中東情勢の概要

中東情勢を理解するうえで避けて通れないのが、イスラエルと周辺諸国との対立である。
第二次世界大戦が終結して間もない1948年、イスラエルが建国を宣言した。それを認めないエジプトやシリア、レバノンなどのアラブ諸国が侵攻。これが第一次中東戦争である。
その後もイスラエルと周辺諸国との紛争は1973年の第四次中東戦争まで断続的に勃発。エジプトとイスラエルの間では1979年に平和条約が結ばれたものの、レバノン戦争やパレスチナ問題など、大小さまざまな軍事衝突はその後も繰り返された。
事態が大きく動いたのは、2026年2月28日だ。アメリカとイスラエルがイランを攻撃。最高指導者ハメネイ師をはじめとして、イランの高官を多数暗殺した。
これに対して、イラン側は軍事的な反撃を実行する。イスラエルへの攻撃に加え、アラブ地域に点在する米軍基地も爆撃。カタールやUAEなどの周辺国にもミサイルが着弾するなど、中東諸国を巻き込む形で紛争は激化した。
4月にはイランとアメリカの間で、停戦が条件付きで合意された。しかし、その後も各所で紛争が継続的に発生しており、紛争終結に向けた交渉は中々進んでいない。予断を許さない状況だと言えよう。
原油はなぜ届かないのか

中東情勢の不安定化が日本経済に与える影響は大きい。特に重要なのが原油の調達である。
これまで日本は原油の9割以上を、アラブ首長国連邦やサウジアラビアなどの中東から輸入していた。中東と呼ばれる地域の中でも、油田はペルシャ湾周辺に集中している。油田で採れた原油はペルシャ湾に停泊しているタンカーに載せられ、日本まで運ばれる。その際、ペルシャ湾からインド洋に出るために通るのが、最狭部で約33kmのホルムズ海峡だ。
3月以降、イランやアメリカがホルムズ海峡の封鎖をそれぞれ発表したほか、民間の貨物船が攻撃される事例もあった。各社の報道でもある通り、中東情勢が不安定化してからはホルムズ海峡の通航が困難な状況にある。
ホルムズ海峡が封鎖されてしまうと、原油が日本に運ばれて来なくなってしまう。原油の輸入が滞れば、ガソリン・軽油・ナフサなど幅広い石油製品の供給にも影響が及ぶ。経済的に大打撃であることは言うまでもない。

なお、ハウスのビニールやマルチの原料となるナフサについては、消費地である日本で原油から精製されるほかに、ナフサの形での輸入も行われている。日本国内で原油から精製されるものは3, 4割に過ぎず、残りは輸入に依存してきた。ただし、その輸入先は4分の3ほどが中東でありアメリカやオーストラリアなど中東以外の国は4分の1程度に過ぎなかった。中東情勢の緊迫化から受けるダメージは原油と構造的には類似していると考えてよいだろう。
「日本全体の石油供給は足りている」
資源エネルギー庁の速報(5月29日公表)によれば、2026年4月の日本の原油輸入量は前年同期比で34.3%、中東依存度は87.6%となった。中東情勢の悪化を背景とした歴史的な低水準であり、経済的には深刻な影響が懸念される。
こうした事態に対して日本政府は、ナフサを含めた石油関連製品の安定供給に向けて、備蓄されている石油を放出している。3月14日時点で官民合わせて242日分あった備蓄量は、6月1日時点で203日分となっている。中東情勢の悪化を受けて、約1カ月分の備蓄が放出された計算だ。
こうした応急措置に加えて、原油の調達先を多角化させる動きも日本政府は強めている。経済産業省は、アメリカをはじめとする産油国からの調達を強化することで、中東地域への石油依存を緩和させたい意向だ。6月には、原油の調達量は昨年水準の約8割にまで回復する見込みだとしている。

出典:経済産業省資源エネルギー庁「原油の代替調達の現時点の動向」
国内精製分だけでなく輸入量も多いナフサについても、調達先の多角化が進んでいる。高市早苗首相は4月のX(旧Twitter)の投稿で、少なくとも国内需要4カ月分を確保しているとしたうえで、ナフサ輸入先の多角化も行うことで安定供給に努めていくと述べた。
また日本政府は、流通段階での目詰まり解消にも取り組む姿勢も示している。経済産業省は4月時点で「日本全体の石油供給は足りているが、流通段階で目詰まりが発生している」との認識を示した。石油関連製品である溶剤を取り扱う事業者に向けた要請文の中では、安定供給への協力を要請するとともに「サプライチェーン上の調整を行っていきます」と述べている。
農業関連のコストは高騰している

では、実際の価格はどのように動いているのか。
2月末のアメリカ・イスラエルによる軍事攻撃を受けて、ガソリン(レギュラー)と軽油の価格は3月上旬に急激に上昇した。1月時点で1リットルあたり155.7円だったレギュラーガソリンは、3月16日には190.8円を記録。農機などに用いる軽油価格も、1月上旬の143.9円から24%上昇して3月16日には178.4円となった。
ただし、緊急的激変緩和措置が3月19日に開始されたことで、ガソリン・軽油の小売価格は下落。4月以降のレギュラーガソリン小売価格は、政府が目標として定めた170円前後で推移している。

