
左から 伊達信用金庫アグリソリューション推進室:上席調査役 篠原さん、 生産者:清水さん、伊達信用金庫:室長 五十嵐さん(技術士:農業部門)、調査役 林さん
警察官から農業へ。最初の壁は収量と品質の不安定さ
北海道・伊達地域でナス栽培に取り組む清水大樹さんが、警察官を辞めて実家に戻ったのは30歳のときでした。
地域の農家で1年間研修し、翌年から実家で本格的に農業を始めましたが、農業について専門的に学んできたわけではありません。研修先でも環境制御には取り組んでおらず、ほぼゼロから経験を積んでいくことになりました。
就農後、清水さんが最初に直面したのが、ナスの収量と品質を安定させる難しさです。
「収量が取れないこともそうですが、品質も安定しませんでした。水の管理もうまくできなくて、規格外品が出てしまうことが課題でした」
当時は、収穫したナスの2~3割ほどが規格外品になることもあったといいます。
清水さんは、収穫したナスを自ら袋詰めし、価格を付けてスーパーで販売しています。規格外品も安くすれば販売できますが、秀品に比べて価格は下がります。規格外品が増えれば、同じ量を収穫しても売り上げに差が出ます。
大切なのは、ただ多く取ることではありません。
安定した品質で、販売できる製品をどれだけ増やせるか。
それが、農業経営を成り立たせる上で避けて通れない課題でした。
転機となったのは、現在ナスを栽培しているハウスで、長年続けていたイチゴ栽培を見直すことになったタイミングです。
新たな作物や栽培方法を検討する中で、伊達信用金庫が開催していた養液栽培や環境制御のセミナー、講習会に参加しました。そこで知ったのが、「アルスプラウト」を活用した環境制御です。
伊達信用金庫は、地域農業の生産性と所得の向上を目指し、令和3年から地域の生産者とともに「アルスプラウト」の効果実証試験に取り組んできました。導入支援だけでなく、研修会、独自マニュアル、現地での技術指導を通じ、生産者が環境制御を使いこなすまで支える活動を続けています。
清水さんは、地域で行われていた実証や説明を知り、環境制御の導入を決断しました。
迷いがなかったわけではありません。何より、自分が使いこなしている姿を想像できませんでした。
「最初は全然想像もつきませんでした。農家になって間もなかったので、知識もなかったんです」
環境制御を導入すると、温度や湿度、CO₂濃度など、さまざまなデータを確認できるようになりました。
しかし、数値が表示されても、その意味が分からなければ次の行動にはつながりません。
マニュアルを読んでも、当初は内容を十分に理解できなかったと清水さんは振り返ります。

伊達信用金庫の皆さんの2年間の伴走を経て、自ら判断できるようになった生産者の清水さん
データを見るだけでは足りない。作物と数値を結び付ける学び
導入後の1年目、2年目、清水さんは継続的な支援を受けながら、環境制御と栽培管理を学びました。
伊達信用金庫から提供された指導内容には、環境制御機器の操作方法だけでなく、次のような項目が並びます。
•光合成、呼吸、蒸散、養水分吸収、転流などの植物生理
•温度、湿度、CO₂濃度などに基づく環境制御
•養液濃度やpH、ECの管理
•日射量に応じて水量を調整する日射比例灌水
•生理障害や病害虫の判断と対応
•実際の作物を観察しながら行う栽培トレーニング
単に機器の設定値を覚えるのではなく、なぜその管理を行うのかを理解すること。さらに、データだけで判断せず、実際の作物を観察して両者を結び付けることが、指導の中心に置かれていました。
「1年目、2年目は本当に付いてもらいながらでした。今は3年目で、だいぶ1人でもできるようになりました」
もちろん、導入後すぐに全てが順調に進んだわけではありません。
1年目に栽培した品種が環境制御に合わないと判断し、2年目には品種を変更しました。毎年何らかの課題が発生する中で、その都度、作物を見て、データを確認し、原因を考え、栽培管理を見直してきました。
農業経験の浅さを、一足飛びで埋められる方法はありません。
それでも、起きたことを感覚だけで終わらせず、数値と作物の変化を照らし合わせることで、一つの経験を次の判断に生かせるようになります。
「こうなったらこうする、ということがだいたい分かってきたので、以前より早く改善できるようになりました」
データは、経験を不要にするものではありません。
経験を振り返り、改善し、次の栽培へつなげるための材料です。
新規就農者にとって最初に必要だったのは、作物とデータの状態を結び付け、栽培について周囲と話し合うための「共通言語」を、一つずつ身に付けることだったのです。
「アルスプラウト」の導入は、作業負担の軽減にもつながりました。以前は手作業で行っていた灌水やハウスの開閉が自動化され、収穫や栽培管理以外の作業に費やす時間が減りました。環境データはウェブ上で確認できるため、常にハウスにいなければならない状態からも変化しています。
ただし、清水さんは「環境制御を導入すれば、ほ場を見なくてよくなる」という考えには明確に否定的です。
「データ上では問題がないように見えても、実際に来てみると何かおかしいこともあります。やっぱり見には来なくちゃいけないですね」
数値だけを見ても分からないことがある。作物だけを見ても、環境との因果関係をつかみにくいことがある。
データを見る。ハウスへ行く。作物を見る。生産者や支援者と話す。そして、もう一度データを見る。
その往復が、清水さんにとっての新しい栽培管理になっていきました。
規格外品は1割未満へ。17t生んだのは機械だけではなかった
「アルスプラウト」の導入後、清水さんが特によくなったと感じているのは、収量と品質です。
「品種との関係もあるかもしれませんが、規格外品があまり出なくなって、ほとんどを秀品として使えるようになりました」
その変化を数値で整理すると、成果の大きさが見えてきます。
•規格外品の割合は、導入前の2~3割から現在は1割未満へ
•令和7年のナスの収量は17,029kg/10aに増加
•比較対象となる前年の慣行品種に対して収量が130.7%
•灌水やハウス開閉の自動化により、栽培管理以外の作業負担を軽減
•環境制御導入3年目で、データを基に自ら改善を判断できる段階へ
令和7年の収量実績は、6月から11月までの合計で17,029kg/10a。比較対象となる令和6年の慣行品種13,029kg/10aに対し、130.7%となっています。

