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「誰も農業を知らない2」著者に聞く【前編】プロ農家が語る、日本農業の行く末

相馬はじめ

ライター:

「誰も農業を知らない2」著者に聞く【前編】プロ農家が語る、日本農業の行く末

ちまたにあふれる農業情報は、どこか表面的で本質を捉えていないと感じたことはないでしょうか? そういったマスコミなどが報じるニュースとは一線を画し、生産者でさえ知らない日本農業の姿を伝えているのが「誰も農業を知らない2」です。本書の著者である専業農家の有坪民雄(ありつぼ・たみお)さんに、農業法人で8年間勤めた経歴を持つ筆者がインタビューしました。

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【プロフィール】

有坪民雄さん プロフィール画像 アイコン

有坪民雄さん(ありつぼ・たみお)

1964年生まれ。兵庫県出身。
香川大学経済学部卒業後、大手コンサルティング企業である株式会社船井総合研究所に入社。7年間の勤務を経て、専業農家へ転身。現在は稲作(山田錦)と和牛飼育(三田牛)をメインに書籍の執筆も手掛ける。

その常識は正しい? いま向き合うべき日本農業の実態

日本農業を取り巻く政治や経済、私たち日本国民がこれから直面するであろう課題など、複雑なテーマを扱いながらも、誰にでも分かりやすく書かれている「誰も農業を知らない2」(原書房)。本書の執筆に至った経緯や、近い将来の農業について、著者の有坪民雄さんに聞きました。

有坪民雄さん 写真1

──著書「誰も農業を知らない2」の概要や執筆の経緯を聞かせてください。

「誰も農業を知らない2」は、世間一般に広まる、「スローライフ」「悠々自適」といった農業へのイメージとは異なる、知るべき農業の現実をお伝えしている本です。世間一般に浸透している、農業に対する誤った認識や意見などを含め、農業者が「それはちょっと違うのでは?」と思うこともいろいろつづっています。本書を出版できたのは、幸いにして前作「誰も農業を知らない」の反響が大きく、2も書かないかとお声がけいただけたからです。

2となる本書を書くにあたって主題として選んだのは、持続可能な農業と深い関わりがあるSDGsです。
SDGsで述べられている方針や政策自体は、よく考えられていると思っています。しかし、それを盾に根本的な解消につながらない取り組みを推奨したり、それを逆手に取って利用する国があったりすることも事実です。日本でもレジ袋の有料化のように、効果に疑問が持たれる政策があります。にもかかわらず、こうした問題点を指摘する声があまり取り上げられないことに違和感を持つ方は私以外にも多くいらっしゃると思います。そのような方々にも、本書は楽しんで読んでもらえる内容となっています。

──僕自身、本書を読んだ時の衝撃は忘れられません。農業の現場にいた経験がありながら、知らないことの多さに愕然(がくぜん)としました。農業を取り巻く状況は常に変化していると思いますが、本書の執筆を進める中で大きく変化したことはあったでしょうか。

大きな変化で言えば、やはり円安の影響による物価の高騰ですね。今までの調達コストで資材を購入することはほぼ不可能になりました。
2014年に米1俵(約60キロ)の価格が大きく下がったことがありました。その当時もみんな耐えられないと口にしていましたが、今の円安による物価高はその比ではありません。
昔なら米の価格が下落しても、飼料米という逃げ道がありました。飼料米を作ることで国から補助金を受け取れるため、米の相場が低いときには飼料米として出荷して補助金を受け取り、赤字を補填(ほてん)するということが可能だったのです。しかし、この補助金も主食用の品種を使った飼料米に対しては単価の引き下げが行われており、あらゆる資材の価格が高騰している昨今の状況下では、昔の価格で利益を得ることは困難を極めるでしょう。
2024年8月に、全農秋田県本部運営委員会の会長である小松忠彦(こまつ・ただひこ)さんが「農家の思いに応えるために米の価格を上げたい」と涙ながらにおっしゃっていましたが、あの発言は本心だと感じています。これは米に限った話ではなく、日本の農家を守るには、生産コストに見合った適切な価格への引き上げが必須です。しかし、世間にはその辺りの危機感が伝わっていないことも大きな懸念点だと感じています。

