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進まぬ価格転換。止まらぬ人手不足。売上10億円の裏で存続の危機に抗う、らっきょう産地のリアル

鈴木 雄人

ライター:

進まぬ価格転換。止まらぬ人手不足。売上10億円の裏で存続の危機に抗う、らっきょう産地のリアル

江戸時代から栽培が始まり、大正3年(1914年)から産業組合として本格的に販売を開始して100年以上の歴史を持つ「鳥取砂丘らっきょう」。2016年の地理的表示(GI)保護制度への登録を機に、販売額が過去最高の10億円を突破するなど華々しい成果を上げる一方で、産地は今、存続を脅かす切実な課題に直面している。「他の産地が衰退していく中で、絶対に福部が一人勝ちする時が来る」。そう信じて100ヘクタールの農地を死守する産地のリアルな現状と、機械化の壁、加工事業の拡充による解決策など、JA鳥取いなば福部支店支店長兼営農経済課長で長年福部らっきょうを担当している今崎純治(いまさき・じゅんじ)さんへの取材から、産地存続を懸けた次なる100年への闘いに迫る。

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売上高10億円の光。GI登録が守り抜いた「白い宝石」と100年の歴史

広々とした鳥取砂丘の上にピンクのらっきょう畑が一面に広がる鳥取市福部町。ピーク時の昭和60年には225戸の農家が171ヘクタールの農地で栽培を行っていたが、現在は約52戸の農家が約100ヘクタールで生産している。

この地で育つらっきょうの特徴は、その鮮やかな白さとシャキシャキとした食感だ。20年以上にわたりらっきょう業務に携わる今崎さんは「肥沃な土地で作ると黄ばんであめ色になってしまいますが、養分のない砂地だからこそ真っ白になります。さらに、砂の粒子が細かく水はけが良すぎるために土壌に保水性がなく、過酷な環境が繊維がギュッと締まった特有の食感を生み出すのです」と語る。

その高い品質とブランドを守るため、産地は長年戦ってきた。平成19年頃には、県外の業者が中国産を「砂丘らっきょう」として販売したり、県内でも他産地のものに商標を不正使用したりする問題が頻発した。これを機に産地は、客観的な品質の根拠となる測定試験などを実施し、平成28年に「鳥取砂丘らっきょう」「ふくべ砂丘らっきょう」の名称で農林水産省のGI登録を受けた。国からの「お墨付き」を得たことで市場の評価は一層高まり、販売額は一気に過去最高の10億7350万円へと跳ね上がった。

しかし近年は、気候変動による影響が産地を直撃している。夏の猛暑などで生育が安定せず、本来であれば1400トンほど収穫したいところだが、昨年は1230トンにとどまっているという。

ふくべ砂丘らっきょう

産地存続の最大の壁。「切り子・植え子」不足と阻まれる機械化

利益が500万から300万へ。経費高騰と「負のスパイラル」に喘ぐ農家

収量低下に加え、生産現場の現実は極めて厳しい。洗いらっきょう用の小袋フィルムなどの資材費が3割近く値上がりし、肥料代も高騰している。その一方で、らっきょうの販売単価は10年前からほぼ同じ水準のままだ。

「経費が2〜3割平気で上がっているのに、販売価格は変わらないため、儲けの部分がすっとなくなっている状況です。見た目の売上は2000万円あっても、手元にいくら残るんだという話です」と今崎さんは嘆く。

農家の経営は急速に悪化している。「昔は平均的な農家(約2ヘクタール)で500万円ほどの利益が残り、平均的な会社員よりも稼げて自分のペースで仕事ができることが魅力でした。しかしここ5年くらいで収量や経費等で一気に厳しくなり、今は手元に300万円程度しか残らないところまで落ち込んでいます」

今年こそはと値段を上げる交渉を試みても、スーパーなどの小売店からは「1袋1000円を超えたら売れない」と、値ごろ感を重視され価格転嫁が進まないのが実態だ。

らっきょう畑

「あんたが辞めるなら私も」属人化が招く切り子不足と出荷の限界

コスト高騰以上に産地存続の最大のネックとなっているのが、深刻な人手不足である。中でも、収穫したらっきょうの根と茎を切り落とす「切り子」と、1球ずつ手作業で苗を植え付けていく「植え子」と呼ばれる作業員が圧倒的に足りていない。

らっきょうは季節商材であり、生鮮での販売時期は5月20日頃から6月20日頃までの約1ヶ月間に集中。この短期間に出荷し切らなければ廃棄となってしまうため、切り子の確保は至上命題だ。しかし、「切り作業は完全歩合制で、洗いらっきょう用に1kg切ってもらって70円
。人手が集まらないからといって、歩合を上げてしまえば、農家の経営をさらに圧迫してしまうという『負のスパイラル』に陥っています」と今崎さんは語る。

さらに、農家の高齢化とともに切り子や植え子も高齢化しており、人手不足に拍車をかけている。深刻なのは、農家と切り子が友人同士のような「運命共同体」になっていることだ。

「『あんたが作るから切ってあげる』という世界なんです。だから農家が引退すると、切り子も『じゃあ私も辞めるわ』と同時に引退してしまう。『違う家のらっきょうを切ってよ』とはならないんです」

結果として、以前は農協の選果場に1日約35トン出ていた出荷量が、現在は22〜23トンに減少し、約3割の切り子が不足している計算になる。意欲ある農家が面積を増やしたくても、切り子や植え子がいないために生産量を抑えざるを得ないジレンマを抱えているのだ。

