酪農と畑作の間で続いてきた堆肥と麦わらの交換に課題
■湊啓子(みなと・けいこ)さんプロフィール
北海道立総合研究機構 農業研究本部畜産試験場畜産研究部飼料生産技術グループ主査。1996年酪農学園大学酪農学部酪農学科卒。同年より、北海道立新得畜産試験場(現・北海道立総合研究機構農業研究本部畜産試験場)に勤める。 |
■渡部敢(わたのべ・かん)さんプロフィール
北海道立総合研究機構 農業研究本部畜産試験場畜産研究部飼料生産技術グループ主査。1997年帯広畜産大学畜産学部生物資源化学科卒。北海道立滝川畜産試験場、北海道立新得畜産試験場、十勝農業試験場を経て現職。 |
──北海道の家畜排せつ物利用の特徴を教えて下さい。
湊:北海道で圧倒的に多いのは、乳牛の排せつ物です。農家戸数は減ったのですが、飼養頭数は若干減ったくらいで横ばいで、1戸当たりの頭数が増えています。道内では、家畜排せつ物の65%が堆肥として、18%がスラリー(液肥)として利用され、ほとんど農地に還元されます。農地に還元されるうち、71%が畜産農家の経営内での利用、26%が耕種農家など経営外での利用です。
畜産試験場がある十勝は、畑作農家が多いので、昔からよく酪農と畑作の間で堆肥と麦稈(ばっかん、麦わら)の交換がされています。農家どうしの相対取引で、あまりお金のやり取りは発生していないですね。麦稈は堆肥を作るための副資材としても、畜舎に敷く敷料としても良いので、よく使われます。
乳牛のふん尿は、水分率が85%ほどと極めて高く、ドロドロしているので、そのままでは堆肥になりにくいんです。麦稈や稲わら、おがくずといった副資材を入れることで、堆肥にしやすくなります。
課題は、地域によっては周辺に畑作農家が少なく、麦稈といった副資材が手に入りにくいことです。やはり堆肥の副資材になるおがくずや木材チップは、木質バイオマス発電の拡大に伴って値上がりし、農家が入手しづらくなっていますね。
規模拡大で飼養頭数が増えてくると、堆肥にする処理が大変になります。そこで、大規模農家や農協で、ふん尿をメタン発酵させてメタンガスをエネルギーにするバイオガスプラントの建設が進んできました。道内のプラントの数は、2018年の時点で77。このバイオガス発電で作る電気の買い取り価格は高いので、今後も価格が維持され電力会社が買い取りを続けてくれれば、今以上に増えるでしょうね。
ふん尿処理はお金がかかる割に、なかなかお金を生み出さないんです。堆肥を作って地域内の農家に使ってもらう堆肥センターは各地にありますが、儲かっているという話はあまり聞きません。堆肥を作るには、輸送費や副資材の購入費、発酵促進のために切り返す(かき混ぜる)作業で生じる電気代など、お金がかかります。それを上乗せして堆肥が値上がりし、農家が使えなくなっても困るので、価格に乗せづらいところがあるんです。その点、バイオガス発電をすれば、売電分が収入になります。
ただし、バイオガス発電で問題が一気に解決するかというと、そうではないんです。発電をすると、大量の消化液と呼ばれる残渣(ざんさ)が出て、これが畑にまききれないんですよね。基本は畜産農家の飼料用の草地やトウモロコシ畑に還元するんですが、そこだけでは足りずに、畑地でいろんな場面で使ってもらおうという取り組みが進んできました。
バイオガス発電をすればバラ色……ではない
──そうか、バイオガス発電をしても、プラントに入れた排せつ物の残りが出てくるんですね。
湊:消化液は、ふん尿が混じった状態のスラリーほど臭いが強くありません。スラリーを畑に散布するとすごい臭いがするので、観光が盛んな地域でスラリーの悪臭が問題になると、解決策はバイオガスくらいしかありませんね。消化液は臭いが弱く、扱いやすいのですが、90%近くが水なんです。
渡部:畑作側がほしいのは有機物で、有機物としてみると、消化液よりも堆肥の方が優れています。なので、消化液を畑作農家が率先して使うというふうには、なりにくいところがありますね。バイオガス発電をすれば環境的にバラ色になるわけではなくて、できた消化液を最後にどう使うかまで考えないといけないんです。
湊:堆肥を作る過程ではアンモニアも飛んでいくし、有機物も分解されてどんどん減っていくんですけど、バイオガス発電は投入したのと同じ量の窒素が出てくるんです。その量を還元できる農地がないと、消化液をまききれない……となるんですよね。まき過ぎは、牧草の品質にも影響するし、環境負荷にもなるので避けてほしいんですが。過剰な散布で土壌のミネラルのバランスが崩れて、牧草の品質が悪くなると、牛が病気になってしまいます。
そもそも頭数が、面積に合っていれば問題ないんですけど。規模拡大したくて、頭数を増やしていって、その代わり牧草を育てる草地がないから、購入飼料で飼育するとなると、その分だけ窒素がよその土地から持ち込まれることになります。そうすると、どうしてもその土地で循環する養分のバランスが崩れてしまいます。
堆肥や液状肥料を使えば肥料代を節約できる
──頭数と面積のバランスをとるのが一番なのですね。畜産と耕種農家が連携する耕畜連携のために、どんなことが行われていますか?
湊:飼料にするトウモロコシを畑作農家に作ってもらい、その農地に堆肥を使ってもらっています。多いのは、サイレージ(乳酸発酵させたエサ)にするデントコーンですが、最近は実をとる子実コーンや、トウモロコシの穂軸を使うイアーコーンもあります。水田地帯だと、トウモロコシや稲発酵粗飼料(イネの穂と茎葉をサイレージにしたもの)を作れば転作の補助金が出るので、そういうものも活用しながら作っています。
渡部:僕は技術普及室にいますが、ここは畜産試験場の職員に加えて、道の普及指導員もいます。試験場で技術を作り出してもなかなか広がらないところを、この技術普及室が農業現場との懸け橋になって、現場への技術導入を進めるということをやっています。
たとえば、堆肥や消化液を畑に入れればその分、化学肥料を減肥できることを、実際にやってみせて農家に理解してもらっています。なかなか減肥しないで、施肥が過剰になることが多いので、堆肥や消化液がきちんと効いているよと実証して、余計な肥料の使用を減らしてもらうわけです。
湊:そうすれば、肥料代も節約できますし、土壌に余計なものを入れないことで、土壌環境が悪化するのを抑えられます。SDGsにも沿う資源循環型の、持続可能な農業を今後進めていくには、ちゃんと有機物を肥料として評価して、無駄な化学肥料は減らして、経営も改善することが大切です。
ヨーロッパでは農地に還元できる家畜排せつ物の量に上限値が設定されているため、十分な土地がなければ、牛を増やすことはできませんが、日本ではそのような規制はありません。十分な土地を持たない経営では、家畜排せつ物を適切に利用しきれないため、近くの畑作農家にうまく使ってもらう必要があります。飼養頭数を増やす際には、どの畑に、どのような形で利用するのか、あらかじめ計画をたてることが重要です。
今後、持続可能な酪農・畜産業の発展のためには、家畜排せつ物の適切な処理と有効活用がこれまで以上に求められてくると思います。それらに取り組む農場を後押しするような政策的な支援も必要と感じています。