農地は貸す側がお金を払う時代

有坪民雄さん 写真2
──生産コストが高まっているのに、価格転嫁しづらいことは農業の存続に関わると思います。物価高だけでなく、高齢化と担い手不足も大きな課題ですよね。

生産者の高齢化と担い手不足は、いよいよごまかしが利かないレベルに達しています。高齢化については、近年よく耳にするようになったと思う人も多いかもしれませんが、実は1970〜80年代からすでに言われていたことなんですね。当時なら離農しても農業を引き継ぐ人・農地を借りてくれる農家がいたので、何とか成り立っていました。
ところが今は、農地や農業を継いできた人たちが高齢化して農業をやめても、次の受け手がいないのです。私が住む地域でも大規模農家が高齢化を理由に耕作規模を縮小しました。縮小したのはいいが、やはり農地の受け手がいません。そのため、地元の農家が集まり、余った農地を分担して管理しているのが現状です。
他にも、去年かおととしあたりに2ヘクタールの農地を手放した方がいました。その方は本来なら売り手側であるにもかかわらず、200万円払って農地を引き取ってもらったのです。10年もたてば、農地を貸す側・手放す側がお金を払うのが一般化しているかもしれません。それだけ、農家が減っているということなんです。

──担い手がいない現実を目の当たりにしたお話ですね。耕作放棄地が増えることも、やむを得ないと感じてしまいます。

メタン削減の裏側に見え隠れする意図

──本書でも述べられている、メタン削減についてのお話も聞かせてください。メタンと同じ温室効果ガスである一酸化二窒素については削減目標がないことについても知りたいです。

結論からお伝えすると、国際的に取り組まれているメタン削減の背景には、大量排出している国に対して抑止力を働かせたいという思惑があります。世界的にメタン削減が叫ばれる一方、日本はそれほどメタンを排出していません。ではどこの国が多く排出しているのかと言えば、中国とインドです。
2022年メタン排出量データ

出典:農林水産省「令和4年度農業由来のメタン等排出削減対策に係る国際調査等委託事業」

中国とインドは現在進行形で経済成長していることもあり、メタン排出量も突出しています。そして、これらの国の成長をよく思わないのがEUや米国です。メタン削減という世界共通のルールを作ることで、中国やインドの経済成長を鈍化させて自分たちの優位性を保ち、国際的な影響力を維持したい考えがあります。
また、メタンよりも環境へ影響を及ぼす期間がおよそ10倍の約120年長い温室効果ガス「一酸化二窒素」の削減が挙げられていない理由は、メタンを規制するほうが対策が取りやすく、水稲をほとんど作らない自分たちの足かせにもならないからです。一酸化二窒素は、主に畑作で発生し肥料に含まれる窒素が土壌中の微生物によって分解されることで発生します。土壌の水分やpHなど、さまざまな要因が複雑に影響し合うため、メタンよりも対策が難しいのです。しかし、EUは一酸化二窒素の削減にも着手しているため、後に世界共通のルールとして挙げてくる可能性も十分あるでしょう。

有坪民雄さん 写真3
──メタン削減の裏側には、そのような思惑があることも考えられるのですね。農業は各国の政治が強く反映される複雑な産業であることを、改めて認識しました。その他の本書で紹介されている海外の農業政策の事例の中で、有坪さんが特に関心を寄せているものはありますか。

海外の事例に関して言えば、アメリカが進めている不耕起栽培ですね。アメリカが不耕起栽培を進める理由は、過去に起きたダストボウル(※)による教訓が大きく関係しています。

※ 1930年代にアメリカ中西部で発生した、大規模な干ばつと過度な土壌耕起によって引き起こされた砂嵐。これにより多くの農家が土地を失った。

不耕起栽培は農地を耕すことなく作物を栽培するため、慣行農法に比べ燃料を節約できるなどのメリットがあります。ですが、雑草対策など大変な面が多いことも事実です。不耕起栽培におけるデメリットを踏まえながらも取り組む姿勢には、素直に感心しています。
日本での不耕起栽培については少し懐疑的な面もありますが、やれるところはやってみたらいいと思っています。日本の農家で参考にするなら、鳥取で大規模農業を展開している徳本修一さんがおすすめです。不耕起栽培とともに菌を利用した米作り「マイコス米」にも積極的に取り組んでいます。

後編へ続く>

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