サラリーマンから専業農家へ。脱サラからの挑戦
福島県西白河郡中島村は人口5000人ほどの小さな村です。米や野菜、畜産など農業を基幹産業とする同村には篤農家も多く、高品質な農畜産物が育まれていることで知られています。そんな中島村で菌床シイタケや菌床ヒラタケを生産しているのが、福島県青年農業士の芳賀大輔(はが・だいすけ:38歳)さんです。
芳賀さんは福島県農業総合センター農業短期大学校を卒業後、兼業農家を営む両親のもとでの就農を希望するも、一般企業への就職を強く勧められ4年間のサラリーマン生活を送ることに。
「次男ということもあり、親としてみれば会社員として生計を立ててほしかったのだと思います。会社員時代は生活こそ安定していましたが、いつも物足りなさを感じていました」。
常に農業への思いを抱いていた芳賀さんは、2009年に就農を決意。奥様の郷美(さとみ)さんと共に菌床キノコの栽培に着手します。両親のハウスの一角を間借りする形でスタートした栽培は現在、ハウス3棟にまで拡大。芳賀さんが手がける肉厚でジューシーな菌床キノコは『きのこ屋 大(だい)』という屋号で村内の直売所やスーパーの産直売り場で販売されています。
「直売はダイレクトにお客様の反応が返ってきます。それはそのままモチベーションにもつながっています。安全、安心、美味しいキノコを確実に届けること。それがモットーです」。
そう笑顔で話す芳賀さんですが、ここまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。就農から2年後の2011年、東日本大震災における福島第一原子力発電所事故により、福島県産の農畜産物は風評被害を受けることに。山に自生するキノコと異なり、ハウス内で生産される菌床キノコの放射線量は震災当初から基準値を大幅に下回っていましたが、福島県産というだけで出荷量が激減。地震により菌床を置く棚も崩れ、芳賀さんは経営の危機に直面します。
そんな時に立ち上がったのが福島県内の若手菌床シイタケ生産者たちです。『全国サンマッシュ生産協議会福島県支部青年部』によって結成された会の名称は「結(ゆい)」。消費者とのつながりを大切にする思いが込められています。
“菌床キノコといえば福島”を目指して
2015年に発足した「結」は福島県内で菌床シイタケ生産を行う13名が参加し活動しています。個々の経営方針により菌床シイタケの品種や生産方法は異なりますが、「結」で試食販売などを行う際には「大きさ6cm以上、膜の開きが7分咲きまで」とルールが決められています。県内外の直売所、道の駅、スーパー、アンテナショップなどに出店し、試食販売を行いながら福島県産菌床シイタケの美味しさ、安全性に関する取組などを広くPRする活動は生産者のライフワークにもなっています。
「風評被害も下火になりつつあり、県外からのお客様から高い評価を得るまでになりました。“菌床キノコといえば福島県“と思ってもらえることが当面の目標です」と、手応えを話す芳賀さん。
「結」では今後、菌床シイタケの産地化を目指し、県内外における消費拡大と、風評被害の払拭に取り組んでいく方針です。
中島村には菌床シイタケの名人とされる生産者が健在しています。全国の品評会で最高賞を受賞したこともあるその存在は大きな励みになっていると芳賀さんは言葉を続けます。
「全国に通用する菌床シイタケを中島村で作ることができる。これは自信にもつながっています。仲間とともに今後も技術を磨き、どこにも負けない美味しい菌床シイタケを作っていきたいですね」。
そんな芳賀さんも2019年、生産者団体で組織される協議会主催の品評会で最高賞を受賞。全国の名だたる生産者を抑えての受賞は、福島県が3年連続で受賞という快挙です。
働き方は生き方そのもの。自分らしい営農スタイルを見つけてほしい
『きのこ屋 大』の経営規模は決して大きいものではありません。法人化し、マネージメントに専念することも一時考えた芳賀さんですが「今の営農スタイルが自分に合っている」と話します。
「大規模経営は安定供給や輸出、雇用を生む意味でも日本の農業に必要な営農のあり方だと思います。しかし、日本の農業を支えているのは個人経営の小規模農家です。個人の強みを生かし、品質にこだわった農作物で国内自給率を上げるなど、大規模経営と個人経営のすみ分けをするのが理想です。農業はもっと多様性があっていいはず。大切なのは自分に合った農業を見つけ、邁進することではないでしょうか」。
「自分に合った営農スタイル」。それは芳賀さんが大切にしている「家族と過ごす時間」が深く関係しています。菌床キノコのほか、みそや餅、おこわなど昔ながらの味を手作りで販売する芳賀さんの1日は目まぐるしく過ぎていきます。多忙でありながらも家族とのつながりは強く、子供と過ごす時間も多いそうです。
「農業は自分の裁量で仕事ができる分、24時間の使い方を考える必要があります。子供の行事があればそれに合わせて早朝に仕事を片付けるなど、時間の使い方を工夫することで家族との時間を確保しています」。
今後の目標を「気負わず、現状維持」とする芳賀さん。それは決して消極的なものではなく、『きのこ屋 大』の菌床キノコを喜んで買ってくれるお客様を大切にしたいという思いが込められています。
「何をもって成功とし、正解とするかは自分次第。規模を拡大し、収益を上げたい、6次化に力を入れたいなど、さまざまな方法があります。福島県の農産物は全国でも高く評価される秀品なものばかりです。栽培品目や働き方も含め、目指す営農スタイルがきっと見つかりますよ」。
震災を乗り越え、力強く歩み出した福島県のファーマーたちには農業を愛する強さと優しさがあります。「農業はもっと多様性があっていい」。芳賀さんの言葉は、農業を志す全ての人への金言になるかもしれません。
「自分らしい働き方」は「自分らしい生き方」そのもの。福島県でそんな人生の指標を見つけてみませんか?
福島県就農支援情報サイト「ふくのう」もご覧ください
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