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玄米食ブームで注目の「金のいぶき」 生産者もほれ込む巨大胚芽米の魅力とは

竹下 大学

ライター:

連載企画:育種家目線で見る農業

玄米食ブームで注目の「金のいぶき」 生産者もほれ込む巨大胚芽米の魅力とは

コメ離れ、コメ余り、米価下落。暗い話題ばかりが口をついて出るコメ業界において、「金のいぶき」は数少ない明るいニュースのひとつである。
人によっては白米よりもおいしいと感じてしまう玄米品種「金のいぶき」。精米するよりもおいしい玄米専用品種とするべく、コメの新たな魅力を発揮させようとしているこの巨大胚芽米品種の今を探る。育成元である宮城県古川農業試験場を訪ねるとともに、栽培し難いという声がある中10アールあたり10俵を超える収量を誇る2人の生産者に話を聞いた。

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新世代のコメ「金のいぶき」

巨大胚芽米という新形質米がある。巨大胚芽米とは、胚芽の大きさが普通のコメの3倍にもなる巨大胚品種から取れる米のこと。最近はコンビニなどでも目にする機会が増えてきた「金のいぶき」がそれだ。
玄米は白米よりもずっと栄養が豊富だというのは常識だが、胚芽が大きい分、金のいぶきは普通の玄米よりも栄養価が高いと言える。それだけではない。金のいぶきは玄米の弱点である、味とにおい、硬さが気にならないばかりでなく、白米よりも甘くておいしいという声が寄せられるほど、おいしい品種なのである。

金のいぶきごはん

金のいぶきの玄米ご飯(画像提供:宮城県)

生みの親は宮城県古川農業試験場

金のいぶきを育成したのは宮城県古川農業試験場。1921年に設立されて以来、「ササニシキ」「ひとめぼれ」「だて正夢」といった品種を生み出してきた、伝統あるイネの育種施設である。育種の中心となったのは当時の場長、永野邦明(ながの・くにあき)さんで、当初より良食味の巨大胚水稲品種の開発にこだわりを持っていたという。その永野さんとともに初期から金のいぶきの開発と普及に携わってきた佐々木都彦(ささき・くにひこ)さんに、普及に際しての課題を聞いた。

古川農試建物

宮城県古川農業試験場外観(画像提供:古川農業試験場)

「一番の課題は、栽培し難い、収量が上がらないという声があちこちから上がっていることです。一方で、需要に見合った供給量を確保できていないという問題もあります。栽培面積はようやく200ヘクタールに届いたところなのですが、生産量はまだまだ少ないにもかかわらず、ササニシキ、ひとめぼれ、だて正夢と同列で金のいぶきをPRするぐらい、県としても期待を寄せています」

金のいぶきの一番の弱みは収量が安定しないことだ。言い換えれば、栽培環境と栽培技術の両方がそろわないと満足のいく収量には届かないという難しさがある。そのため古川農業試験場では、栽培マニュアルを作成した上で腕利きの生産者と試験場の栽培チームが講師となる研修会を実施している。
根の張りの弱さをどのようにカバーするか、中干しで土を乾かし過ぎると収量減につながるのでひびが入らない程度にする等、うまく栽培できている生産者のノウハウの共有を県主導で進めているところだ。

「もうひとつの農家の懸念は、金のいぶきがいもち病に強くない点に対してですね。育苗トレイでの育苗中にもいもち病の薬剤散布が必要となりますし、穂いもちの防除も必須です」(佐々木さん)

なお、最適施肥量と施肥のタイミングについては未解決の課題として残っているそうだ。

施肥試験圃場

金のいぶき収量性改善を目指した施肥体系試験(画像提供:古川農業試験場)

金のいぶきを初めて作りこなした木村忠義さん

宮城県登米(とめ)市の木村忠義(きむら・ただよし)さんは4代続くコメの専業農家で、農協出荷はまったく行っていない。約60ヘクタールでコメを作り、うち約10ヘクタールが金のいぶきである。金のいぶきの生産面積と収穫量ともに日本一で、10アールあたりの収量も10俵を超える。これだけではない。木村さんは金のいぶきを最初に栽培した生産者であり、最初に作りこなした名人なのだ。高機能玄米協会が認定する金のいぶき優良生産者のひとりでもある。

木村さん圃場

今年の出来具合を説明する木村忠義さん(写真手前)

金のいぶき稲穂

金のいぶきの稲穂

「金のいぶきがどんな品種かだって? よい品種だよ。ひとめぼれ、ササニシキ、金のいぶきの収穫期がずれ、作業的にちょうどうまく回るところが一番気に入っているね。あと驚いたのは玄米のおいしさ。こんなに玄米がおいしい品種は今までなかった。まあ、コメのうまさでいったら、いまでも登米のササニシキが一番だけどね」

こう話す木村さんが金のいぶきを最初に栽培したのは、東日本大震災の前年2010年のこと。米ぬかから採れる米油の生産量を増やすことを目的として普及に乗り出した「東北胚202号」という名前の時である。