「給油所小売価格調査(ガソリン、軽油、灯油)」(経済産業省 資源エネルギー庁)をもとに、筆者作成
一方、ハウスの加温などに用いるA重油価格は、3月、4月と上昇が続く。A重油価格(小型ローリー)については、2026年1月時点で1リットルあたり106.7円だったところ、3月には131.6円と過去最高を記録。さらに4月には139.0円と、さらなる上昇を見せている。

「産業用価格(軽油・A重油)」(経済産業省 資源エネルギー庁)をもとに、筆者作成。
燃料だけでなく、農業生産資材全体の価格も上昇傾向にある。農林水産省によれば、農産物および資材の価格の動向を表す農業物価指数について、2026年4月は生産資材全体で130.8(2020年の価格を100とした値、以下同じ)と過去最高を記録している。光熱動力が144.1とコスト増加を牽引していることは確かだが、種苗及び苗木が126.0、飼料価格も144.3と、直接的な燃料費のほかにもコスト増加要因があることが読み取れる。
一方で、こうしたコスト増加を価格に転嫁できているかといえば、作目によるばらつきがある。2026年4月は、農産物全体の価格指数は137.2と、生産資材の価格指数を上回る値となっている。ただし、その価格指数は米が210.4と全体を牽引する一方で、肉畜は123.8、野菜は113.0に留まる。野菜栽培や酪農では生産資材価格の高騰を価格転嫁できていない可能性がある。
価格面だけでなく、供給面にも不安を抱く事業者も存在する。カルビー株式会社が、商品の安定供給を優先するためにポテトチップスなどのパッケージを白黒にする旨を発表したことは記憶に新しいだろう。全国農業協同組合連合会(JA全農)代表理事会長は5月のメッセージにおいて、軽油や資材などを確保できない生産者もいると述べた上で「価格のさらなる高騰や、供給の不安定化を危惧」していると述べている。
「農業にとって厳しい状況が続くと予想」
こうした状況は、農業現場にどのような影響を与えているだろうか。
北海道で果物・野菜を栽培する農家によれば、マルチなどの農業資材が手に入りづらい状況になっているようだ。「『今春納品分については、新規の受注を停止している』と資材業者に今年に入ってから言われた。うちは必要量を前年に発注しているので足元で困ることはないが、困っている農家もいるのではないか」と話す。また、ガソリンや軽油価格が高止まりしていることも懸念材料の1つだという。
岩手県の野菜・コメ農家は、今後の展開には懸念を示しつつも、「足元での課題感はない」とする。「軽油の価格は政策的に低く抑えられていると感じており、資材も昨年発注分を使っているので影響は限定的」とのこと。肥料や資材については来年以降の心配はないとは言えないが、「汚泥堆肥をはじめとして化学肥料からの代替策の検討は既に進めているので、何とかなる」との考えを示した。
農業資材は、必要量を前年中に発注する場合が多い。中東情勢が悪化する前に確保していたこともあって、今期の作付けへの影響は限定的だと言えそうだ。
ただし、来年以降の供給不足や価格高騰への懸念は依然として残る。前出の北海道の農家は「資材業者は、既存取引先に限っては必要量は確保すると約束してくれた。ただし、大幅な値上げはすでに通告されているし、新規の取引先への資材販売は約束できないとのこと。農業にとって厳しい状況が続くと予想している」と話した。
関東での新規就農を検討している男性にも話を聞いた。資材や燃料の価格には懸念を示しつつも、設備・機材の選定を進めている段階なので「どれほどのコスト増や資材不足の影響が出るのか、具体的なイメージがまだ掴みきれていないというのが正直な現状」だという。「情報収集のアンテナは、より高く張っておく必要があると感じている」とのことだった。
一方で、中東情勢をチャンスと捉える農家もいる。関東で自然栽培を行う農家は、「上がり続けている人件費を、価格に転嫁できる機会」と話す。「うちはマルチは使わず、包装資材も最小限に抑えているから、中東情勢に伴うコスト増加は経営的に大きな問題とはなりづらい。一方で、野菜の値段はじわじわと上がっていくのではないかと予想している」とのこと。既存のやり方を続ける農家も、方法次第では飛躍のチャンスになるだろうと述べた。
早めのリスクヘッジが肝心
ホルムズ海峡の自由航行が再開するタイミングは未だに読めない。原油の中東依存脱却の動きは加速しているが、輸入先を多角化することは必ずしも容易なことではない。エネルギー安全保障はしばらくの間、課題として残ることが予想される。
農業経営にとって、燃料費や生産資材の価格高騰や供給不安定は大きな負担となる。仮に重油価格の高止まりが秋以降まで続けば、施設園芸を中心に経営への影響が広がるおそれがある。種苗費、肥料農薬費や配送費なども引き続き注視すべきだろう。栽培計画や経営計画は早めに見直しながら、価格の見直しや代替手段の検討など、必要なリスクヘッジを取っておきたい。
















