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農家が醸造所を稼働 青森県産リンゴのブランデーを100億円産業に

窪田 新之助

ライター:

農家が醸造所を稼働 青森県産リンゴのブランデーを100億円産業に

青森県の特産であるリンゴの栽培面積が減り続けている。背景にあるのは高齢化と労働力不足とされる。「この流れを止めたい」。青森県つがる市の農家・木村愼一(きむら・しんいち)さんはその一念から、県産リンゴを原料にしたブランデーの醸造所を稼働させた。県を代表する産業の再興に懸ける思いを聞いた。

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観光施設近くの醸造所では飲み方を提案

五所川原駅近くにある「モホドリ蒸溜研究所」

青森県のJR五所川原駅から歩いて5分少々の距離にある、五所川原市の観光名所「立佞武多(たちねぷた)の館」。巨大な人形灯籠(とうろう)を飾る同館の真向かいに、木村さんが経営する有限会社サンアップル醸造ジャパンによる醸造所と直売所を兼ねた「モホドリ蒸溜(じょうりゅう)研究所」はある。「土地代が安い郊外に建てようか迷ったんだけど、周りの人たちに相談したら、観光客が来るここのほうがいいということになってね」(木村さん)

建物に入ると、中央にテーブルが1台置かれている。そこに陳列してあるのは同社が製造したリンゴのブランデー「LOVEVADOS(ラブヴァドス)」の2種類の瓶。500ミリリットルと180ミリリットルがあり、アルコール度数は25度である。

飲み方はいろいろだ。ストレートやロック、炭酸割り、カクテルなど。建物内では有料で試飲する一角を設けて、そうした飲み方を伝えている。

同社が酒造免許を取得したのは2021年3月。それをあてこんで確保しておいた2020年産のリンゴ2500箱(1箱20キロ)を原料に、まずは500ミリリットル瓶にして6000本分を製造した。2021年産については2万2000箱分を仕入れた。
販売はモホドリ蒸溜研究所の店舗とECサイトのほか、問屋経由で全国に販売している。木村さんは「今のところ順調に売れている」と語る。

リンゴのブランデー「LOVEVADOS」

目指すべきは「儲かる経営ではなく、損をしない経営」

県内の農家にブランデー用のリンゴづくりを勧める木村さん

木村さんは1950年、つがる市のリンゴ農家に生まれた。おいしいリンゴを食べて育ち、「リンゴが好きだから農家になった」という。家業を手伝い始めたのは高校を卒業してから。一方で26歳の時に仲間と事業を始める。青森県深浦町で当時日本最大級の経営規模とうたわれた黄金崎農場を創業したのだ。
木村さんが同農場で力を入れた仕事の一つに、ダイコンやジャガイモの生産と契約栽培がある。ダイコンについては漬物やつま、おでんの具材などの加工業者、ジャガイモについてはポテトサラダやポテトチップの加工業者との取引を進めていった。
「契約栽培にしたのはお金の計算ができるから。市場に出荷をすれば、相場が値段を決めてしまう。委託販売だから、自分で値段を決められない。それこそばくちで、良いときもあれば悪いときもある。そんな経営は危ないなと思ったね」(木村さん)

木村さんはこの時の経験から目指すべき経営の姿をとらえた。それは「儲かる経営ではなく、損をしない経営」である。
この考え方は醸造所をつくる一つの基になっているという。「青森のリンゴ農家はとにかく良いリンゴを作ろうと手をかける。この地にリンゴが根付いて150年続いてきた文化だから、もちろんそれを否定するつもりはない。でも、放棄される園地が出ているなら、そうしたところで手のかからない加工用リンゴを作ってみたらいいんじゃないか。残念ながら、まだそこまで思い至る農家はなかなかいないけど……」

契約農家にとっての利点は栽培の省力化と収入の安定化

こうした主張には青森県のリンゴ産業への懸念がある。高齢化と労働力不足の影響で、リンゴの栽培面積は減少の一途だ。1990年に2万5300ヘクタールだったのが2019年には2万500ヘクタールとなり、この約30年間で2割近くの減少である。

農家が青果ではなくブランデーの加工原料用として出荷するのであれば、基本的に外観の品質は問われない。そのため摘葉・摘果や袋掛けをはじめとした外観に関わる多くの作業は不要になる。農家がブランデー向けのリンゴの栽培面積を広げるほど、省力化になるというわけだ。加えて、買い取り価格は毎年固定しているので、収入の見通しも立ってくる。

輸出に向けて語り続ける

「モホドリ蒸溜研究所」の蒸溜器

青森県産のリンゴの販売額は1000億円を超える。木村さんはブランデー事業をその1割に当たる100億円にまで育てたいという思いを持っている。「100億円くらいの規模になれば、青森県のリンゴ産業に貢献できたことになる」(木村さん)
醸造所の名前を、津軽弁でフクロウを指す「モホドリ」にしたのは、そんな思いを込めたかったから。フクロウはリンゴにとっての害獣であるハタネズミを捕食する益獣として知られる。木村さんは「ブランデー造りでフクロウのようにリンゴ産業に貢献していきたい」と語る。

ブランデーの製造業を100億円産業にするには製品を輸出したい。木村さんはその展望を「すでに青森県産リンゴを輸出している国や地域は多いので、そうしたところを足がかりに輸出を広げていけば、100億円も夢ではない」と話す。

本場の欧州と比べても品質では負けない自信がある。木村さんがリンゴのブランデーと出会ったのは、青森県主催の研修会で30年前に訪れた欧州の農家。自ら生産したリンゴを原料にブランデーを造っていた。「有名なフランスのカルヴァドスの農家にも行ったけど、はっきりいって原料のリンゴの品質はめちゃくちゃだった。それでもあれだけの酒を造れるんだから、青森県産のリンゴならもっといい酒が造れるよ」(木村さん)

木村さんにとって夢は語るもの。30年前に欧州を訪れてから、「ブランデーを造りたい」と周りに語り続けてきた。時間はかかったが、協力してくれる人が増え、醸造所を開くに至った。輸出についても声高に語り続けていれば、いつか実現できると木村さんは信じている。

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