切り子の作業の様子

国立公園の壁と「1mmの職人技」。阻まれるスマート化の道

この限界を突破するため、産地は長年にわたり機械化を模索してきたが、高い壁に阻まれている。

福部町のらっきょう畑は国立公園内の鳥取砂丘に位置するため、農地の基盤整備ができず、起伏が激しいという地理的な制約がある。

「トラクターにアタッチメントをつけて植え付けようとしても、斜面では機械がずれてしまってうまく植えられません。紙に種を充填して引っ張って植える手法も試しましたが、資材代が高く重労働で実用化には至りませんでした。平坦な他産地で使えている機械が普及しないのです」

さらに、最大の課題である「切り」作業の機械化も至難の業だ。らっきょうの切り作業は1mm、2mm単位の微妙な調整が求められる職人技である。切りすぎれば芯が抜け、甘ければ根が残り品質に直結する。

「大学とコラボレーションして50〜60万円の安価な機械の開発を試みましたが、求める精度が出ず実用化には至りませんでした。開発費に1億、2億円とかけるリスクを踏めば変わるかもしれません」と今崎さんは打ち明ける。

複雑な形状のらっきょうを機械で完璧に処理することは難しく、いまだに人の手に頼らざるを得ないのが現状なのだ。

鳥取砂丘に広がるらっきょうの花畑

流通の矛盾と次なる100年へ向けた「総力戦」

「本当は7月が一番美味しい」。流通の矛盾と「洗いらっきょう」へのシフト

市場流通の仕組みと現場の実態との間にある「矛盾」も、産地の首を絞めている。スーパーの店頭では5月後半から6月にかけて、梅酒などと一緒に自家製サワーの「漬け込み」の販売促進が組まれるため、産地はその時期に合わせて出荷を迫られる。

「しかし、本当に物がいいのは、出荷が終わった7月頃。畑に長く置いておくほど身が締まってきます。農家もその頃が一番おいしいと分かっているので、自家用に漬ける人が多いです。さらに、味以外でも、出荷時期が伸びるので、その分人材を均等に割くことが可能です。また、畑に長く置ける分、大きく成長もするので収量が上がります。ですが、そこまで出荷を遅らせるとスーパーの棚がなくなり、売れなくなってしまうので、6月中に売り切ってしまわなければいけないのです」

早く出せば収量が上がらず、遅く出せば売れないという理不尽なジレンマの中で、産地は苦闘している。

また、消費者のニーズの変化も産地の負担を増やしている。これまで関東市場では、消費者が自分で皮を剥いて漬ける「根付きらっきょう」の需要が高かった。しかし近年は「ゴミが出る」「面倒くさい」と敬遠され、そのまま漬けられる「洗いらっきょう」へのシフトが急速に進んでいる。消費地での手間が省かれる分、産地側での切り作業の負担がさらに増幅しているのだ。

洗いらっきょうの様子

HACCP加工施設と多様な人材の受け入れ。産地を救うための解決策

課題が山積する中、一筋の光明となるのが「加工事業」の強化と多様な人材の活用である。 福部には全国でも類を見ない規模の「福部らっきょう加工センター」があり、年間出荷量1230トンのうち約4分の1に当たる約350トンを加工用として受け入れている。

2018年に新築され、2021年に鳥取県のHACCP適合施設に認定された同センターは、センター内で漬けるので、生鮮出荷の1ヶ月間という短期間のプレッシャーを緩和する重要な役割を担う。しかし、現場の現実は依然として厳しい。

「農家から持ち込まれる原料の切り方にバラつきがあり、1トン洗っても製品になるのは300キロ程度です。7割は手作業で切り直しなどの再調整が必要です」。それでも、「加工部門をもっと伸ばせれば、出荷時期が延びるので産地の維持に繋がる。将来的には出荷の半分くらいを加工に回せるスタイルになれば、機械の導入が難しくても明るい未来が描ける」と今崎さんは力を込める。

新たな労働力の確保にも動いている。県と連携し、人材派遣会社を通じてカンボジアからの外国人労働者を受け入れた。

「本当によく働いてくれて、地元の高齢者たちの刺激にもなっています」

さらに、地元の福祉作業所に除草や根切り作業を委託する農福連携も進める。若手の参入もゼロではない。消防士から転身した30代の新規就農者も現れた。他から来た人は人脈がないため自力で切り子を見つけるのは困難だが、1年間修行し、親方となる農家から切り子を紹介してもらうなど、地域全体でサポートする体制を作っている。

福部らっきょう生産組合のらっきょうの甘酢漬

次の100年へ。「一人勝ちする時」を信じて。産地が描く未来

産地関係者の言葉からは、過酷な状況下でも「鳥取砂丘らっきょう」を守り抜こうとする強い誇りが滲む。全国のらっきょう産地で作付面積が右肩下がりになる中、福部町はなんとか100ヘクタール前後の面積を維持し、踏ん張り続けている。

「市場からは『必ずいい時が来る。他の産地がどんどん衰退していく中で、絶対に福部が一人勝ちする時が来るから頑張れ』と言われています。早くその時が来てほしいですね」

今回お話を伺った今崎さん

だからこそ、「切り作業の機械化ができれば、課題がいっぺんにクリアされる」という切実な願いがある。「この問題を世の中に発信することで、解決できる人が見て、力を貸してくれたら。それが産地の維持に繋がると信じています」

過酷な砂丘が育む、高品質な「白い宝石」。江戸時代から続き、大正3年から産業組合として本格的に販売を開始して100年以上。幾多の困難を乗り越えてきた福部らっきょう生産組合の挑戦は、次の100年に向けてこれからも力強く続いていく。

取材協力
JA鳥取いなば

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