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稲オタクに聞く! 「マイ品種」の作り方

柏木 智帆

ライター:

連載企画:お米ライターが行く!

稲オタクに聞く! 「マイ品種」の作り方

いま私たちが食べているお米のほとんどは、国や県の研究所で開発された品種です。しかし、歴史をさかのぼると、明治時代までは農家が品種を作る「民間育種」が当たり前でした。では、個人農家が育種して“マイ品種”を生み出すにはどうしたらいいのでしょう? 稲の突然変異を選抜・育種して10年前に品種登録した“稲オタク”の米農家・松下明弘(まつした・あきひろ)さんに聞きました。

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明治時代までは「民間育種」が当たり前

明治・大正時代を中心に、現代にも名を残すような優秀な品種が農家たちの手によって生み出されてきました。

たとえば、兵庫県の農家・丸尾重次郎(まるお・じゅうじろう)が「神力(しんりき)」という品種を作り、富山県の農家・石黒岩次郎(いしぐろ・いわじろう)が「銀坊主」という品種を作り、京都府向日町の農家・山本新次郎(やまもと・しんじろう)が「旭(京都旭)」という品種を作り、山形県庄内地区の農家・阿部亀治が「亀ノ尾」を作りました。特に「旭」と「亀の尾」は、「コシヒカリ」「ひとめぼれ」「つや姫」などあらゆる良食味米のルーツといわれています。

農家

山形県庄内町にある「亀ノ尾」発祥の地「熊谷神社」

こうした篤農家たちは、すべての稲が倒伏した田んぼの中から唯一倒れなかった稲を選んだり、“一人”だけ出穂が早い稲や、芒(のぎ、のげ)(※1)のある稲の中で“一人”だけ芒がない稲などの“変わり者”を選んだりして、“マイ品種”を育ててきました。

果たして、現代でも「民間育種」は可能なのでしょうか?

※1 芒:稲の場合は、種子の先端に形成される突起状の構造物。長いものは十数センチにも達する。

稲が出している電波をキャッチせよ

たとえば、お米のコンクールでも受賞経歴のある「いのちの壱」という品種は、2000年に岐阜県の今井隆(いまい・たかし)さんがコシヒカリの田んぼの中で見つけた突然変異から発見・育種した大粒米。2003年に福島県の鈴木清和(すずき・きよかず)さんがコシヒカリの突然変異から発見・育種した「五百川(ごひゃくがわ)」は山梨県で2016年からブランド米として売り出されるなど、一農家が生んだ“マイ品種”は最近でも各地で注目を集めています。

1998年にコシヒカリの田んぼで発見した突然変異の稲を選抜・育種したのは、静岡県藤枝市の米農家・松下明弘さん。「『どの米が一番おいしい?』が愚問なワケ【前編】」で紹介したように、松下さんが生み出した巨大胚芽米「カミアカリ」は2008年には稲品種として登録されました。そして、「『どの米が一番おいしい?』が愚問なワケ【後編】」で紹介したように、「カミアカリドリーム」という勉強会で、生産者、消費者、米屋など、さまざまな立場の人たちとカミアカリの価値を共有しています。

農家

自他ともに認める「稲オタク」の米農家・松下明弘さん

育種には異なる2つの品種を交配させて育種する方法もありますが、個人農家が作りやすいのは、「いのちの壱」、「五百川」、そして、松下さんの「カミアカリ」のように突然変異の稲から育種する方法です。 突然変異はそう簡単に見つかるものなのでしょうか?

「突然変異が起きる確率は、100万分の1とも1000万分の1とも言われます。でも、広い田んぼを見ていれば必ずどこかに突然変異は出ています。田んぼの中に1株だけ変な電波を出しているやつがいるんです。それを拾う(発見する)ことができるかどうかです」と松下さん。カミアカリも、コシヒカリの田んぼの中に1株だけ「なんだか波長がずれた」稲を発見したことがきっかけでした。

稲

稲が発する電波をキャッチせよ!

「とにかく田んぼをひたすら見続けて、本気で稲と会話する気になって見ていると、何が通常の稲で何が突然変異か、だんだんと見分けられるようになってきます。きっと明治時代に民間育種をしていた農家たちも目を皿のようにして田んぼを見ていたのだと思います」

稲の突然変異とは?

