
イノシシに食べられたデコポン
イノシシの獣害が深刻化している熊本県。中でも、デコポンの産地である宇城市三角町(うきし みすみまち)では爆発的に被害が増加。市内のイノシシ捕獲数は、2016年110頭、2017年269頭、そして2018年すでに500頭を越えています(2018年2月20日現在)。
この問題に立ち上がったのは、イノシシともデコポンとも関係のなかった花農家「宮川洋蘭(みやがわようらん)」3代目の宮川将人(みやがわ・まさひと)さんです。友人と3人で始動した「くまもと☆農家ハンター」は80人を越える大規模プロジェクトに発展し、地域の希望の星(☆)となっています。どうやって対策を行っているのでしょうか、宮川さんにお話を伺いました。
畑に行くのが怖くなる獣害の恐ろしさ
―花農家の宮川さんがなぜイノシシ駆除をはじめたのですか?

中央の男性が「宮川洋蘭」を営む宮川将人さん
熊本県はデコポンの生産高が全国ナンバー1で、私たちの住む三角町(みすみまち)にもたくさんのデコポン農家がいます。同級生で友人の稲葉達也(いなば・たつや)君の実家もデコポン農家なのですが、彼の農園で収穫前日にデコポンをイノシシに食べ尽くされるという事件が起きました。2016年2月のことです。
意気消沈した稲葉君のお母さんは「畑に行くのが怖い、どうせまたやられるなら農家を辞めたい」と涙を流しました。

デコポン農家「稲葉農園」の稲葉達也さん
―ショックが大きかったのですね
地元の農作物に危機が迫っているかもしれないと思い調べてみると、予想以上に被害が拡大していることが分かりました。熊本県の農作物被害額は年間約5億円もあり、そのうちの約3.7億円がイノシシによるものです。
―なぜ全国各地でイノイシの被害が増えているのでしょうか?
主な原因のひとつに、高齢化による離農が増え、ミカン農園などの耕作放棄地にイノシシが住み着いたことが挙げられます。また、栄養価の高い農作物を食べたうえに、温暖化でほどんどのウリ坊(イノシシの赤ちゃん)が冬を越せるようになったのも、個体数増加につながっているようです。

イノシシは皮を残して中身だけ食べる
「くまもと☆農家ハンター」の第一歩
―狩猟に縁がなかった宮川さんが駆除に踏み切ったワケは?
ジャガイモ農家で友人の一瀬雄大(いちのせ・ゆうだい)君が、元自衛隊員で狩猟免許を持っていることを思い出して相談しました。すると、地元にはほとんど若手ハンターがいないと言います。

ジャガイモ・米農家「イチノセファーム」の一瀬雄大さん
イノシシの増加に対して圧倒的にハンターが不足しており、このままでは日本の農業は崩壊するかもしれないと不安になりました。ならば、将来を担う若手農家である自分たちが、自分たちの力でこの問題に立ち向かわなければならない。そんな使命感がふつふつと沸き上がってきたのです。

みんなで座を組みイノシシ合宿をした
しかし、自分1人で解決できる問題ではありません。地域の若い農家仲間にも声をかけ、2016年4月に総勢22名でイノシシ被害を考える合宿を行いました。熊本地震の4日前でした。これが「くまもと☆農家ハンター」の出発点です。

「火災から地域を守る消防団のように、鳥獣被害から地域を守る有志の活動を目指したい」と宮川さん(中央)

メンバーのほとんどが被災したが「微力でも無力でもない」と率先して復旧活動に取り組んだ
震災の約半年後、箱罠によるイノシシ捕獲テストを開始
―ハイスピードでプロジェクトが進んでいるのはなぜですか?
イノシシ対策は待ったなしです。そのためにメンバーがそれぞれの得意分野でガンガン事業を進めているからです。

一瀬さんの田んぼもイノシシ被害に。残されたお米も匂いがついて収穫できなかった
―イノシシはすぐに捕獲できたのですか?
臆病で知性の高いイノシシは、そう簡単に捕まってはくれません。実際、試しに軽量タイプの箱罠を購入して置いたものの、捕獲に成功するまで7ヶ月を要しました。猟友会のベテランハンターにアドバイスをもらいながら試行錯誤を繰り返し、メンバーで情報共有をしながら、やっとのことで捕獲できました。
その後、箱罠の設置数を増やし、地道に捕獲活動を続けています。
全国に広がるモデルづくりを目指して
―どうやってメンバーを増やしているのですか?

メンバーは25~40歳の若手農家
被害を受けている人も、いない人もいますが、地域に根付く農家として何かしら貢献したいという気持ちをみんな持っています。農家ハンターをきっかけに、農家同士のネットワークがどんどん広がっています。農作物被害というマイナス要素が出発点となり、町の農家の笑顔が増えました。稲葉君なんかヒーロー的存在になっていますよ。
SNSや動画を通じた情報発信も積極的に行っています。若手がこれだけ集まっているのですから、明るさや元気を見せるチャンスでしょう!

女性メンバーも狩猟免許を取得
―ジビエビジネスも考えているのですか?
私は「先義後利」という言葉を信じています。立ち上がったメンバーにイノシシ対策を学ぶ機会、そして箱罠の無料貸与を行っています。今のところイノシシ肉は未活用なので、これをジビエとして活かし、少しずつ収益の出せる自走式モデルを目指したいと思っています。
イノシシとは100年、200年と付き合っていくことになります。私たちの「くまもと☆農家ハンター」が全国のモデルケースになることを信じて、これからも精力的に活動を進めてまいります!
写真提供/くまもと☆農家ハンター