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大嘗祭に納めたシイタケ農家、厳しい状況を救った珍しい野菜

吉田 忠則

ライター:

連載企画:農業経営のヒント

大嘗祭に納めたシイタケ農家、厳しい状況を救った珍しい野菜

農家にとって晴れの舞台はいろいろあるが、皇位継承に伴う行事「大嘗祭(だいじょうさい)」はとりわけ特別な機会だろう。2019年11月の大嘗祭では全国各地からよりすぐりの特産品が届けられる中、東京都青梅市の川口悠(かわぐち・ゆう)さんが原木シイタケを納めた。川口さんが営農で大切にしているものは何か。青梅市の山あいにある農場を訪ねた。

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なぜ大嘗祭で大役を任されたのか

川口さんは現在、40歳。自宅の近くの山林やハウスでシイタケを育てているほか、65アールの畑で約100種類の野菜を栽培している。売り先は近隣のスーパーや飲食店。売り上げは多い年で1000万円を超す。
大学を卒業後、別の仕事をしていたが、祖父の茂(しげる)さんが80代半ばになったのをきっかけに、実家で就農した。父親は会社勤めを続ける方針だったため、孫の川口さんが家業を継いだ。10年前のことだ。
なぜ川口さんは、大嘗祭にシイタケを納めることになったのか。
毎年11月に国と国民の安寧や五穀豊穣(ほうじょう)を祈って行われるのが「新嘗祭(にいなめさい)」。大嘗祭は天皇の即位後、新嘗祭を初めて大規模に行うもので、儀式の供え物として全国各地の特産の農産物が納入される。

大嘗祭にシイタケを納めた2019年11月12日、妻の里奈(りな)さんと(写真提供:川口悠)

納入する品は宮内庁が都道府県に推薦を依頼し、農業団体と調整を重ねて決定する。今回は1990年の大嘗祭に続き、西東京農業協同組合(JA西東京、東京都青梅市)の管内の農家がシイタケを納めることが決まった。
青梅市は昔ながらのシイタケの産地で、前回の大嘗祭のときは祖父が青梅きのこ生産組合の会長を務めていた。だが、年々担い手が少なくなり、最近では本格的に栽培を続けているのはわずか3人。中でも若手で、意欲的に栽培に取り組んでいる川口さんに白羽の矢が立った。
大嘗祭への供納は、栽培のプロセスそのものが神事の一環として執りおこなわれる。地元の神社の宮司の立ち会いのもと、川口さんの農場で、シイタケの種菌を原木に植え付ける植菌祭が行われたのが2019年4月10日。10月15日に収穫祭を開き、11月12日に皇居にシイタケを納めた。
「光栄だと思う」。このときの感想をたずねると、川口さんは一言だけこう語った。ともすると冗舌に自慢しそうな体験を、言葉少なに語るあたりは、川口さんの性格を反映している。大嘗祭の話題になったのも、取材が2時間近くに及び、そろそろまとめに入ろうというタイミングだった。
この姿勢は、営農のあり方にも共通しているように思う。売り上げを増やすため、自分から積極的に営業して回ったことが、ほとんどないのだ。

植菌祭の様子(写真提供:川口悠)

厳しい状況を救った珍しい品種と、シェフの口コミで販路が拡大

ここで川口さんの就農からの歩みをたどってみよう。
川口さんが就農したとき、祖父が作っていたのはシイタケのほか、ブロッコリーやキャベツ、ジャガイモなど。売り先は農協の直売所や市場で、売り上げは年間100~200万円。自分たちが食べたい分を作り、余ったら出荷している程度だった。家計を支えていたのは、サラリーマンの父親だ。
川口さんも当初は祖父のやり方を踏襲した。だが2~3年たったとき、思うように増えない売り上げを前に焦りを感じるようになった。「農作業はこんなに大変なのに、売り上げはこんなものなのか」。当時そう思ったという。
そのとき川口さんにはすでに2人の子どもがおり、将来のことを考えると収入をもっと増やす必要があった。この厳しい状況を救ったのが、川口さんが実家を継いでから作り始めた珍しい品種の野菜だった。

