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農薬も肥料も使わないワケは輸出戦略【後編】海外の好み“ど真ん中”のお米を目指して

柏木 智帆

ライター:

連載企画:お米ライターが行く!

農薬も肥料も使わないワケは輸出戦略【後編】海外の好み“ど真ん中”のお米を目指して

農薬も肥料も使わない栽培の理由は、「自然環境のため」だったり「食の安心のため」だったりとさまざまですが、農業生産法人「Wakka Agri(ワッカ・アグリ)」の農場「the rice farm(ザ・ライス・ファーム)」(長野県伊那市)が稲作に農薬や肥料を使わない理由は、なんと「輸出戦略」。海外の好み“ど真ん中”のお米を目指して彼らが選んだお米の品種とは? 農家経験が皆無だったからこその柔軟な発想から生まれた、中山間地の新しい農業モデルを探ります。

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キラーコンテンツは「カミアカリ」と「SK6」

「海外の人の好みに“ど真ん中”のお米」として、「the rice farm」が選んだのは、「『どの米が一番おいしい?』が愚問なワケ」でも紹介した玄米食専用米「カミアカリ」。静岡県のお米農家・松下明弘(まつした・あきひろ)さんがコシヒカリの突然変異から生み出した巨大胚芽米です。

なぜこのお米が“ど真ん中”なのでしょうか。日本米を輸出・販売している「Wakka Japan(ワッカ・ジャパン)」の代表でもあり、the rice farmを経営する農業生産法人「Wakka Agri」代表でもある出口友洋(でぐち・ともひろ)さんは、「日本人は白米好きの人がほとんどですが、海外、特にシンガポールやハワイでは玄米や分づき米(※)を好む人が多い。ならば、自然栽培の玄米を食べてもらいたいと考えました」と説明します。巨大胚芽を持つカミアカリは精米時に砕けやすいため必然的に玄米食専用になりますが、吸水が早いため短い浸水時間で炊いても食べやすく、胚芽がサクサクしていて軽やかな食感が特徴です。

カミアカリ

胚芽が巨大なカミアカリ(写真提供:安東米店)

一方で、台湾や香港などでは白米を好む人もいます。そこで、海外の人の好みの品種を探しました。

「お米の食味は、100の食文化があったら100の好みがありますので、食文化が違うすべての人が満足できる食味を作るのは、とても至難の業」(出口さん)。そこで、お米の味わいや食感ではなく、口あたりにクローズアップしようと考えた結果、たどり着いたのは、「SK6(スケロク)」という北海道生まれの品種。「好みが違っても、口あたりが良いと『おいしい』と感じやすい」と出口さん。アジア系の人たちはあっさりとしてパサパサとした長粒種を食べ慣れていますが、スケロクはあっさりめでありながらもパサパサではなく、絹のようななめらかな喉越しを持っているため、多くの国で受けいれられると考えたと言います。

※ 胚芽やぬか部分を一部残した精米。5分づき、7分づきなど、数値によって精米歩合は変わる。玄米は0分づき、白米は10分づきと考えると分かりやすい。

現地の食文化を尊重しながら日本米を普及

出口さんは海外でお米を販売していくうちに、「現地の人たちには現地の食文化があり、その食文化をベースに、日本と同じように食の多様化によって選択肢が増えている」と感じ始めました。

ザ・ライス・ファクトリー

ハワイ・ホノルルにある「the rice factory(ザ・ライス・ファクトリー)」(写真提供:Wakkaグループ)

だからこそ、「現地の食文化を尊重しながら、彼らの多様化している食生活の中の一つの選択肢として選んでもらえるようなアプローチをしていきたい」と出口さんは言います。「年1回食べていた人が年2回食べるようになれば、マーケットは2倍になります。これまで食べていなかった人に年1回食べてみようと思ってもらえたら、新しいマーケットの創出になります」。ターゲットは、まずは現地に住む日本人。「イタリア人でにぎわっているイタリア料理屋さんが日本にあったら、この店は本物だと思うように、現地の日本人に評価してもらうことで、現地の人たちに『日本人が認めたお米』として波及していく」というのが出口さんの考えです。