他の稲と違う稲を発見しても、それが品種の突然変異なのか、他の品種との自然交雑なのか、どうやって見分けるのでしょうか。

「突然変異は遺伝子がつぶれたり傷ついたりして働かないことによって起きるため、もともとその品種が持っていないものは出ません。たとえば、急に有色素米(赤米や紫黒米など色がついたお米)になったりすることは、まずあり得ない。そうなった場合は、何かが混ざったということが考えられます」と話すのは静岡県農林技術研究所・水田農業生産技術科主任研究員の外山祐介(とやま・ゆうすけ)さん。

「突然変異は、もともとその品種が持っている遺伝子の変異です。たとえば、デンプンの中のアミロースとアミロペクチンの含有量の割合が変わるということはあります。粘りが強く軟らかい『ミルキークイーン』はコシヒカリのアミロース含有量が低くなるという突然変異から生まれた品種です。他にも背丈が短くなるとか、穂が長くなるとか、そういった突然変異は往々にして出ます」(外山さん)。

精米

「カミアカリ」は精米すると巨大な胚芽が取れてしまうので結果として玄米食専用米に

カミアカリも、もともとお米が持っている胚芽を作る遺伝子の突然変異。松下さんは「何らかの要因で遺伝子が突然変異した場合は、遺伝子を修復する遺伝子が働いて元に戻ろうとするのが普通なのですが、カミアカリの元となった稲はなぜか修復する遺伝子が正常に働かなかったのです」と説明します。その結果、カミアカリの元となった種子(種もみ)は巨大胚芽として松下さんの前に現れたのです。

そうは言っても、突然変異の稲を固定(※2)させるのは至難の業。松下さんはいったいどのようにして突然変異の形質が安定して遺伝・発現するように純度を高めていったのでしょうか。

※2 固定:種をとって再生産しても形質が次世代に確実に受け継がれるように検定・選抜を繰り返して純度を高めていくこと。

「カミアカリ」が生まれるまで

松下さんが発見したのは1株17本の稲のうち5本の突然変異。米粒の胚芽が通常の3倍ほどの大きさでした。この中から「純系」(次世代の個体間に遺伝形質の変異がほとんどない個体群)を選抜して固定させていきました。

同じ巨大胚芽でも、5本の穂の種子はそれぞれ少しずつ性質が違います。さらに、1本の穂についている種子もそれぞれ少しずつ性質が違います。そこでまずは1本の穂を1系統として、それぞれをビニール袋に入れて1番から5番まで系統番号をふり、そのまま4、5日ほど乾燥させて翌年まで保管しました。

稲穂

乾燥させた稲穂はビニール袋に入れて翌年まで保存する(巨大胚芽米とは別品種)

翌年の春、それぞれビニール袋に入れたまま浸種。水を吸うと種子(種もみ)が膨らみ、形状がはっきりと見えやすくなるため、それぞれの系統の中から胚芽が明確に巨大な種子をそれぞれ選びました。1本の稲穂からとれた100粒ほどのうち、選び出したのはそれぞれ60粒ほど。これを種まきしたところ、発芽したのはそれぞれ55粒ほど、苗まで育ったのがそれぞれ50粒ほど。苗を田んぼに手で植えた後、途中で枯れたり、ジャンボタニシに食べられたりしながらも、40粒が稲穂を実らせました。

ここからが大変です。今度は、5系統それぞれの40株の中から、きれいに巨大胚芽米がそろっている1株ずつを選びます。1株についている1500粒ほどの種子の中からさらに500粒を厳選して、翌年にまく。さらに翌年は発芽した350粒から育った300株の中から1株を選ぶ。どんどん作業は膨大になっていきますが、こうした作業を毎年繰り返して純度を上げていきました。目利きと根気が必要な作業です。

稲穂

同じ株でも性質は少しずつ違うため、選抜・育種を繰り返して純度を上げていく

「3年やると固定できているかどうか目星がついてきます。『これはいける』と思いました」と松下さん。

4年目には当時の静岡県農業試験場(現在の静岡県農林技術研究所)に勤務していた育種の専門家である宮田祐二(みやた・ゆうじ)さんに打ち明け、5年目からは宮田さんのアドバイスのもと、データを取り、比較実験を行い、徹底的に品種を調べ、品種登録を目指し始めました。6年目からの2年間は同農業試験場でも栽培してもらって品種の純度を高め、7年目に品種登録を申請。10年目にようやく「カミアカリ」として品種が認定されました。

