大手米卸とコメの集荷会社が就農支援でタッグ
場所は加須市の郊外。神明アグリイノベーションの所在地を訪ねると、地面を格子状に深く掘り、農業関連の施設を建てるための基礎工事が進められていた。コメの乾燥や調整を行う施設だ。2025年3月の完成を予定している。
神明アグリイノベーションは大手米卸の株式会社神明と、のりす株式会社(埼玉県吉川市)が2023年9月に設立した。のりすは埼玉県加須市や春日部市、吉川市などの25軒の稲作農家からコメを集荷している。
のりすが集めたコメを神明に販売する形で、両社は10年以上前から取引があった。その際に重視したのは取引の安定。神明は大手外食チェーンなど売り先を確保したうえで、のりすからコメを仕入れてきた。
「今後10年を考えると、コメの消費を増やすより、生産を維持する方が重要な課題になる」。神明の米穀事業本部に所属し、神明アグリイノベーションで取締役を務める松木飛鳥(まつぎ・あすか)さんはそう話す。
共同出資で会社を立ち上げた背景には、神明のそんな危機感があった。日本の食料問題に直結するテーマだ。では神明アグリイノベーションは、この重い課題を解決するためにどんな役割を担うのだろうか。
目指すのは稲作の新規就農者の育成だ。2~3年間の技術研修を用意し、独立した後の営農までサポートする仕組みづくりに取り組んでいる。
担い手農家とコンサルが栽培と経営を指導
稲作農家の育成には多くの課題がある。栽培技術の指導や経営計画づくりのアドバイス、農地の確保や設備投資の負担の軽減、販路の確保だ。神明アグリイノベーションはそのすべての解決を目標に掲げる。
栽培技術を指導するのは、のりすにコメを出荷している担い手の農家だ。有限会社早川農場(加須市)の代表、早川良史(はやかわ・よしちか)さんはその1人。90ヘクタールの大規模農場で研修生を受け入れる。
早川さんによると「この10年で農場の規模が倍になった。引き受けきれない田んぼもある」という。加須市は平地の田んぼが多く、生産効率は決して低くない。それでも担い手が足りず、耕作放棄が増えつつある。
農地が荒れるのは防ぎたい。だが人手が足りないのに田んぼを借りると、管理がおろそかにかりかねない。必要なのは次代を担う農家の育成。そう考えて、神明アグリイノベーションの取り組みに参加することにした。
新規就農者にとって併せて重要なのが、営農計画づくりだ。収益計画を立て、必要な資金を確保するのは欠かせないテーマ。だがともすると、栽培技術の習得の後回しになりがちになる。
農業分野のコンサルティングを手がける土屋仁志(つちや・ひとし)さんがこの課題をフォローする。武蔵野銀行(本店さいたま市)で10年余り農業と他分野のビジネスマッチングなどを手がけた経験がある。
早川さんとは、銀行員だったときからのつき合い。神明アグリイノベーションの発足に当たり、営農を軌道に乗せるうえでカギを握る収益計画について、新規就農者にアドバイスする役割を担うことになった。
ここで重要なのは、研修生が独立した時点で、早川さんや土屋さんたちの支援が終わらない点だ。本当に課題に直面するのは言うまでもなく独立した後。就農者に寄り添い、その克服に向けて助言する。
コメの乾燥調整施設を建設
さらなる課題は農地の確保。新規就農者の多くが最も苦労するのが、田畑を貸してくれる先を見つけることだ。とくに地元の出身者でない場合、農地を見つけるのにかなりの時間を要することが少なくない。
そこで効果を発揮するのが、地域の農業の担い手が参加している点だ。農地が荒れるのを防ぐため、耕す人がいなくなった田畑を引き受けてきた早川さんたちの存在は、就農者の信用力を高めるうえで大きな力になる。