お米の輸出

日本米の普及はあくまで現地の食生活に寄り添いながら(写真提供:Wakkaグループ)

食べ手の選択肢を増やすためにも、出口さんたちは新形質米の栽培や、加工品の開発も進めています。栽培3年目の今年2019年からは、北海道生まれの「DM15」「TK7」というお米の栽培も始めました。「DM15」は、血糖値が上がりにくいほか食物繊維が豊富など機能性の高い品種。パラパラとした短粒米で、サラダ感覚で食べられるため、欧米の食文化などにも受け入れられると見込んでいます。「TK7」は、片親がカリフォルニアのカルローズ米で、あっさりとした大粒の品種。このお米を使って地元伊那市の酒蔵「宮島酒店」で日本酒を造ってもらう計画です。カミアカリはサラダ用として玄米パフにして販売しています。

カミアカリ

カミアカリのパフ

うるち米だけでなく、糯米(もちごめ)の「白毛(しらけ)もち」も栽培して、季節商品としてアジアの国で販売しているほか、「MOCHI」が好きなハワイ向けに切り餅を販売しています。今年は新たに愛知県の本みりん製造販売会社「九重味醂(ここのえみりん)」に依頼して、白毛もちを使ったみりんの製造も始まりました。昨年、背丈が長い白毛もちの稲わらで作ったしめ縄をハワイで試験販売したところ好評だったため、今年は地元のお年寄りに製造を依頼して、地域に仕事を生み出そうともしています。

the rice farmが考える「スマート農業」とは?

出口さんは今後、地元のお年寄りに田んぼの水管理をしてもらうことでも地域に仕事を生み出そうと考えています。「100枚以上も田んぼがあると水管理だけでも時間がかかりますが、昔お米を作っていた地域の元気なおじいさんおばあさんに散歩ついでに水管理をしてもらえれば、自動水門よりもエコで、地域で経済が回り、お年寄りたちの生きがいにもつながる。ロボット技術やICTなどを活用しなくても省力化や高品質生産ができる、私たちは私たちならではのスマートな農業の在り方を探っていこうと思っています」(出口さん)

お米の輸出

出口さんがこの地で就農する決め手となったという眺望

鳥獣害対策についても、スピーカーや電気柵や鳥獣ネットなどを使わなくても、出口さんたちが日常的に作業をすることで、地域住民は「鳥獣害が減った」と喜んでいます。「かつての山と里山の境界をはっきりとさせて人が田畑をしっかりと管理すれば、森から動物は降りてきません」と出口さん。これも、エコでスマートな農業のかたちです。

カミアカリのパフ

the rice farmの田んぼ(写真提供:Wakkaグループ)

Wakkaグループの目標は、中山間地の新しい農業モデルの構築。出口さんは、“川上”にあたる生産では育種、“川下”にあたる販売では飲食店の展開を考えています。

「育種によって海外の人の好みに“ど真ん中”のお米を作るほか、日本の発酵文化やしめ縄などのお米の周辺商材も展開して、既存のマーケットを深掘りしていきたい。そして、お米をわれわれがベストだと思う状態でお客さんの口まで持っていくために、たとえばおにぎりや丼ものなどの飲食店を、早ければ今年から台湾で始めたいと思っています」(出口さん)

2018年度のWakkaグループ全体の年間売上額は15億円弱。現在、のれん貸しの形態になっているベトナム・ホーチミンの店舗を含めて6店舗ある海外店舗は、今後5年間で10店舗まで増やす計画です。

出口さんは教育学部卒で、前職はアパレル業という経歴でしたが、「異業種からだったので柔軟な考え方ができた」と言います。固定観念がないからこそ展開してきた新しい中山間地の農業モデルは、すでに軌道に乗り始めています。

the rice farm(Facebookページ)

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