明治・大正時代の民間育種で生まれた品種の中には雑ぱくなものもあり、1つの品種を栽培するとばらばらの性質が出てしまうこともあったそうです。厳密に品種を固定させるためには、松下さんのように各都道府県の機関に相談してみるのも良さそうです。

突然変異が元に戻る場合もある

宮田さんは「突然変異の選抜・育種を繰り返しても遺伝的にどうしても性質がばらけてしまう場合もある。5年繰り返してダメならばダメ」と言います。

一度突然変異が現れても、種とりを繰り返していくことで修復する遺伝子が入って性質が元に戻ってしまったり、「先祖返り」と言って祖父や曾祖父やもっと前の品種の性質が現れてしまったりすることもあるそうですが、「栽培を繰り返すうちにその性質が消えてしまうことが少ないので、幸運でした」と松下さん。翌年から巨大胚芽の種子を純系選抜していくと、2年目の段階でほとんどが巨大胚芽米になり、穂が出る時期もそろっていたと言います。発芽率は当初から70%とおおむね良好で、その後は徐々に高くなっていきました。「胚芽は発芽をつかさどる部位なので、そんな大事な場所の遺伝子が壊れたら発芽障害や生育不良になってもおかしくなかったのですが……。まさに新しい品種になるべく生まれてきたように思えて運命を感じました」

カミアカリ

巨大胚芽との出会いから20年、品種登録から10年。今年も松下さんに刈られていくカミアカリ(写真提供:松下さん)

同じ品種のタネをとりながら作り続けていくと、タネは土地になじんでいく反面、もとの品種の特性が失われていく傾向があります。種を後世に残すために日本では「主要農作物種子法」によって、各都道府県の機関で品種特性を維持した種子生産が行われてきました。種子法は今年4月に廃止されましたが、各都道府県では現在でも種子生産が行われています。品種の特性を固定したり維持したりすることの難しさを思うと、各都道府県による品種特性を維持した種子生産がいかに大変であり重要であるかを思い知らされます。

140種類の多様性を楽しむ稲オタク

自他ともに認める稲オタクである松下さんは、販売用の6品種のほかにさまざまな稲を田んぼの一角で栽培しています。たとえば、江戸時代に栽培されていた「紫大黒」「緑大黒」「篠原もち」「二美皮(ふたみかわ)」などを始め、明治時代に生まれた「竹成(たけなり)」「愛国」「京都旭」「愛知旭」「神力」「関取」「強力(ごうりき)」など。さらに、台湾在来種やアフリカで栽培されている品種など海外の稲も。その数は140品種にものぼります。「同じ稲とは思えない多様性が魅力」と松下さん。明治・大正時代に曾祖父が書き残した栽培記録から、地域の古い品種も調べています。

農家

曾祖父が書き残した記録を見る松下さん

現在では一般的には「良食味」「栽培しやすい」「収量が多い」「高く売れる」などが「優良品種」とされています。しかし、松下さんは「夏場に長雨で気温が低かった年などは、日照不足のリスクを回避しようとした数株が他の稲よりも早く出穂するという現象も起きます。もしかしたら現代品種を種とりし続けていくと、稲は自分の命をつなぐために発芽しようと脱粒(※3)したり穂発芽(※4)したりと、かつて野生稲だったころの性質に戻っていくかもしれませんね」とうれしそうに笑います。稲の生命力や多様性や自我を受け入れるのが松下さんのスタンスなのです。

農家

140種類もの「松下コレクション」が1列ずつ植えられた色とりどりの田んぼ

現在も2種類の突然変異を栽培しているという松下さん。1つは、赤米から出た黒米。栽培していくうちに、種子の黒色が抜けて黄金色に戻り、芒だけが黒くなりました。もう1つは、カミアカリから出た大粒米。千粒重(千粒の重量)がカミアカリよりも1.5グラム大きいそうです。これも、やはり「目を皿のようにして」田んぼを見ているからこそ。突然変異を見つけられる確率は、「稲への愛の熱量に比例する」と言い切る松下さん。マイ品種作りのコツは、まずは稲への愛の熱量を高めることから始まります。

※3 脱粒:種子が成熟するに従って、穂から離れ落ちる性質。
※4 穂発芽:雨に濡れるなどして収穫前の種子から芽が出る現象。

松下明弘著「ロジカルな田んぼ」(日本経済新聞出版社)

 
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