環境制御の導入と日々の改善で、つやのある秀品が増加 規格外品の割合は1割未満へ


しかし、清水さんが繰り返したのは、環境制御は導入するだけでは成果につながらないということでした。
「ただ入れるだけでは、なかなかうまくいかないと思います。植物生理を学ばないと、ただ入れただけになってしまうので。使いこなすためには、その部分もしっかり学ばないといけない。それはすごく実感しています」
温度、湿度、日射量、灌水量といったデータを眺めるだけでは、作物は変わりません。
目の前の数値が何を意味し、作物がどのような状態にあり、次に何を調整するべきなのか。植物生理や栽培の知識と結び付いたとき、データは初めて改善のための共通言語になります。
「データを見ると、どこをどう調整すればよいのか、少しずつ分かるようになってきました」
その「少しずつ」という言葉に、積み重ねてきた時間が表れています。
最初から数値を読めたわけではありません。マニュアルを一度読めば、すべてが理解できたわけでもありません。支援を受け、ほ場で試し、うまくいかなければ原因を考え、もう一度作物とデータを見る。その繰り返しによって、自分なりの判断基準を育ててきました。
経験が少ないからこそ、データを手掛かりに学べる。固定されたやり方にとらわれず、目の前の作物の反応から新しい管理方法を吸収できる。
そこには、新規就農者の弱みではなく、大きな強みに変えられる可能性があります。
清水さんは今後、ナスに続いてキュウリでも環境制御を活用することを検討しています。
就農時には想像もつかなかった環境制御を、今では自らの判断で調整し、次の栽培へ広げようとしています。
就農4年目(環境制御導入2年目)で到達した反収17tは、「アルスプラウト」を導入しただけで生まれた数字ではありません。
分からないことから逃げず、作物を見て、データを読み、失敗の原因を考え、改善を続けてきた。その学びの積み重ねが、収量と品質の向上につながりました。
そして、その成長を清水さん1人の努力だけで終わらせず、地域の力へ広げようとしている人たちがいます。
それが伊達信用金庫 アグリソリューション推進室の皆さんです。
実証試験を重ね、成功だけでなく失敗も集め、マニュアルへ反映する。ほ場へ入り、作物を見て、生産者と話しながら、データの意味を一緒に考える。伊達信用金庫が目指したのは、機器を導入することではなく、生産者が自ら考え、改善し続けられるようになるまで伴走することでした。
令和3年にハウス3棟、300坪から始まった取り組みは、令和8年4月時点で31棟、約3,400坪まで拡大しています。なぜ、環境制御を地域へ浸透させることが難しいとされる中で、伊達地域では導入が急速に広がり、成果につながったのでしょうか。
次の記事では、清水さんの学びを支え、地域の生産者とともに環境制御を育ててきた、伊達信用金庫アグリソリューション推進室の伴走型支援に迫ります。
まずは、環境制御の事例を知ることから
環境制御に関心はあっても、
•自分に使いこなせるのか不安がある
•現在のハウスでどこまで導入できるのか分からない
•収量だけでなく、品質や作業負担も改善したい
•導入後に相談できる相手や学べる環境が欲しい
という方もいるのではないでしょうか。
環境制御は、最初から完璧に使いこなすことを目指すものではありません。まずは環境を測り、作物の状態と見比べ、改善できるところを一つずつ見つけることから始まります。
「アルスプラウト」の仕組みや導入事例について詳しく知りたい方は、下記ブランドサイト上の問い合わせフォームからお気軽にご相談ください。
まずは事例を知り、自分の栽培や地域でどのように活用できるか、一緒に考えてみませんか。
環境制御について詳しく学ぶなら!
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(文・写真:サカタのタネ)
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