2ヘクタール強の田んぼを購入
Aさんの農場は関東地方にある。父親の代から規模拡大を始め、30年余りかけて100ヘクタール超まで農場を広げてきた。農協を通さず、卸会社に直接コメを販売するなど、独自の経営スタイルを追求してきた。
今年に入って購入した水田は合わせて2ヘクタール強で、枚数は約10。購入を決断したのは、田んぼの値段が大幅に下がったからだ。
Aさんによると、数年前は10アール当たり30~40万円が近隣の相場だった。もし購入すると水利費などを自ら払う必要がある。30~40万円で買っても割に合わないと考え、手を出そうとはしなかった。
田んぼの貸借や売買が動き出すのは、秋の収穫が終わった後のタイミング。Aさんに対し何人かの地権者が「農地を買ってほしい」と頼み込んできた。そこでAさんは「10万円なら買うことができる」と提案した。
地権者の答えは「OK」。これを受け、Aさんは購入を決断した。「優良農地が10万円で買えるなら、購入する価値がある」と話す。これからは借りるだけでなく、買う形での規模拡大が本格的に視野に入ってきた。

収穫が終わると農地が動き出す(画像はイメージ)
低下した農地の資産価値
なぜ農地価格が下がったのか。この点について、Aさんは「60歳前後が農地の処分の決定権を握るようになったからではないか」と話す。
それより上の層、とくに80代以上は農地価格がずっと高かった時代を間近に見てきた。マンションを建てたり売却したりすることで、大きな利益を手にすることができた。高度成長やバブル時代の話だ。
そうしたチャンスはかつてと比べてめっきり減った。水利費などコストを負担しながら農地を保有し続けても、経済的なメリットを手にするのが難しくなった。資産として農地を持つ意味が低下したのだ。
農地を手放すタイミングは多くの場合、相続に絡む。例えば父親が亡くなり、農地を相続するかどうか判断を迫られたとき。あるいは高齢の父親から自分が亡くなったとき、農地を相続するかどうかを聞かれたとき。
上の世代なら、相続を前提に話が進むのが普通だった。だが60歳前後の層は農地を持ち続けることの「うまみ」を実感したことがない。彼らが農地処分の決定権を持つようになったことで、売却が増え始めた。

農地の資産価値が低下した(画像はイメージ)
貸す側と借りる側の立場が逆転
視点をもう一度、Aさんに戻そう。30年あまり前にAさんの父親が農地を借り始めたとき、立場は貸す側の方がはるかに強かった。借りることができたのは、山際など条件の良くない田んぼが中心だった。
10年ほど前から農地の流動化が本格化し、借りやすくなったが、ここに来てさらに変化が生じた。同様に農地を借りてきた周辺の農家が、20~30ヘクタールに達してそれ以上農地を借りるのが難しくなってきた。
引き受けるかどうかの判断を分けるのは、貯蔵乾燥施設などの設備の規模。その点、Aさんの設備は田んぼが100ヘクタールを超えてもなお余裕がある。借りる側としてAさんの立場はいっそう強くなった。
こうした状況を受け、Aさんは数年前から地権者に新たな相談をし始めた。「地代を下げてほしい」。要望が通り、地代を下げることに成功した。
地権者の側から見れば、農地を保有することのメリットはいよいよ小さくなる。似たことは他の地域でも起きている。Aさんは「地代が下がり始めたことも、農地を売ろうという判断につながったのではないか」と話す。

農地を借りる側が優位になった(画像はイメージ)
農家の激減で再び高米価も
稲作はいま2025年の増産と政府備蓄米の放出が重なり、米価の下落に直面している。23年の猛暑による不作を機に始まった「令和の米騒動」は新たな局面に入り、どこまで下がるかを多くの農家が懸念している。
Aさんはその先を見る。高齢農家の引退は今後さらに増え、稲作農家は激減する。そうなったとき米価は再び上がる可能性がある。水田を所有しておけば、地代を払うことなく米価上昇のメリットを享受できる。
生産性を高めるチャンスも格段に増える。規模が大きくなるという意味だけではない。水田を所有することで、畦畔をなくして1枚の田んぼを大きくするのが容易になる。借りた田んぼとの大きな違いだ。
最後にAさんに農地が集まる別の背景にも触れておこう。カギを握るのは地域の信頼。借りた田んぼを大切に使い、地代をきちんと払ってきた。
地権者に求められれば、借りた田んぼでとれたコメを地代として提供してきた。これがいかに手間のかかることか想像できるだろう。
こうした努力の積み重ねで信頼を勝ち取ることができた。その結果、地域の田んぼがAさんのもとで守られる。その手法は貸借から売買へ。日本の農業の構造変化が本格的に起きようとしている。

畦畔を減らせば作業は効率化する(画像はイメージ)
















