牧場と試験農場、2つの顔を持つ『いわき中央牧場』
かつて、炭鉱の町として栄えた福島県いわき市。その後のエネルギー革命や時代の流れと共に変貌を遂げ、現在は人口約35万人を誇る東北の中核都市として発展しています。
そんないわき市の乳業生産を担っているのが『いわき中央牧場』です。牧場経営と研究試験牧場の2つの顔を持つ同牧場では日々、最先端の研究が行われ、日本の畜産業の発展に大きく貢献しています。
「(同市)田人町の黒田牧野組合様から土地を借り受け酪農・畜産業を経営する当牧場は、畜産飼料の製造を手がけるフィード・ワン株式会社の研究試験農場としての側面があります。一般の農家さんでは試せないような思い切った内容の試験を実際に牛を使って実施することもあり、農家さんや特約店様に有益な情報や新製品を提供できるよう努めています」。
こう話すのはいわき中央牧場取締役社長の田邊敦さん。2019年に社長に就任する以前は約17年に渡ってフィード・ワンの営業マンとして酪農家を支えていました。
「私は非農家出身ですし、畜産業に関しては全くのど素人でした。しかし、酪農家の方々と関わり教えて頂くことで、牛にすっかり魅せられていきました。例えば、牛は胃が4つあり、そのうちの第1胃と呼ばれるところで微生物によって食物が分解されますが、この微生物の状態によって搾乳量や牛の健康状態が変わります。つまり微生物のコントロールが大事なのですが、教科書通りやってもうまくいかないことも多いんです。未知数の分野が多いことも酪農の面白さのひとつです」と田邊社長。理由こそ違いますが、同じように牛に魅せられ、同牧場で働く2人の女性がいます。彼女たちの働き方を知れば知るほど、キツい、休みがないとされてきた酪農が変わりつつあることがわかりました。
手をかけた分だけ牛は応えてくれる。それこそがやりがい
「とにかく牛たちが可愛くて仕方がないんです」。そう笑顔で話すのは、入社3年目の吾妻文花さん。動物に携わる仕事を探していたとき、父親が働いていた同牧場を見学。すぐにここでの就職を決意しました。
「豊な自然の中で牛たちと共に働くことができるのは、私が求めていた環境そのものでした。何より、牛たちがとにかく可愛いんです。生き物相手の仕事なので、もちろんそれだけでは務まりませんが、手をかけた分だけ応えてくれる牛たちはまるでわが子のようです」。
吾妻さんが担当するのはホルスタイン育成牛と呼ばれる子牛の哺育管理です。給餌や生育環境を整え、母牛に変わって世話をしています。
いわき中央牧場では3つのシフト制を導入し、朝の搾乳や給餌、除糞は主に5:30〜14:30まで勤務する早番が担当。吾妻さんの勤務時間にあたる8時〜17時は普通番。夕方の搾乳と飼料作り、給餌を担当する遅番は13:00〜22:00とそれぞれの時間帯で仕事を振り分けています(間1時間の休憩あり 実働8時間 シフトは、ローテーション)。
「休みもしっかり週休2日で取ることができ、酪農は休みがないという定説はこの農場にはありません。これまで接客業などを経験してきましたが、牛たちと働くことができる酪農こそが自分にとっての天職と実感する日々です」(吾妻さん)。
吾妻さんとタッグを組んで子牛の世話をする德永美香さんは、福島県農業総合センター農業短期大学校に在学中。現在はアルバイト学生として酪農に携わっています。
「牛が可愛いのはもちろんですが、仕事のパートナーとして接することを心がけています。その距離感を大切にしながらたくさんのことを学んでいきたいです」と抱負を語る德永さんの将来の目標は牧場で働くこと。達成に向け、同牧場で実践的に学びながら酪農の知識や技術を身につけています。
10代から60代と幅広い世代が活躍するいわき中央牧場では現在8人のスタッフが働いています(アルバイト、再雇用、社長含む)。田邊社長は若い世代から酪農の楽しさや魅力を発信してもらいたいと期待を寄せます。
どんな業種でも必要とされる人材を育てることが身上
「酪農は乳質が良い生乳であれば、搾乳した分は全て買い取ってもらえるので、生育環境や牛の健康管理を徹底し、搾乳量を増やせば確実に収益を上げることができる儲けやすい職業です。にもかかわらず人気が今一つなのは、マイナスのイメージが強いことが起因していると思います。確かにひと昔前の酪農といえば、一年を通して休みがなく、不衛生な環境下での仕事というイメージがありました。つまり、それらを取り除けば、諸外国のように酪農業の地位向上につながるのではないでしょうか。私自身、牧場経営を始めるにあたり最初に取り組んだのが職場環境の改善でした」。
田邊社長のこうした言葉を裏付けるように、同牧場の牛舎は衛生管理が行き届いており、臭いもほとんどありません。シフト制と週休2日を実現することで、社員はしっかり体を休めることができます。休みがないと考えられないミスをしたり、スタッフ間の雰囲気が悪くなったり効率が落ちるとのこと。事実、働くスタッフの表情を見ると明るく覇気があり、円滑なコミュニケーションが図られていることが伺えます。
酪農・畜産には専門的な知識や技術が必要な部分もありますが、非農家出身者も多く活躍しています。田邊社長が人材育成をする上で心がけているのは、酪農のスペシャリストではなく、どんな職場においても必要とされ、通用する人材を育てることです。
「仕事の内容は毎日やってれば、誰でも必ずできるようになります。一方で人間力はすぐ身につくものではありません。あいさつや言葉遣い、気遣いなど、人間力を磨くことが社会の一員として大切なことだと考えています。未来を担う若い世代や未経験者を育て、また逆に教えられ、共に成長していくスタンスでありたいですね」(田邊社長)。
かつては100戸以上の酪農家が存在していたいわき市では現在、福島県酪農業協同組合に生乳出荷をしている酪農家戸数は7戸のみ。県全域で見ても同市は酪農・畜産が盛んな地域ではありません。しかし、見方を変えれば挑戦のしがいがある土地ともいえるでしょう。
草を食む牛たちを愛おしそうに見つめる田邊社長とスタッフのみなさん。その目には酪農家としての誇りと使命が感じられます。素晴らしい仲間たちが待つこの地から、日本の酪農を盛り上げてみませんか?
取材協力
有限会社いわき中央牧場
〒974−0151
福島県いわき市田人町黒田助右エ門沢27-1
T E L:0246-68-3043福島県就農支援情報サイト「ふくのう」もご覧ください
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