させたのが「ブランディング」と成光さんは分析します。
「良いものを作っても、知ってもらわなければ経営的には赤字のままです。前提として、消費者が満足して気に入ってくれるものを作る。そのうえで、作物の良さを伝える。さらには、土づくりの段階からのこだわりや、手間ひまをかけて育て上げるというストーリーを知ってもらう。作物への愛情が結果的に、ファンを生み、経営安定につながるのだと思います。農業は儲からないと思われがちですが、それは儲かる仕組みや方法を構築できていないことに起因するのではないでしょうか」。
オンラインストアと直売所を運営する助川農園は全国からの注文も多く、リピーターも急増中。販路拡大もまた、ブランディングのひとつです。
また、優れたパッケージデザインの県産品を表彰する「ふくしまベストデザインコンペティション2020-21」において『親バカトマト』が見事、キャッチコピー・ネーミング部門でゴールド(最優秀賞)を受賞。PR効果が大いに期待されています。
「良いものを作っていれば黙っていてもお客さんがつく時代ではありません。わたしたちは先代たちが『親バカトマト』と名づけた思いを継承し、発展させる使命があります」。
と、決意を語る成光さんのもとでは現在、農業の次世代を担う若きファーマーが研修中です。実家がトマト農家の根本一仁(ねもと・かずひと)さんは栽培技術や知識はもちろん、農業経営においても学びが多いと話します。
「実家が農家とはいえ、経験はほぼゼロの自分にとって、助川農園で過ごす毎日が勉強です。農業は儲からないという負のイメージを持っていましたが、助川さんのもとで学ぶことで、儲かる農業のメソッドが見えてきたように思います」。
収量と品質のバランスの見極めが経営のカギ
現状の施設と成光さんの技術やノウハウを注げば『親バカトマト』の反収量(※10aあたりの収量)30tを目指せるとのこと。しかし、助川農園の『親バカトマト』の反収量は約28t。そこには農業経営者ならではの視点がありました。
「収益アップには収量が必要です。しかし、ほ場に限りがあるハウス栽培では限界があります。また、収量をいたずらに増やせばその分経費もかかり、品質が落ちる懸念も。トータルで考えた結果、ベストな反収量が28tというわけです。農業経営は常に費用対効果を考えた経営のバランス感覚が必要だと思います」。
トマトの施設栽培は水耕栽培が台頭。マニュアル化されており、大規模栽培の企業が進出しやすい特性があり、飽和状態にあると成光さんは言葉を続けます。
「土耕栽培には土耕にしかできない良さがあります。大地の恵みを存分に受けた『親バカトマト』を手塩にかけて育てると同時に、後継者を育成することも我々生産者の務め。そのためにも『親バカトマト』のさらなる品質向上に努力していきたいですね」。
恵まれた気候、豊富な知識と技術を持ったベテラン生産者が活躍する福島県いわき市。彼らによって大切に育てられた『親バカトマト』は愛情を一身に受け、鮮やかに色づいています。しかし、日本の農家が抱える高齢化や担い手不足はいわき市も例外ではありません。就農を志す未来のファーマーのみなさん、”親バカ”になって、自慢の”子“を育ててみませんか?その思いは必ずや真っ赤に実を結ぶことでしょう。
【取材協力】
農事組合法人 菊田の郷 助川農園(福島県いわき市)
福島県いわき市錦町馬場163
公式HPはこちら
助川農園は、減農薬・減化学肥料のガイドラインに則った特別栽培農作物のトマトを生産しています。