原発事故の風評被害に立ち向かえた販路とは、大規模化を進める農家にせまる

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原発事故の風評被害に立ち向かえた販路とは、大規模化を進める農家にせまる

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原発事故の風評被害に立ち向かえた販路とは、大規模化を進める農家にせまる
最終更新日:2021年02月04日

2011年の東日本大震災からもうすぐ10年になる。あのとき原発事故や津波でたくさんの農家が深刻な被害を受けた。だが10年の歳月を経て、再生への道を力強く歩んでいる農家もいる。そんな一人、紅梅夢(こうばいゆめ)ファーム(福島県南相馬市)の佐藤良一(さとう・りょういち)さんにインタビューした。

大規模化、6次産業化を実現するまでは決して平たんな道のりではなかった

紅梅夢ファームは地元のコメ農家の佐藤さんが中心になり、2017年に立ち上げた。栽培面積は9ヘクタールからスタートし、2020年には70ヘクタールまで拡大した。すでに日本の稲作では有数の規模だが、農地の復旧に伴い、拡張はなお続く。2021年はさらに10ヘクタール以上増える見通しだ。
品目はコメを軸に菜種や大豆、タマネギを栽培している。菜種は外部に委託して油を搾り、ゴマ油やしょうゆ、唐辛子などを加え、瓶詰めにして商品化した。作物の栽培から加工まで手がける6次産業化だ。「ごはん専用オイル」や「パン専用オイル」など、用途を分けて特徴を出している。
大規模化や6次産業化に加え、紅梅夢ファームが注目を集めているのが、スマート農業への取り組みだ。国や県、大学、農機メーカーが後押しする産官学の実証実験の対象に選ばれ、最新技術の導入に着手。無人で動くトラクターや自動で直線に走る田植え機などを使い始めている。
東日本大震災という未曽有の災害をきっかけに、新しい農業に挑戦するモデルケースとして期待されているのが紅梅夢ファームだ。だが、佐藤さんがここにいたるまでの道のりは必ずしも平たんではなかった。

ご飯やパンにかける菜種油

震災で荒れた田んぼの復興を決意

「カキーンという大きな音がした」。佐藤さんはそのときのことをこうふり返る。地震の翌日の3月12日、場所は避難先の地元の公会堂。「(コメを貯蔵する)カントリーエレベーターでも壊れたんだろうか」。周囲とそんなふうに話したが、原因は違った。東電の第1原発で事故が起きた音だった。
公会堂では営農を続けるための方法を考えていたが、原発事故でそれどころではなくなった。避難先を何回か変え、変わり果てたふるさとに衝撃を受けたのがその年の秋。田んぼだった場所や道にセイタカアワダチソウが生い茂っているのを見て、「この姿を変えないといけない」と決意した。
農林水産省をはじめ行政と話し合い、0.4ヘクタールで稲作を再開したのが2012年。販売するためではなく、放射性物質がどれだけ残留しているかを調べるための試験栽培だった。一部を検査に回し、残ったコメは廃棄した。
試験栽培を2年間やったあと、実証栽培を3年間続けた。この間もコメを販売することはできなかったが、自分たちで食べてみることは認められた。この5年間を通し、検査で安全性に問題が出ることはなかった。
そして震災から6年後。原発事故による避難指示が前年に解除されたことを踏まえ、満を持して紅梅夢ファームを発足させた。

無人で走行するトラクター

再出発を後押ししてくれた仙台の農業法人、価格面や収量の課題をどう解決したか

佐藤さんは震災から2年目には早くも試験栽培に着手するなど、いずれコメの販売を再開することを視野に準備を進めてきた。だが、いざ紅梅夢ファームを立ち上げようと思うと、事前に解決しておかなければならない課題があった。栽培したコメをどこにどうやって売るかだ。
原発から比較的近い場所にある佐藤さんの田んぼと違い、福島県の他の地域では震災後も稲作が続けられていた。だが、安全性に問題がなくても、福島産というだけで敬遠され、買いたたかれていた。風評被害だ。
佐藤さんが稲作を再開すれば、なおさら深刻な風評被害が予想された。もともと農協を通してコメを販売していたが、営農を再開する際には別の売り先を確保すべきだと考えた。そんなときに知り合ったのが、舞台ファーム(仙台市)を運営する針生信夫(はりう・のぶお)さんだった。
舞台ファームはコンビニ向けの野菜の栽培や加工で成長してきた農業法人だ。震災後は、コメビジネスに参入した生活用品メーカーのアイリスオーヤマ(仙台市)と組み、コメの集荷を本格的に始めていた。

コメの販売で組んだ針生信夫さん

紅梅夢ファームの発足に先立ち、佐藤さんと針生さんは1年半にわたって取引内容について協議した。その中で二つの課題が浮上した。一つは、稲作をしばらく中断していた水田を整備し直しながら規模を拡大していくため、予想した通りの収穫量を確保できないかもしれないという懸念だ。
この点について、針生さんは「じっくり実績を積み上げてくれればいい。できたコメは全量買い取るので、一歩を踏み出してほしい」と背中を押した。収量が予定を下回れば、他から仕入れたコメで量を調整することにした。
もう一つの課題は、佐藤さんにとって最も気がかりだった価格面だ。この点に関しては、農協を通して売買される一般的な米価よりも高い値段での取引を基本にすることを申し合わせた。それができるのは店頭価格がほぼ一定で、相場に左右されにくいコメの使い道があるからだった。パックご飯だ。
これが、佐藤さんが復興で見いだした稲作の活路だった。舞台ファームが紅梅夢ファームからコメを買い取り、アイリスオーヤマが宮城県角田市の工場でパックご飯に加工した。パッケージには「福島県南相馬産」と明記した。風評に正面から立ち向かう決意がそこには込められている。

紅梅夢ファームのコメを使ったパックご飯

スマート農業導入の最大の効果とは

震災からの復興に向けた佐藤さんの挑戦は今後も続く。規模拡大のメドは300ヘクタール。根拠のない数字ではなく、「とりあえずそれくらいは確保できるだろう」(佐藤さん)と見込んで掲げている目標だ。
これは必ずしも明るい面ばかりの話ではない。将来の担い手と期待された農家で、地元に戻って来なかった人が少なくないことが背景にあるからだ。震災後に避難場所を転々とした結果、「これ以上子どもを転校させたくない」と考え、他の地域で定住することを決めた人もいるという。
一方で希望は、紅梅夢ファームに若いスタッフが入ってきている点だ。一番の年長は67歳の佐藤さんで、あとの社員は30代が2人に20代が3人。これは60代後半が平均の農業の世界では破格の若さだ。今春も地元の農業高校を卒業する子が2人、入社する予定になっている。
スマート農業を積極的に取り入れているのは、若い社員を後押しするためでもある。農作業の経験不足を、新しい技術が補ってくれるからだ。「みんなかなり重宝しているよ」。佐藤さんはスタッフの様子についてそう話す。この手応えこそが、佐藤さんが震災後に得た最大の希望なのだと思う。

佐藤さんの復興への歩みは今後も続く

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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