公共牧場は“放牧地のサブスク”。好きなタイミングで牛を預ける仕組み
公共牧場とは、地方公共団体や酪農協などの生産者団体が主体となり、畜産農家から牛を一定期間預かり、放牧によって飼養管理を行う施設のこと。今回お話をうかがったのは、栃木県農政部畜産振興課環境飼料担当課長補佐の小池達也(こいけ・たつや)さん。公共牧場の役割についてこう説明する。
「公共牧場は畜産農家さんの労働負担の軽減や飼料基盤の補完を目的として、牛を一定期間お預かりして管理する施設です。預託料金は1頭1日あたり200~400円程度と、かなり安く設定しているところが多いです。これは公共牧場は利益を出すことが目的ではなく、畜産農家をサポートするための施設という意味合いが強いためです。その分、牧場の経営としては厳しいのが現状です」

全国の公共牧場数は減少傾向にあり、令和5年度は639カ所。昭和55年度と比較するとほぼ半減している。ただし平成27年度の724カ所以降は横ばい。牧草地総面積も同じ傾向にある(出典:農林水産省「公共牧場・放牧をめぐる情勢 」)
全国的に見ても、公共牧場の数とその利用頭数は減少傾向にある。令和5年度の利用頭数(7月1日時点)は11.8万頭。 畜種別では、乳用牛が8.3万頭、肉用牛が3.5万頭である。
「公共牧場側からすると経営が厳しい。それが全国的に減少傾向にある原因だと推察します」
栃木県は20カ所の公共牧場で畜産農家を支えている
畜産は栃木県の主要産業の一つである。酪農は北海道に次いで全国第2位の生乳生産量があり、肉用牛生産も盛ん。肉用牛・乳用牛の産出額は農業産出額が約25%を占めている。ところが個別の畜産農家に目をやると、経営環境は厳しさを増している。
「令和3~4年に飼料価格が急激に上がって、それ以降も高止まりの状態が続いています。燃料や資材価格も上がっていますから、今後が心配です。人材面でも課題があります。畜産は新規参入が難しいので、後継者の確保が中心になりますが、高齢化や担い手不足は課題となっています」

提供:栃木県
栃木県には、山がちで畜産農家が集中している県北を中心に、20か所の公共牧場がある(うち2か所は原発事故の影響により休止中)。
草地の総面積は約1,200haにのぼる。運営主体は県だけでなく、市町や酪農協なども携わっている。通年で預かる周年預託が可能な牧場もあるが、多くは夏場中心の利用になっていると、小池さんは話す。
「公共牧場で預かる牛は、乳用牛では育成牛と呼ばれるいわゆる子牛と、肉用牛では繁殖用の母牛が中心です。自分の牧場の畜舎のスペースが少ない場合などに預けるケースが多いですね。同じ方が毎年同じように継続して使ってくださいますから、有用性は理解されていると思います」

栃木県の公共牧場は畜産農家の多い県北を中心に20カ所あるから、畜産農家は近隣にある公共牧場を利用でき、預けやすい。
この使われ方は、今風に言えば「放牧地のサブスクリプション」だ。牛の生育状況や経営状況により必要なタイミングで預けることができるから、畜産農家が柔軟に活用できる。牛の立場からすれば、夏季の林間学校と言っても良いのではないか。
公共牧場は牛を健康にし、畜産経営における調整弁にもなる

「畜産でも規模拡大が進んでいますから、畜産農家がすべてを自分で抱えるのは難しい状況です。ですから、公共牧場は調整弁のような役割として機能しているとも言えると思います」
一方で、公共牧場を利用するメリットとして知ってほしいことの一つに「牛が元気になる」ことを挙げる。山の中を自由に動き回ることで足腰が強くなり、ストレスも少なくなると小池さんは話す。
「放牧によって運動量が確保されることで、畜舎飼いでは得にくい効果が生まれるのです。牛にリフレッシュ期間を与えることができるのです」
そのうえで、「経営面でのメリットも大きい」と、小池さんは言葉を続ける。

「飼料費の削減や労力の軽減、糞尿処理の負担が減るといった点は、農家にとって大きなメリットです。公共牧場を利用することで、舎飼と比較して、肉用牛繁殖経営1頭1日あたりの飼料費は約64%、酪農経営の場合は約70%の削減が実現します」
公共牧場は牛を健康にしつつコスト削減と作業負担を軽減することで、経営を下支えしている。
課題は公共牧場の経営と鳥獣害
公共牧場を利用することで、牛が健康になり、畜産農家は経営を下支えしてもらえる。だが経営側には課題も多いと小池さんは話してくれた。その1つは施設の老朽化だ。財政的に余裕がないため更新が難しいのだという。もう1つ小池さんが挙げた課題は意外なものだった。

公共牧場でよく使用されているオーチャードグラス。「特にシカの被害が多い」と小池さん。
「獣害です。特にシカの被害が大きくて、牧草の芽が出ると全部食べられてしまうことがあります。そうすると草が育たないのです。イノシシによる被害もありますね。対策として電気柵などを設置していますが、まだ対策が追いついていないのが現状です」
10年以上前には、牧草地が山間部と農地との間にあることで緩衝地帯となり農地の獣害が減る、と言われていた。もはや獣の勢いが強すぎているのかも知れない。
「確かに公共牧場があることで、周辺の農地への獣害が減る、という側面はあるかも知れません。ただ、その分、牧場が被害を受けています。ですから公共牧場では、牛が外に出ないようにするための柵に加えて、シカやイノシシが入ってこないように防護柵を設置しているのです」と話してくれた。
公共牧場の重要性が高まる可能性もある
「公共牧場は経営面を中心に課題は少なくありませんが、畜産農家にとってのメリットが大きい、というのは事実です。公共牧場がないと経営が回らない、という方もいらっしゃると思います。そうした方々をサポートすべく、今ある設備を有効活用して行ければと思っています。近年は特に畜産経営が厳しさを増していますから、公共牧場の重要性がさらに高まる可能性もあると考えています」
小池さんは「経営面」と言葉を濁したが、これは運営母体である県・市町・酪農協による持ち出しのことだ。それでも冒頭に記したように、肉用牛と乳用牛の産出額は、栃木県の農業産出額の約25%を占めている。その影響を考慮すれば、これからも運営主体の皆さんに引き続き公共牧場を支援していただきたい。
一方で栃木県の公共牧場には、大笹牧場という成功事例がある。大笹牧場は栃酪グループが一体となり運営する公共牧場なのだが、そのうえ畜産物の生産販売を行い、フィールドアスレチックやドッグラン、RVパークなどを併設した観光地としても運営している。こうした公共牧場以外の収入を得る取り組みは、もちろん簡単にはできないだろうが、ヒントになるのかも知れない。
「畜産農家さんにとって少しでもプラスになるように、公共牧場をうまく活用していければいいなと考えています」
飼料価格の高騰や担い手不足といった逆風が続くなか、牛を預かるという一見シンプルな仕組みが、経営を支える“余白”を生み出している。公共牧場は、単なる放牧の場ではない。畜産農家の負担を引き受け、地域の畜産を静かに支える「見えにくいインフラ」だ。
その価値に気づき、どう活かすか。それがこれからの栃木県の畜産経営を左右する一つの分岐点になるのかもしれない。
取材協力・画像提供:栃木県
