ケールと芽キャベツを交配させた品種「プチヴェール」。川口さんが就農してから育て始めた

導入したのは、紫色や桃色のジャガイモ、食感がモチモチしたサトイモなど。直売所ではあまり売れなかったが、たまたまそれを見つけた飲食店のシェフが珍しさを面白がり、注文してくれた。すると味の良さが口コミで広がり、ほかの飲食店からも注文が入るようになっていった。
青梅市の他の農家とスーパーの催事に出品したのを機に、販路はさらに広がった。川口さんが出したのはシイタケ。その後、原木シイタケの仕入れに困ったこのスーパーから、川口さんに「出してほしい」という連絡が入った。これをきっかけに、このスーパーに野菜やシイタケを卸し始めた。
スーパーや飲食店への売価は、直売所に出していたときの約2倍になった。自ら売り込んだのではなく、川口さんの作物を「ほしい」という相手の要望に応える形で販売を増やした結果、売価も自然に高まっていった。
なぜ注文が入るのか。そう聞くと、川口さんの答えは「そもそも味のいい品種を選んで栽培しているから」。加えて「この地域の土質が良好で、寒暖差が大きいという自然環境のおかげではないか」とも話した。あえて栽培の努力を強調しない点も、川口さんの性格を映しているだろう。

原木を木陰に置き、シイタケ菌を行き渡らせる

シイタケの原木栽培にこだわっているのも、地域の環境を生かしたいと思っているからだ。おがくずに栄養剤を混ぜた小さな菌床で育てるのと違い、原木栽培で使うために切り出した丸太は重さが5~20キロある。
川口さんが使っている丸太は4000本。これを運んだり、積んだりするのは相当な体力が要り、出荷まで時間もかかる。だが家の近くには、丸太にシイタケの菌が広がるまで、木陰で寝かせておくことのできる山林がある。そして、こうやって育てたシイタケは香りが強く、食感もしっかりする。
ここで触れておくべきは、川口さんに家業を託した祖父の存在だろう。後継者が自分と違うことをやり始めると、あまりいい顔をしない農家がときにいる。だが、祖父は川口さんが新しい野菜の栽培に挑戦しているのを見ると、「ああ、そういうのをやってみたんだ」と笑って認めてくれた。
シイタケの栽培を拡大するのも応援してくれた。川口さんが就農する前、原木は100~200本だったが、就農と同時に一気に2000本に増やした。原木の購入を資金面でサポートしてくれたのも祖父だ。
取材の最中、川口さんと妻の里奈さんは感謝の言葉を何度も口にした。

当面の目標は「現状維持」

川口さんは営業に力を入れてこなかったと先に書いた。それどころか、飲食店から「取引を始めたい」と頼まれたにもかかわらず、断ったことも何度もある。飲食店にいつ納入するかも基本的に川口さんのほうで決める。どんな野菜を納めるかは、そのとき畑にあるものの中から川口さんが選ぶ。
強気の姿勢に見えるかもしれないが、背景には「生活のリズムを崩したくない」との思いがある。2人の子どもはいま、中学3年生と小学6年生。近くの農場で仕事をしているおかげで、子どもとたっぷり接することができる。仕事を増やすことで、子どもと一緒の時間が減るのを心配しているのだ。
大嘗祭への納品を引き受けたのも、子どもへの思いからだ。最初に打診があったとき、川口さんは責任の重さに戸惑った。それでもやると決めた理由について、里奈さんは「親がこういう行事に携わっているということを子どもたちに見てもらえば、後々誇りに思ってくれると思った」と説明する。
最後に触れておくと、65アールの畑は祖父のときと同じ広さ。零細といっていい規模で家族を養うことができるのは、畑を隅々まで使い、珍しい野菜を丁寧に育てているからだ。川口さんに当面の目標を聞くと、答えは「現状維持」。大規模経営とはひと味違う営農の充実をそこに感じた。

原木で育てたシイタケ。食感がしっかりしている

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