ユニバーサル農業で経営改善する農業法人
「農福連携」や「障害者雇用」という言葉を聞くと、社会貢献や慈善活動といった福祉的なイメージを思い浮かべる人も多いだろう。しかし、はっきりと「経営のために障害のある人々と組む」と宣言し、「ユニバーサル農業」という経営手法で成功している農業法人がある。静岡県浜松市で水耕野菜を生産する京丸園株式会社だ。
ユニバーサル農業とは、障害者や高齢者の農業による社会参加や生きがいづくりを「農業経営の改善」につなげる取り組みのこと。それは、人手不足の解消や人件費の抑制といった意味ではない。「彼らと組むと経営が良くなる」と京丸園社長の鈴木厚志(すずき・あつし)さんは強調する。「組む」という言葉には、彼らを経営の大切な相棒として尊重する鈴木さんの意志が感じ取れる。今は社員の約2割が障害者だ。

収穫作業をする社員(画像提供:京丸園)
そんな京丸園の取り組みは各方面で評価され、2019年に第48回日本農業賞大賞、第58回農林水産祭天皇杯を受賞。さらに農福連携の優良事例を表彰する「ノウフク・アワード2021」のグランプリに選ばれた。

京丸園社長の鈴木厚志さん。NPO法人しずおかユニバーサル園芸ネットワーク事務局長でもある
絵本になったユニバーサル農園
京丸園にはユニバーサル農業について知りたいと、各方面からの視察が絶えない。鈴木さん自身もユニバーサル農業の普及のために、全国各地で講演などを行っている。
そんな京丸園のユニバーサル農業が絵本になった。
めねぎのうえんのガ・ガ・ガーン!
文・絵:多屋光孫(たや・みつひろ)
出版:合同出版
2021年12月に発行された絵本「めねぎのうえんのガ・ガ・ガーン!」には、京丸園がユニバーサル農業に大きくかじを切るきっかけとなった実際のエピソードが描かれている。
「めねぎのうえん」とは芽ネギを主力商品とする京丸園のこと。物語は、近所の特別支援学校の先生が2人の生徒を連れてきて「ここで働かせてもらえませんか」と言うところから始まる。鈴木さんは「この子たちが働けるわけがない」と依頼を断るために芽ネギの植え付けがどんなに難しいかを説明する。しかし1週間後、先生は生徒たちができる方法を考えて、鈴木さんの前できれいにやって見せる。長年の訓練をしないとできるようにならない仕事だと思い込んでいた鈴木さんにとって最初の「ガーン!」だった。

先生が下敷きを使って芽ネギの苗を植え付ける様子に衝撃を受ける。「めねぎのうえんのガ・ガ・ガーン!」より(画像提供:合同出版)
その後も、生徒がゆっくりでも丁寧に掃除をしてくれたおかげで害虫が減るなど、その働きぶりや先生の言葉に何度も「ガーン!」と衝撃を受ける鈴木さん。さまざまな出来事を通じて障害者に対する思い込みを覆されると同時に、次第に農園全体が彼らのおかげで改善されていることに気づいていくというストーリーだ。

各ページに登場するユーモラスな芽ネギグッズの数々は作者の多屋光孫さんのアイデアによるオリジナル。「めねぎのうえんのガ・ガ・ガーン!」より(画像提供:合同出版)
企画と編集を担当した合同出版編集部の坂上美樹(さかがみ・みき)さんも、あえて鈴木さんの「福祉を意識しない」ところに着目している。合同出版は人権や福祉に関する書籍を多く出版している会社だが、鈴木さんが経営的な視点で障害者を農業に取り込む姿勢が、子供だけでなく大人にもさまざまな気づきを与えるものになると考え企画に踏み切ったという。
実際、京丸園に視察に訪れた人も「目からウロコが落ちた」と言って帰っていく人が多いと鈴木さんは言う。「障害者というとどうしても『守ってあげなくちゃいけない』とか『彼らのために何かしてあげなくちゃ』と思う人は多いんですよね。でもうちは営利企業ですから、農業経営が良くならないと彼らを雇い続けられない。彼らを入れることで自分たちの農業を変えるんです。でないと、働けるか働けないかという視点だけで彼らを見てしまうことになる」と、ユニバーサル農業による経営的なメリットを強調する。
この絵本はバリアフリー絵本としても評価され、「2023年IBBY(国際児童図書評議会)バリアフリー児童図書」に日本からノミネートされる10冊のうちの1冊に選ばれた。ノミネートされた児童書は、世界でも著名な絵本賞の審査対象になるという。日本の農福連携が絵本を通じて世界に発信される日が来るのかもしれない。
地域にユニバーサル農業を広げていく
「最近、地域に目を向けるようになった」と鈴木さんは言う。これまでの京丸園のターゲットは主に全国のホテルやレストランなどの飲食店。営農形態もハウスでの水耕なので、地元との関連は薄かった。しかし、地域に注目せざるを得ない状況が、農園の周りで起こり始めたのだ。
京丸園は新幹線の停車駅である浜松駅から1駅の場所にある、いわゆる都市型農業の農園だが、周囲の農家が離農し耕作放棄地が増えてきた。「この辺りは中途半端に都会なので、大規模化のための農地集積もできない。だから水が来てないとか機械が入れないとかいう土地が耕作放棄される。うちはハウスで水耕栽培していますが、周りの農地が荒れると景観も悪いし、何よりハウス内の虫が増えるんですよ。これを放っておいたらうちが困る」と鈴木さんは言うが、自分だけの課題として終わらせはしない。自治体や企業も巻き込んだ地域全体の課題として、解決のためのプロジェクトを立ち上げた。

京丸園近くの耕作放棄地。こうした土地が点在している
福祉の現場からは、これまで就労は難しいとされてきた障害の重い人も働けるようにしていこうという動きがある。一方、企業はより多くの障害者雇用をして社会的責任を果たしたい。そして農業者は耕作放棄地を活用したい。これらすべてを解消し、さらに収益を上げるプランを実行しようとしている。耕作放棄地に企業を誘致して障害者を雇用してもらい、そこでコメやサツマイモを栽培するという計画だ。
京丸園には、IT企業の特例子会社(企業が障害者を採用するために設立する子会社)であるCTCひなり株式会社に作業委託をするなど、企業と協働してユニバーサル農業を実現してきたという実績もある。そうした企業の力を障害者雇用の拡大と耕作放棄地の解消に活用しようとしている。
雇用する障害者はこれまでよりも障害の重い人を想定しているため、これまでの農作業以外の仕事も新たに必要になる。通勤のついでに市内の飲食店に野菜やコメの配達をし、コーヒーのかすをもらって戻るという、配送としての働き方も計画しているという。もちろんそのコーヒーかすは農業で再利用される。
「彼らも働き方を選びたいと思うんですよね。だから農業にはいろんな仕事があるよということを伝えていきたい」という鈴木さん。しかしすぐに「もちろん、単なる地域貢献でもボランティアでもない。これも事業の柱の一つとして、農業経営を強くするためにやるんですよ!」と付け加えた。
鈴木さんは「障害者とひとくくりにしない。決めつけてしまうことは可能性を奪う」と強調する。社員に障害があってもなくてもその人の働きやすさを追求し、より良い農業経営を実現する。それがユニバーサル農業なのだろう。