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ブドウの育種家が挑むロイヤリティビジネス 日本生まれの品種をニュージーランドで栽培へ

山口 亮子

ライター:

ブドウの育種家が挑むロイヤリティビジネス 日本生まれの品種をニュージーランドで栽培へ

「世界に向かって羽ばたいていく、日本を代表するブドウの品種になってほしい」。株式会社林ぶどう研究所(岡山市)代表取締役の林慎悟(はやし・しんご)さん(冒頭写真右)がこう期待を寄せるのは、自ら生み出した品種「マスカットジパング」だ。10年がかりで、およそ1万回の交配から作り出し、2014年に品種登録した。「ジパング」は、マルコポーロの『東方見聞録』で「黄金の国」として紹介された東方の島国で、日本説が濃厚だ。そのジパングを名前に冠した品種を、林さんはニュージーランドの大規模なブドウ園で生産しようとしている。

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「品種に勝る技術なし」という言葉を胸に育種続ける

林さんは、ブドウの育種と栽培を30アールで手掛ける。2000年に岡山市の実家で就農すると同時に、育種を始めた。「育種は儲からないからやめた方がいい」という周囲からの反対をはねのける精神的な支えになってきたのが「品種に勝る技術なし」という言葉だ。優れた品種を生み出すことで農家を支えたいと、ブドウを栽培する傍らでコツコツと交配を重ねてきた。

「マスカットジパング」は、大きいものだと、一粒の大きさがピンポン玉ほどになり、一房の重量は1キログラム以上に及ぶ。種がなくて皮ごと食べられる手軽さと、甘みの強さも無視できない。百貨店や高価格帯の青果店などでは、贈答用として高値が付く。

大粒で香りの高い「マスカットジパング」

林さんがその育種と栽培をしているのは、ガラス張りの三角屋根を木の柱が支える古めかしいガラス温室だ。厚みのあるガラスを使っている分、一般的なビニールハウスよりも差し込む光がやわらかく感じられる。この温室は、雨に弱いマスカットを高温多湿の日本で栽培するため、まさに林さんが営農する地域で明治時代に開発された。先人たちが試行錯誤して作り出した温室で育てた新品種を、林さんは世界に問おうとしている。

株式会社GREENCOLLAR(グリーンカラー、東京都中央区)とともに、早ければ2024年から、同社のニュージーランドの農場で商業目的で栽培を始める。

昔ながらの木造のガラス温室

ICT駆使し高い栽培技術を維持

グリーンカラーは、2020年にニュージーランドで10ヘクタール弱の農場を取得済みで、将来100ヘクタールまで広げると掲げる。ニュージーランドの農場には、日本生まれの赤いブドウで「シャインマスカット」を親に持ち、大粒で濃厚な甘みと程よい酸味を併せ持つ「バイオレットキング」の苗木をすでに植えている。収穫したブドウを「極旬(ごくしゅん)」という独自ブランドで主に日本やニュージーランドのほか、中国やシンガポールなどで販売している。

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ニュージーランドではワイン用ブドウの栽培が盛んな一方、日本のように手間をかけて生食用ブドウを栽培する文化がない。高品質のブドウを現地でも安定的に栽培するため、同社はICT技術を駆使する。気象や生育状況、作業内容などのデータを蓄積し、病害虫の発生や品質を予測したり、ブドウの粒を間引く摘粒(てきりゅう)や収穫といった作業をする適期を自動で判断したりする技術を作り上げようというのだ。

農場では、気温や雨量、日射量、土壌水分、土壌温度などを測るのはもちろん、ブドウの木の生体情報まで取得する。樹液の流れや幹の太さ、葉が濡れているかどうかといったさまざまな情報を得るべく各種センサーを設置している。

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同社代表取締役の鏑木裕介(かぶらぎ・ゆうすけ)さんは、「桜の開花時期を予想する『桜前線』のブドウ版を作りたい。今年は例年よりも前倒しで作業する必要があるというような作業工程の予測を立てられるようになれば」と話す。近い将来の作業予定を立てやすくし、効率的な人員配分をしつつ、収穫物の質を高めることを狙う。

加えて、高い技術の継承を可能にする教育支援ツールを制作している。具体的には、ブドウの栽培技術を体系的に画像や映像、テキストにし、熟練農家の技やこれまで言語化されにくかった暗黙知を可視化し、繰り返し学習できるようにしている。特に習得の難しい摘粒は、どの粒を間引けば理想的な形に仕上がるか疑似体験できるアプリを作った。

摘粒を疑似体験できるアプリの画面(画像提供:株式会社GREENCOLLAR)

現地で育種まで

高品質な日本生まれの生食用ブドウを海外でも生産し、市場を広げる。さらには、農家が南半球と北半球で年2回栽培の経験を積めるようにし、農閑期に仕事がない状態を解消する。そんな狙いで現地農場を作ったグリーンカラーは、2020年に林さんと出会い、事業に新たな方向性を付け加えることになった。それが、品種の育成者権に対価を支払うことで成り立つ「ロイヤリティビジネス」である。

同社は、品種登録されておらず、育成者権の及ばない「巨峰」や育成者から許諾を得た「バイオレットキング」を栽培していた。そこに林さんたちが加わったことで、「マスカットジパング」を栽培し、育種を手掛けるところまで構想を膨らませた。

「現地に単純に品種を持っていくだけだと、うまく栽培できるか分からない。加えて、消費者の嗜好が多様化するなか、今ある品種もいつまで流行が続くか分からない。そこで、栽培だけでなく育種を一緒に手掛けてはどうかと提案したんですね」(林さん)

林さんが新たな交配で生み出した苗

夢に見たロイヤリティビジネスを海外で

ヨーロッパやオセアニアの一部では、収穫物の販売額に対して一定の割合の許諾料を育成者に支払うロイヤリティビジネスが浸透している。林さんも岡山県内で販売額のいくばくかを農家から集める仕組みを作れないか検討したものの、理解を得られずあきらめた。販売額からの徴収が難しければ、苗代を上げるという選択肢もある。しかし、うまく作りこなせるか分からない苗に高い代金を払ってもらうのは難しく、これもあきらめた。

林さんは「マスカットジパング」の育成者として苗の販売をしているものの、育種は商業的に成り立っていない。品種の開発や苗の育成にかかった費用と、育種をせずにブドウの栽培のみをすれば得られたはずの利益を機会損失として合わせると、およそ2000万円になる。そのうち、回収できたのは500万円に満たない。

「品種から得られる利益を育種家に還元する仕組みがないと、育種自体が衰退する」
こう危機感を強めつつも、林さんは国内で育種にかかった経費を回収することができなかった。それだけに、ロイヤリティビジネスが一般的なニュージーランドに育成した品種を送り出し、現地で育種も手掛けることを心待ちにしている。具体的には、収穫物の販売額の数%程度のロイヤリティを受け取ることで、育種を無理なく続けられるようにする。

林ぶどう研究所の取締役で経営戦略の構築を担う眞鍋邦大(まなべ・くにひろ)さん(冒頭写真左)は、「品種はイノベーションの源泉」だと強調する。「それを生み出す育種自体を、夢のある世界にしていきたい」と、ニュージーランドでロイヤリティビジネスの第一歩を踏み出すことに意気込み十分だ。

株式会社林ぶどう研究所

株式会社GREENCOLLAR

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