海外販路を確保した上で就農
「the rice farm」がお米を作っているのは、長野県伊那市の標高850〜1000メートルの田んぼ。高齢化が著しく、耕作放棄地も多いこの地域で、2017年4月からお米の自然栽培を始めました。それからどうやって海外輸出にこぎつけたのでしょうか。
the rice farmは、生産前からすでに輸出販路を確保していました。
日本米を輸出・販売している「Wakka Japan(ワッカ・ジャパン)」の代表でもあり、the rice farmを経営する農業生産法人「Wakka Agri」代表でもある出口友洋(でぐち・ともひろ)さんは、長野県の信州大学卒業後、アパレル企業勤務で香港に駐在していました。
「当時、香港で日本米を食べていましたが、おいしいお米がありませんでした。スーパーで売られている日本米は精米日が半年以上も前だったり、高温多湿のドライコンテナで海上輸送されていたりと、味が劣化したものばかり。お米が大好きだったので、日本で当たり前に食べられる精米したてのおいしいお米が食べたいと思っていました」(出口さん)
ないならば自分がやろうと脱サラ。2009年に香港で、日本米の輸入販売会社「Wakka International(ワッカ・インターナショナル)」を設立して、米屋「三代目俵屋玄兵衛」を立ち上げました。
自社で仕入れから販売まで
とは言え、お米の確保は簡単ではありませんでした。日本に一時帰国した際に、新潟県と秋田県のお米農家に通って頭を下げ、新潟県魚沼コシヒカリ、新潟県岩船コシヒカリ、秋田県あきたこまちの3銘柄からスタート。輸送は商社に委託しましたが、温度と湿度が管理された冷蔵のリーファーコンテナで輸送してもらうなど、お米の管理を徹底しました。
さらに、店頭でオーダーを受けてから精米して販売する形態にしたところ、新鮮な日本米を求めていた客層に受け、その後、2011年にシンガポール、2013年に台湾と、同様の形態の米屋をオープンしていきました。
「かつて日本米は高額すぎて一部の富裕層の嗜好(しこう)品に過ぎませんでした。でも、先人が築き上げてきた日本米ブランドを傷つけず、かと言って廉価でもない適正価格を維持することで、日常食として多くの人たちが食べられるように経営努力をしてきました」と出口さん。
物流品質を維持しつつ、中間業者を挟まない流通ルート形成によってマージンを省くために2013年には貿易商社「Wakka Japan」(北海道札幌市)を設立。仕入れから販売までを一貫して行うようになりました。香港で米店を出店した初年度の2009年度は8月のオープンからの5カ月間のお米の販売量は数百キロでしたが、その後、香港は最も販売量の多い国となり、現在の販売量は月35トン。Wakka Japan全体の2018年度の契約数量は1400トンにまで増えています。
国によってお米の好みが違う
その後も、2017年にはハワイに米屋「the rice factory(ザ・ライス・ファクトリー)」をオープン。さまざまな国で米屋をやってみると、各国のお米の嗜好の違いが分かってきました。
「当初、日本米は間違いなく世界一おいしいお米だと信じていたので、日本米を毎日食べましょうというスタンスでお米を売っていました。当時の我々の売り方にはおごりがあったように思います」と出口さんは振り返ります。
食文化ごとのお米の嗜好の違いを知っていくうちに、「日本のお米は海外の方の好みに “ど真ん中”のお米ではない」と気づくようになったと言います。「私たち日本人は、霜降りのお肉をおいしいと思っても、毎日食べるには重たい。同じように、パラパラとした長粒米が主流の国では、日本のような、もっちりとして粘りのあるお米は、おいしいと思っても、毎日食べるには重たく感じるのです」(出口さん)
これまでの日本米のように、日本人を満足させるために、日本市場だけを見て作ったお米ではなく、海外の人たちの好みに“ど真ん中”のお米を自分たちの手で作ろう。そう考えた出口さんは、お米の流通と販売だけでなく、生産にも乗り出そうと決めました。
どの国にも輸出できるお米
2009年から海外でお米を販売し続けてきた中で、出口さんは「食味、価格、機能性」といった3つの購買決定要因を導き出しました。しかし、好みの食味は食文化によって千差万別。海外にも受け入れられるお米を突き詰めていくと、品種作りから手掛けなくてはなりません。価格についても、アメリカ並みに農業の大規模化や機械化を進めない限り、海外のお米に比べて高価格になってしまいます。
どの国にとっても“ど真ん中”の好みにするためには、食味や価格だけで勝負するのは厳しい。今の自分たちにできることは何だろうか……。
出口さんが考えたのは、機能性に特化したお米を作ることでした。「海外でお米を販売している中で、日本以上に安心安全を求める人、農薬を使わないお米を買う人たちが多いと知りました」と出口さん。海外でのオーガニック人気に合わせて農薬を使わない栽培を選択しました。
しかし、なぜ有機肥料を使った有機栽培ではなく、肥料を使わない自然栽培にしたのでしょうか。
その理由について、出口さんはこう説明します。
「ある国では認められている農薬や肥料が、ある国では認められていないとか、ある国ではオーガニックとうたえる肥料が、ある国ではオーガニックとうたえないなど、国によってレギュレーション(規制)が違います。すると、たとえば香港では売れるけど、台湾では売れないというカントリーリスク(※)に陥ってしまいます。ならば、農薬も肥料も使わない自然栽培が最も理にかなっていると思ったのです」
2019年5月にはニューヨークに5店舗目の米屋「the rice factory」をオープン。今後も世界各国で米屋の出店を目指していく中で、自然栽培で生産したお米ならば、農薬や肥料による輸出の制限は生じないというわけです。
※ 特定の国や地域における政治・経済・社会環境の変化により企業が損失を被るリスク。
耕作放棄地を次々と再生
自社で自然栽培のお米を作ると言っても、出口さんは、農業の経験は皆無。そこで、2014年から愛知県の農家に弟子入りして稲作を学びながら、農地を探して奔走した結果、母校を介して長野県伊那市の山間地で田んぼと家を借りることができました。大学時代の友人・市川滋彦(いちかわ・しげひこ)さんをビジネスパートナーに迎え、ついにWakka Agriを設立。市川さんを農場長としてthe rice farmは2017年から稲作を始めました。
the rice farmの田んぼを見渡すと、急斜面が多く、どの田んぼも1反(約10アール)もない小さな田んぼばかり。どう見ても稲作には非効率です。
それでも、出口さんはこの土地は自分たちがやりたい稲作に適していると考えています。
「ここはとても田んぼを借りやすく、面積がどんどん増えていますが、平地だったらこうはいかない。耕作しにくい田んぼだからこそ、耕作放棄地となっていますが、肥料を使わない自然栽培は地力がある耕作放棄地が適しています」(出口さん)
栽培が始まった2017年の耕作面積は1ヘクタールでしたが、休耕田を除いて2018年は4ヘクタール、2019年は6ヘクタールと徐々に増えています。栽培してみると、高地のため冷涼で風通しが良く、農薬を使わなくても虫が付きにくいことも分かったと言います。
耕作放棄地の開墾は、農学部出身で重機を扱える市川さんが担当。2018年4月からは弘前大学博士課程で自然栽培を研究していた細谷啓太(ほそや・けいた)さんも加わり、中山間地においての自然栽培の効率化や収量・食味向上を探っています。
しかし、機能性を追究するためには、栽培方法だけではなく、品種選びも重要です。「農薬も肥料も使わないワケは輸出戦略【後編】」では、「海外の人の好み“ど真ん中”のお米」を目指したthe rice farmの取り組みを紹介します。
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