新世代のコメ「金のいぶき」
機能性とおいしさを兼ね備えた初めての玄米食向け品種である「金のいぶき」は、健康志向のトレンドにも乗って各方面から注目を集めている。だが金のいぶきならではの栽培方法がまだ確立されておらず、現時点では作り難い品種だと言わざるを得ない。
これまでさまざまな困難を乗り越え、需要と供給のバランスをかろうじて取りながら評価を高めてきた金のいぶきも、昨年産ではついに欠品を起こした。理由は、天候不順の影響で収量が落ちてしまったからである。ちょっとしたことで収量が半減してしまう「金のいぶき」は、生産者だけでなく流通業者にとってもリスクの大きな品種だということがいえる。
株式会社タカショクのこだわり
タカショクは、宮城県栗原市にある米穀の仕入れ販売と加工を行っている会社だ。品質にこだわり、国際的な食品安全規格FSSC22000認証も取得している。
タカショクの特徴は玄米の取り扱いによく表れている。国内で初めて導入された玄米の殺卵殺菌装置を有する他、倉庫の温度も10℃と一般の米よりも5℃低くしているほどだ。それもこれも高品質な金のいぶきの玄米を流通させるため。コクゾウムシは白米よりも玄米に寄り付き、さらに胚乳よりも胚芽を好む。巨大胚芽米は胚芽が大きくなった分だけコクゾウムシの被害に遭いやすいのである。
当初から金のいぶきの普及に関わってきた社長の佐藤貴之(さとう・たかゆき)さんに話を聞いた。なお、佐藤さんは五ツ星お米マイスターであり、大手電機メーカーの電気炊飯器開発にも協力している。
「コメ消費が減り続ける流れの中でコメビジネスに携わる者として、会社の将来と日本のコメの未来は金のいぶきに懸けるしかありません。残念なことに、今はもう『ご飯を食べましょう』と言って食べてもらえる時代ではないのです。これは日本人にとって、もはやご飯は必要不可欠な存在ではないと認めざるを得ません。さらに糖質ダイエットや糖質オフ商品が人気ですから、積極的に白米を食べる理由は減る一方なのです。救いは、健康志向により雑穀米の人気が高まっていること。したがって食べやすい玄米、おいしい玄米には、お米の新しい魅力にもう一度気づいてもらうだけの価値がある、と私は考えています」
タカショクにおいて、金のいぶきはもっとも取扱量の少ない品種である。しかし力の入れ具合は一番なのだそう。タカショクが販売する玄米のうち、金のいぶきは売り上げの7割を占めるまでに成長しており、利益面でもしっかり貢献しているのだ。さらに香港向けの海外輸出も始まっており、現地での評価も高いという。一番の課題は、思うように取扱量を増やせないこと。佐藤さんは意欲的な生産者を探し続けている。
「世界的に見ても玄米を食べる国はあまりなく、玄米食は日本独特の食文化」、「金のいぶきの普及はタカショクにとっての挑戦でもある」と語る佐藤さん。金のいぶきの才能を引き出せる生産者を探し歩く日々は、まだまだ続きそうだ。
金のいぶきの加工用途開発に取り組む高機能玄米協会
金のいぶきは宮城県が育成した品種ではあるが、普及に際しては株式会社金のいぶきと一般社団法人高機能玄米協会という民間の2つの組織が大きな役割を果たしてきた。事実、これらの立ち上げの中心人物であり、いまも高機能玄米協会事務局長として金のいぶきと共に歩んでいる日浦拓哉(ひうら・たくや)さんに話を聞いた。
「金のいぶきのすごさは、ついたお客さんの離脱率がとても低いことです。誰もが味の違いが分かって、一度食べてもらえれば胃袋をつかめる。こんな品種は他にありませんよ」
金のいぶきの名付け親でもある日浦さん。東日本大震災後の被災地の田んぼで初めて実った姿を見て、この名前が浮かんだそうだ。このような経緯もあり、農作物としての品種権は宮城県が保有しているのに対し、レトルトご飯やおにぎりなどの食品の商標は高機能玄米協会が保有しているのである。
金のいぶきが現れる以前は、巨大胚品種はおいしくなくて当たり前であった。じつは金のいぶきの当初の育種目標は、良食味の巨大胚品種だったのだ。しかし栽培し難さが指摘され、米油生産用としての可能性に着目して用途が変更された経緯がある。したがって最後の最後まで味にこだわって開発されてきたわけではない。この米油プロジェクトが失敗に終わりそうになった際に、諦めきれずに皆で金のいぶきを食べてみたら予想以上においしかったという出来事を経て、もとの用途に戻して普及を図った品種なのである。
「金のいぶき普及の障壁は、優良生産者を確保しきれていないことです。金のいぶき社の買い上げ価格は、10アールあたり9俵取れる生産者にとってはとても魅力的なはずなのですが、場所によっては何をやっても収量が上がらないケースもあります。育成地である宮城県内でも県南では取れにくい傾向ですし、広島県や山口県ではうまく取れた人はいませんでした。県外では、山形県と秋田県は作りやすいようです」(日浦さん)
電気炊飯器の進歩によって玄米ファンは多少は増えたものの、一般消費者には体にはよいがおいしくない米という認識は変わらないままであった。したがって胚芽が大きいだけに白米として売ることができない金のいぶきを作りたい生産者はほとんどいなかったそうだ。日浦さんがこれまでの道のりを語る。
「ファンケルという誰もが名前を知る大口の顧客を最初から抱えていたことが、生産者の生産意欲を高めるのには効果的でした。2018年からはナチュラルローソンのおにぎりやお弁当でほぼ定番になったことで、リピーターが増えましたね。消費者にとって、金のいぶきは玄米でもなく白米でもない存在になってきています。玄米を食べているのではなくて『金のいぶき』を食べている、という言葉に表れています」
さらに、これからの取り組みについても話してくれた。
「金のいぶきと付き合ったこの10年間。本当に大変なことばかりでした。でも、金のいぶきの歴史を100年単位で見た時に、最初の10年は大変なことばかりだったねと、皆で笑い合えるようにしたいと思います。そのために次世代を担う意識の高い生産者に認めてもらえるだけの実績を早く残さないと。当協会で優良生産者認定制度を作ったのも、意欲のある生産者を応援したいからですし」
銀座での認定賞授与式に出たくて頑張ってくれている方もいらっしゃいます、と笑う日浦さんに、金のいぶきに懸ける思いを聞いてみた。
「きれいごとに聞こえるかもしれませんが、日本のためですよ。高品質な金のいぶきを流通させればさせただけ、日本人は健康になる。そうなれば医療費削減につながるんですからね」
農作物は毎年たくさんの新品種が発表される。一方でいつの間にか消え、忘れ去られる品種も多数ある。大きな欠点を理由に消えていくのは正しい姿だが、需要と供給のバランスが取れずに安値がつき、優秀な品種が儲からない品種というレッテルを貼られ、品種寿命を縮められてしまうこともある。
金のいぶきが適切な品質と数量を維持しながら、評判を高めていけるかどうか。増産を急ぎたい宮城県の気持ちは分かるものの、ひとたび過剰生産と品質問題を起こせば、これまで高めてきた金のいぶきへの信頼は失われかねない。
宮城県の手腕が問われるのはこれからだ。