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「どの米が一番おいしい?」が愚問なワケ【前編】

柏木 智帆

ライター:

連載企画:お米ライターが行く!

「どの米が一番おいしい?」が愚問なワケ【前編】

仕事は稲作、趣味は稲作、特技は稲作。静岡県藤枝市の “稲オタク”、もとい米農家・松下明弘(まつした・あきひろ)さんは、巨大胚芽米「カミアカリ」の生みの親。個人農家の品種登録は全国でもめずらしい事例です。巨大胚芽であるがゆえ、玄米で食べることを宿命づけられたカミアカリは、「おいしい米とは何か?」という問いを私たちに投げかけます。
(写真提供:安東米店)

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1株だけ左手を上げていた稲

米農家・松下明弘さんとカミアカリの出会いは、1998年。まもなく稲刈りが始まるという時期に、田んぼで稲の枯れ具合を見ていた松下さんは、コシヒカリの田んぼの前で「なんとなく」足が止まりました。田んぼの稲の中に、1株だけ「なんだか波長がずれた」稲がいます。「みんな右手を上げているのに、あいつだけ左手を上げているなあ」。そう思って、「なんとなく」田んぼに入ってその稲をつかんで見てみると、種もみに「不思議な筋」が入っていました。その場で殻をむいてみたところ、なんと胚芽が通常の3倍ほどの大きさ。「不思議な筋」の正体は、光が透過する胚乳と、透過しない胚芽部分の境目だったのです。「なんとなく」で出会った突然変異株。松下さんはその1株を引き抜いて持ち帰りました。

種もみを光にかざすと、巨大な胚芽部分が影となり胚乳との境目が見える(写真提供:安東米店)

調べてみると、1株17本の稲のうち、5本が突然変異していました。松下さんは翌年から巨大胚芽の種もみを7年間かけて選抜育種していき、最後の2年間は静岡県農業試験場(現在の静岡県農林技術研究所)の指導のもとデータを取り、比較実験を行い、徹底的に品種特性を調べた上で、農水省に申請しました。

稲オタクの先人にあやかって

ようやく品種登録が決まりましたが、松下さんが考えた品種名はすでに商標登録されていたため不採用に。そこで、第2案として持ち上がった品種名は「カミアカリ」。名付けの親は、松下さんの盟友でもある静岡市「安東米店」の長坂潔曉(ながさか・きよあき)さんでした。「神(かみ)」と「明(あかり)」で「カミアカリ」です。

松下さん(左)と長坂さん(右)

「『神』を使うのはどうかなあと思いましたが、やはり松下くんは稲の神様に祝福されていると思わざるを得なくて……」と長坂さん。「この稲を発見したのが20代初めでは手に負えなかったし、70歳を過ぎていたら育てる体力もない。ちょうど知識や情熱などいろいろなものが、飛行機で言えば加速してぐーっと上がって行くような30代半ばのときに“啓示”されたのだと思いました」

そして、「明」は松下さんの名前から一字を“拝借”。「『亀の尾』(※)という品種を発見して育種した阿部亀治さんのエピソードが好きなので、同じように松下くんの名前を一字入れたかった。亀治さんも松下くんと同じくらい稲オタクだったと思うんですよねえ」(長坂さん)

※ 亀の尾:良食味米のルーツの品種。明治26(1893)年に山形県庄内町の篤農家・阿部亀治が、冷害で倒れた稲の中から、たった3本だけ元気に実を結んだ稲穂を発見。選抜育種して生み出した。明治末から大正時代にかけて、日本国内、朝鮮半島、台湾などで栽培された。亀治から一字を取って「亀ノ尾」と命名された。
参考:山形県庄内町ホームページ

玄米食を宿命づけられたお米

巨大胚芽を持つカミアカリは、“玄米食専用米”。玄米で食べると、胚芽部分がまるでナッツのようにザクザクとした食感で、言わば「新しい穀物」(長坂さん)。でも、なぜ玄米食専用なのでしょうか? 長坂さんに聞いてみると、「精米すると巨大な胚芽が剥離した部分からデンプンが溶解して、くず米の粥(かゆ)みたいな“べちゃ飯”になってしまいます」。ゆえに、「玄米として食べることを宿命づけられた品種」なのだと言います。

胚芽が巨大であるがゆえ、“玄米食専用”となったカミアカリ

「一般財団法人日本食品分析センター」(東京都渋谷区)で成分分析すると、胚芽部分には豊富なGABAが含まれていることが分かりましたが、当初、その数字は一切公表しませんでした。
「公表しちゃうと数字ばかり一人歩きして、“頭で米を食う”人も出てきてしまう。GABAだけでカミアカリを語られたくない。体が脳みそに『もっと食わせろ』と命令するような米を作らなければ将来はない」と松下さん。「健康にいい」という特性はカミアカリの本質ではなく、あくまでカミアカリのほんの一面に過ぎないのです。

苗場にビニール屋根を張った後も、苗の成長が気になって仕方ない松下さん(写真提供:安東米店)

カミアカリは、玄米で食べるお米だからこそ、うまみ、苦み、甘さ、渋みなどをそのまま味わうことができ、それぞれの生産者の“輪郭”をそのまま受け取ることができます。つまり、ワインで言う「テロワール(※)」が表現しやすいお米。長坂さんは「カミアカリは土地の風土や栽培技術、果ては作り手の人柄までも再現するポテンシャルを生まれながらにして持っている気がしてならない。生産者が意図せず表現者になる品種」と言います。そして、松下さんの米について「草っぽい」「ベジー(野菜のよう)」「ざわざわしている」「河川敷の雑草をかきわけると、なんとも言えないぷーんとした草の香りというか、野生の香り、ああいう風味がある」と評します。

※ テロワール:ワインの専門用語で、土地の個性のこと。場所や気候や土壌など、ぶどうを取り巻く自然環境の特徴がワインの味わいに影響する。

どの画家が一番絵がうまい?

お米ライター柏木が松下さんのカミアカリを食べてみると、その独特の風味に「田んぼを食べているみたい」と感じたり、「うまみのような苦みのような……やはりうまみ……?」といった複雑な味を感じたりしました。他の生産者が作ったカミアカリは「麹(こうじ)のような甘い香り」を感じたり、また別の生産者が作ったカミアカリは「麦のような香ばしさがあり、単調な味わい」と感じたり。たしかに、それぞれの生産者の違いがありありと認識できるのです。「では、どのお米が一番おいしい?」と聞かれたら、答えられません。

松下さんのカミアカリは「田んぼを食べている」ような風味

長坂さんは「『どの米が一番おいしいか?』という質問は『どの画家が一番絵がうまいか?』というのが愚問であることと同じ」と言います。なるほど、農家もアーティストです。カミアカリを食べると、お米には多様な味わいがあることを改めて教え示してくれているような気さえしてきます。同時に、最近はお米コンクールの功罪と言うべきか、「おいしいお米」が画一化してしまっているのだと気づかされるのです。

“「どの米が一番おいしい?」が愚問なワケ【後編】”へ続きます。

 
安東米店「アンコメ米作りプロジェクト」

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