「耕畜連携」のコメを売る農家
編集者の最近のネタ探しといえば、SNSだ。農家の投稿内容は作業の様子や収穫した野菜の写真などが多い印象だ。
いつも通りネタを求めてSNSのフィードやタイムラインを見ていたところ、インスタグラムで、コメの配達の様子をアップし続けている人を見つけた。その写真には、「牧場の恵み米」と書かれた袋が写っている。投稿の主は、関口直樹(せきぐち・なおき)さん。群馬県高崎市の大八木ライスファーム代表だ。
写真に写っていた牧場の恵み米は、畜産農家から提供してもらった堆肥を使って栽培した減農薬のコメだという。いろいろ調べたところ、大八木ライスファームでは飼料米を生産したり、稲わらやもみ殻を畜産農家に提供したりもしていて、「耕畜連携」歴は10年以上にもなるよう。
最近話題の耕畜連携のネタを発見し、筆者は浮かれて早速取材を申し込んだ。すると意外にもすぐにOKをもらえたので、「現場の話が聞ける!」と喜び勇んで関口さんを訪ねた。
しかし取材当日、すぐに出鼻をくじかれることになる。「最近、耕畜連携に注目が集まっていますが……」と投げかけたところ、即座に「ハッキリ言って、すごく手間だよ」と返って来たのだ。「飼料不足だから、肥料不足だからと『耕畜連携』って簡単に言うけど、そんな甘いもんじゃない」。筆者の甘い考えは見抜かれ、早くも打ち砕かれることになった。
そんな関口さんに、耕畜連携について話を聞いた。
おいしいコメを作りたくて
関口直樹さんは1982年生まれの40歳。幼いころから兼業農家だった祖父の手伝いが大好きだったという。高校卒業後、地元で優良企業とされる製造業の会社に就職し、同時に兼業農家として農業も始めた。祖父から引き継いだ農地はわずか30アールで、周りは住宅が点在する市街化調整区域。ほぼゼロからの新規就農だった。

大八木ライスファームの田んぼの先にはすぐ住宅がある
就農当初からこだわっていた作物は、コメ。「コメが好き。野菜や果物のように丁寧に世話しなければならない品目は自分に向いていない。大きな機械に乗って作業するのがいい」と関口さんは言う。周囲の農家が離農するときには関口さんに農地を預かってほしいと声がかかることが多く、次第に田んぼの面積が増えていった。現在は全部で約25ヘクタールだ。
コメにこだわる背景には、幼いころの経験がある。関口さんの母親は山形県のコメどころの出身。母の実家で食べたコメは本当においしかったという。「母の実家から帰ってこっちのコメを食べると、まずく感じた。うちで食べていたコメは農協の共同利用施設で地域のコメをまとめて乾燥、調整したもの。ちゃんと作っている人のコメもそうでない人のコメも一緒にされてしまう」。そこから、自分自身でおいしいコメを作りたいという思いが芽生えた。
就職した製造業の会社での経験も、関口さんの農業への考え方に影響した。「製造業では、良いものを作るために改善をしていく。その改善を農業でもやれば、もっとおいしいコメが作れるはず、と思った」。常に改善を求める思いは、今でも関口さんの農業の根幹にある。
さらにJA出荷ではなく自分の力で販路開拓する道を選んだことも、コメの付加価値を上げたいという思いにつながった。
「耕畜連携」の道へと導いた酪農家の存在
そんな模索をしながら就農して10年近くたった27歳のころ、人との縁が耕畜連携へと関口さんを導くことになった。「酪農をやっている同級生がいて、うちの堆肥を使ってみれば、と言ってもらえた」という。この酪農家が、今も大八木ライスファームに堆肥を提供する、群馬県東吾妻町にある富澤牧場代表の富澤裕敏(とみざわ・ひろとし)さんだ。
まずは15アールの田んぼに堆肥を入れてみることから始めた。それ以外は全く栽培方法を変えずにコメを作り、それを収穫して化成肥料で育てたものと食味計で測って比べてみた。結果は明らかに、堆肥で作ったものに軍配が上がった。
ちょうどその前後、会社勤めのほうではリーマンショックを経験。「正社員だったから影響は少なかったけど、残業は減った。農業が順調だったので、こっちでどうにかならないかと考えるようになった」という。30歳になるころには、「サラリーマンを辞めて農業に専念したい」という思いも高まっていった。しかし周りは皆、安定した職や収入を捨てることに反対した。
そんな中、味方になってくれたのが富澤さんだ。「一緒に自分たちと同じような耕畜連携に取り組んでいる農場に見学に行って、そこの社長の話を聞いてきた。それで、自分たちがやっていることはおかしくない、と確信が持てた」(関口さん)。さらに富澤さんは、関口さんの背中を押す提案をした。富澤牧場で働いて安定した収入を確保しながら、自分の農業もすれば、と言ってくれたのだ。
酪農従業員を3年、耕畜連携の大変さを実感
それから関口さんは3年間、富澤牧場の社員として働いた。車で1時間かかる牧場に通い、搾乳や自給飼料の栽培、堆肥の管理などの業務に従事。そこで知ったのは、酪農家の仕事の大変さだ。「堆肥は、ただ置いておくだけで温度が上がって発酵して堆肥になるわけじゃない。ローダーでかきまぜて切り返しをしたり、水分調整の資材を混ぜたりして、管理は本当に大変」と関口さんは当時を振り返る。だからこそ、にわかに耕畜連携に注目が集まっていることに対して、歯がゆい思いを抱えている。「簡単で取り組みやすいものなら、とっくにみんなやっているはず。コメ農家も畜産農家も大変だから、これまでやってこなかった」と、互いにメリットだけではないことを強調する。
現在、大八木ライスファームの堆肥は富澤牧場のほか、安中市の松本牧場や近所の和牛繁殖農家の平井さんからも提供してもらっている。平井さんは、堆肥散布の機械も無償で貸してくれるという。「本当に持ちつ持たれつ」と関口さんは言う。昨年使用した堆肥の量は300トン。運ぶ手間も散布のための労力も、化成肥料でのコメ作りに比べて、何倍もかかっている。
現在、堆肥を使っている田んぼは約15ヘクタール。関口さんは「水面がきれいで、虫や微生物がたくさんいるのを感じる」と言う。さらに、堆肥を入れている田んぼの代かきの際にトラクターに少し抵抗がかかることから、「牛ふん堆肥は土壌改良の効果があるので、土が粘土質になって保水力が上がっているのでは」と語る。
すでに10年以上堆肥を入れている田んぼもあり、「そろそろ堆肥の量を減らさないといけないところも出てきた」という。堆肥を入れ過ぎると、稲が倒伏してしまうこともあるからだ。そうした調整も、関口さんの栽培技術の見せ所だ。
SNSは戦略でもあり、コミュニケーションツール

