家族経営の農業法人を従業員に継がせたい
私は親の代から続く農家で、私の代で法人化することができました。法人化して以来、代表取締役である私、取締役である配偶者、そして、3名の従業員の合計5名で20年以上にわたって、甲株式会社として農業を営んできました。最近、高齢のため現場を離れようと考え始めたのですが、私の子供たちはみな農業に興味がなく、長男は都会で就職し、長女は農業に縁がない会社員の家に嫁いでおり、会社を継ぐ意思がありません。そこで、いっそのこと、長年にわたって会社に貢献してくれた従業員のAさんに甲社を継がせようと考えています。どのような問題があるでしょうか。
弁護士の見解
代表取締役及び取締役の辞任及び選任、株式の売買又は贈与など、会社法に従った手続きを行う必要があります。
会社法に基づく手続きの履行

経営承継の最初の一歩が、①現在の経営状況及び資産の状況を正確に把握することであるということ。また①の後、②経営承継の時期や具体的な対応を盛り込んだ経営承継計画の策定を行う必要があるということについては、事業承継を行う主体が個人であっても株式会社であっても共通であるといえます。個人での事業承継についての詳細は下記記事を参照ください。
従って、ご質問者様の場合も、まずは上記の①及び②の点を行う必要があります。そのうえで事業承継を行う主体が株式会社である場合には、会社を承継させるために会社上の手続き履行する必要があります。会社法上行わなければならない手続きはさまざまありますが、最低限行わなければならないものとしては以下の3点が挙げられます。
ⅰ従前の経営者が代表取締役及び取締役を辞任すること
ⅱ承継者を代表取締役及び取締役に選任すること
ⅲ承継者が株式を一定程度取得すること
代表取締役及び取締役の辞任と選任
会社法は、株式会社の組織の構造としてさまざまな形態を定めています。そして、それぞれの組織構造によって、誰が経営に関する決定権限を持ち、誰が対外的に取引などの契約を締結するのかという点が異なっています。
そのため、ある会社の経営を承継させるためには、厳密に考えると、その会社の組織の構造に従った手続きを行う必要があることとなります。もっとも、農業法人の場合、親族によって経営されていることがほとんど。多くの場合はご質問者様のように、夫が代表取締役、妻や子供などの親族が取締役となっており、会社の経営に関する決定権限は代表取締役である夫が有しているものと考えられます。

このような場合には、ご質問者様のように経営の決定権限を有する代表取締役が辞任し、それ以外の親族の取締役も辞任したうえで、承継者を代表取締役及び取締役に選任する必要があります(なお、定款において、取締役の人数を決定していない場合には、新たに承継者を取締役として選任しなくてもよい場合もあります)。
代表取締役及び取締役の辞任及び選任には、原則として株主総会の決議が必要であるため、ご質問者様の場合も、甲社の株主総会を開催し、代表取締役及び取締役の辞任及び選任を行う必要があることとなります。
承継者による株式の取得
承継者が代表取締役又は取締役に就任したとしても、それだけで事業承継が終わったわけではありません。会社法では、株主総会において取締役の解任を決議することが認められています。従って、もし承継者が株式を取得していない場合、株主総会で解任されてしまう可能性があります。仮にそのような事態となってしまった場合には、継続的な事業の運営は困難になるものと考えられます。

加えて、ご質問者様のように従業員などの親族以外が会社を承継する場合、親族などの関係者が心情的にその決定を受け入れられない場合も多く、前述したリスクが現実化する可能性が相対的に高いものと言えます。従って、継続的な事業の運営という観点からは、承継者による株式の取得が必要であることとなります。
具体的には、経営権を安定化させるためには、定款変更などの特別決議を行うことができるように、原則として3分の2以上の株式を取得していることが望ましいものと言えます(特例有限会社の場合は4分の3以上となります。)。最低でも過半数の株式を取得していない場合には、解任されるリスクがあるため、安定的な経営を行うことは難しいものと言えます。もっとも、承継者が従業員の場合、従業員には株式を買い取るだけの資金力がないことも多いため、税金の点を考慮に入れながら贈与を検討するなど、どのように株式を取得させるかという点について検討する必要があります。
手続きなどの複雑性

個人の場合と異なり、株式会社を承継させる場合には、会社法のような法律の定める手続きを履行しなければならず、法律に違反した手続きを行ってしまうと、当該行為の効力が無効となってしまう可能性があります。
また、株式の譲渡又は贈与には、税法上の検討も不可欠であるといえます。そのため、個人の場合の事業承継と比べてより一層専門家への相談が必要であるものと言えます。
事案のポイントを整理
✅株式会社を承継させるためには、最低限、従前の経営者が代表取締役及び取締役を辞任すること、承継者を代表取締役及び取締役に選任すること、承継者が株式を一定程度取得することの3点について、法律に従ってこれを行う必要がある。
✅手続きが複雑であることもあるため、専門家に相談することが望ましい。
弁護士プロフィール
杉本隼与
2003年早稲田大学法学部卒業。2006年に旧司法試験合格(第61期)
2016年東京理科大学イノベーション研究科知的財産戦略専攻卒業 知的財産修士(MIP)
同年に銀座パートナーズ法律事務所を開設し、現在に至る。
銀座パートナーズ法律事務所

