「初めて栽培した年もそこそこ収穫できたけど、安心して作れるようになるまでには3~4年かかったな。金のいぶきは肥培管理と栽培環境によって収量が大きく変わるから、一度作ってやめてしまう人も多いんだ。ひどいと10アールあたり4~5俵という話も聞くよ」(木村さん)

「米という文字がつく土地はおいしい米が取れる」、「登米の土はすごいんだ」、「米作りには登米は最高の場所」、口を開くたびに登米愛があふれてくる木村さん。楽しげにコメについて語る表情の裏には、米作りに対する信念と確固たる自信がみなぎっていた。

木村さんササニシキ

精米したばかりの自慢のササニシキを見せる木村さん

金のいぶきのおかげで農業経営の面白さを知った畑山敏昭さん

農事組合法人「大地・西荒井」代表理事の畑山敏昭(はたやま・としあき)さんも金のいぶき優良生産者に認定されている。宮城県大崎市に圃場(ほじょう)を持つ「大地・西荒井」の水稲の栽培面積は24.5ヘクタールだ。この他に大豆と枝豆を主力作物としている。
畑山さんが金のいぶきを栽培するのは7年目。収量は10アール当たり10俵を超える。

畑山さんともみ

もみの肥大具合について語る畑山敏昭さん

「確かに金のいぶきは栽培し難い面があります。一般的な品種の栽培に慣れ切った人にとっては、手のかかる品種だと言えます。ですが私のところでは10アールあたり10俵を超えてきます。様子を見ながら徐々に作付面積を増やしてきて、今年は6.2ヘクタールと圃場全体の1/4を超えるまでになりました。米価が下がっている中、金のいぶきは収益の柱になっています」

畑山さんによると、いつ肥料を欲しがっているのかがとても分かり難い品種なのだそう。また、不作になるリスクを最小限にするために、どこの圃場が金のいぶきに一番適した環境なのかは、毎年注意深く観察しながら決めるなどの工夫をしている。

「同じイネという見方ではなく、別の作物と思って栽培するのがコツかもしれません」と畑山さんは語る。
「金のいぶきで一番気になるのは、実が入らない『しいな』というもみが結構出る点です。これが遺伝的なものなのか、追肥の仕方でカバーできるものなのか。ここを明らかにしていきたいですね」

畑山さん圃場

畑山さんの圃場で実りの秋を迎えた金のいぶき

畑山さんが金のいぶきにほれ込んだきっかけは、巨大胚芽米だからでもおいしい玄米だからでもなく、そのネーミングからであった。

「『金のいぶき』という名前を初めて知った時に、運命的な出会いだと感じたんです。この品種は自分の人生における金メダルになるって。そのまま何も調べずに、すぐに栽培させてほしいと頼んでしまいました。それが今や経営の柱になっているのですから不思議ですね。まさか金のいぶきに農業経営の面白さを教えてもらうことになるとは」

そう話す畑山さんの目下の悩みは、ほれ込んだ金のいぶきを作ろうとする専業農家がなかなか増えないことなのだそうだ。どうも金のいぶきは、作り手の本気と根気が問われる品種のようである。

金のいぶきの改良品種はすぐに生まれるか

古川農業試験場は金のいぶきの改良品種となるかもしれない「東北胚232号」を育成、場外での試験も行っている。
東北胚232号はいもち病の抵抗性遺伝子を持つため、いもち病にはかかりにくい。最終的な評価は下されていないものの、収量は金のいぶきよりも安定していそうだ。2021年には優良品種決定のための試験を含めて、宮城県内4カ所で現地試験が行われ、収穫を終えている。今年の結果では、平均収量は金のいぶきを上回っていることが確認された。

それでは、東北胚232号がこのまま金のいぶきの改良品種になり得るのかといえば、そうは簡単にはいかない事情もある。栽培性では金のいぶきよりも優れていそうな東北胚232号の懸念点は、食味に対する消費者の評価だ。実際のところ、金のいぶきよりもご飯がやや硬いという声が多い。

民間の立場で金のいぶき加工米の普及拡大を推進している株式会社金のいぶき社長尾西洋次(おにし・ようじ)さんはこうコメントしている。
「どちらが優れているということではなく、それぞれの良さと特徴を生かす道も考えられます。家庭用にはやはり金のいぶきの方がよいですが、業務用であれば炊飯の仕方次第で硬さを改善できるため、栽培性に優れる東北胚232号は業務用に使うこともできるのでは」

品種育成の難しさを、古川農業試験場の佐々木さんが振り返りながら語ってくれた。
「正直、金のいぶきはよくここまできたな、よく品種になったなという気持ちです。両親が突然変異体でしたし、普通では絶対に交配しない組み合わせですから。育成の中心人物であった前場長の永野の着想は、いまでもすごいと思います」

生産量が少ないままで終わってしまわないように、行政とタイアップしながら農家をサポートする仕組みを作りあげ、金のいぶきの普及を成功させたいと力強く語ってくれた佐々木さん。古川農業試験場の誇りにかけて、実現に向けて取り組み続けている。

交配室

イネの交配温室(画像提供:古川農業試験場)

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