関口さんの名刺は2つ折りになっていて、開くと牧場の恵み米の宣伝になっている
こうして工夫を重ねてきた牧場の恵み米は10キロ3000円で、主に飲食店に販売している。営業方法はほとんどが飛び込みだ。食事に行っておいしかった店にサンプルを置いていくこともあるという。そうやって地道に開拓を進め、現在は取引先は34店ほどになり、中には東京都内の店もある。関口さんのコメを使っている店はおいしい店だと、友人たちの間で評判になっているそうだ。
出荷は月4トンにもなるが、関口さんは「どんなに遠くても、精米したてを自分で届ける」ことにこだわる。

牧場の恵み米は注文が入ってから精米し袋詰めをする
ガソリン代も高騰するいま、そこには関口さんならではの戦略がある。「自分で届けて『配達しました』とSNSで上げるだけで宣伝になる」からだ。さらに、作業日誌代わりに作業の様子も頻繁に投稿している。フォロワーは、取引先の飲食店や農家仲間で、コミュニケーションツールにもなっている。
そんな中、コロナ禍が大八木ライスファームを襲った。「一番の強みだと思っていた販路が、弱みになってしまった」と関口さんは振り返る。コメの売り上げは回復してきたが、それでも飲食店側の客足はまだ完全に戻っていない状況だ。にもかかわらず、燃料や資材の高騰で農家が苦境にあるというニュースを気にしてか、取引先は「値段を上げなくていいのか」と心配してくれるという。「まだギリギリ頑張れる。この状況で値上げして、共倒れになりたくない」と関口さんは飲食店への配慮も見せた。一方でSNSの縁で飲食店以外の販路も拡大しつつあるという。
農地が市街地に近いからこその耕畜連携
大八木ライスファームの耕作面積は広がり続けている。「お前は若いんだから」と周りの農家から農地を預からざるを得ない状況だからだ。来年はまた1ヘクタール半増えるという。しかし、大八木ライスファームの田んぼは市街地も近く住宅も点在し、集積は難しい。実際、関口さんが管理する田んぼはかなりの広範囲にわたって分散しており、効率が良いとは言い難い状況だ。
関口さんは今の営農スタイルを選んだ理由について「消費者や飲食店が目と鼻の先にいる土地だから、耕畜連携で差別化したコメを作り、自分で売り先を開拓するという発想になった」と言う。よりおいしいコメの基準も「誰に使ってもらっているかが大事」と断言する。

大八木ライスファームの乾燥調製施設
関口さんは念願の自前の乾燥調製施設を建設。そのほかにも精米施設や保冷庫など、「これまでの設備への投資額は1億円を超える」という。そして今は自分の営農だけでなく、地域全体の農業にも目を向けている。2022年は群馬県優良青年農業者として表彰されるなど、地元の若手農業者の中心的存在として活躍している。
関口さんが言うように、耕畜連携は一朝一夕にできるものではない。畜産農家との関係構築など、一つ一つ丁寧に積み上げることで初めて実現する。しかも、自分の置かれた営農条件と理想の営農スタイルが合致しなければ、継続は難しいだろう。本当に、耕畜連携は甘くない。
肥料や飼料の価格高騰といった外的要因や、持続可能な農業といった雰囲気に振り回されることなく、耕畜連携を続けていくためにはどうしたらよいのか、まずは自分の置かれた場所をよく見つめることから考えてみるのが良いのかもしれない。