ナリワイ遊撃農家のすすめ~都会が拠点の“土地を持たない農家”が地方の課題解決のためにできること~
公開日:2021年03月09日
最終更新日:
全国の農家さんを訪ねるフリーランス農家のコバマツです。今回インタビューしたのは、「ナリワイ遊撃農家」の伊藤洋志(いとう・ひろし)さん。以前取材した遊撃農家の原奈々美(はら・ななみ)さんも実践している「土地を持たない農業」のお手本になった人です。
就職でも起業でもない、個人レベルで今すぐ始めることができる小さな仕事「ナリワイ」を10個近く持ち、その中の1つがナリワイ遊撃農家。土地を所有しない農業を実践する伊藤さんに、個人の働き方から「地方の課題を個人レベルで解決していく術」まで、じっくり聞いてきました。
ナリワイ遊撃農家とは?
以前、和歌山県で土地を所有しない農家、原奈々美さんと運命的な出会いを果たしたコバマツ。
土地を所有しない農業を実践している原さんと運命的な出会いを果たす
実は、もう一人運命的な出会いをした人がいました。
ミカン畑で出会った原さんの隣にいる、なんだかどこかでお見かけしたことがあるお顔。
かつて「土地を所有せずにできる農業はないか」といろいろな事例を調べまくっていたコバマツ。
そのときに「ナリワイ遊撃農家という働き方を体現して、発信している人がいるんだー!」とナリワイ遊撃農家の存在は知っていました。出版されている本も何冊か読みました。
土地を所有しないで農業と関わる働き方について、いつか、お話聞いてみたいなぁ……。
でも、いろいろな地域に行っていて多忙な方だから、無理だろうなぁ……。
どこに行ったらお会いできるんだろう……。
と、ナリワイ遊撃農家に3~4年前から思いをはせていました。
そして今、目の前に見覚えのある人物が。
え、もしかしてこの方は……?
「ナリワイ 遊撃農家」でググってお顔を確認!
ナリワイ遊撃農家の産みの親、伊藤洋志さんやーーーーん!!
驚きのあまり口が開いたまま数秒フリーズ状態に。
こんな偶然ありますか?
取材せずにはいられません。早速インタビューをお願いしました!
■伊藤洋志さんプロフィール
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1979年生まれ。香川県出身。京都大学大学院農学研究科森林科学専攻修士課程修了。大学院卒業後は人材情報サービス業を立ち上げるベンチャー企業に入社。毎晩ハーゲンダッツのアイスクリームを食べなければ寝られない程のストレスを感じ、自身の働き方に疑問を抱く。
後に農業関連雑誌のライターをやりながら、個人レベルから始めることができる「ナリワイ」を徐々に生み出していった。
現在は東京を拠点とし、主に書籍の執筆、床張りワークショップの運営、モンゴル・タイツアーの企画、遊撃農家等を柱にナリワイを行っている。著書に「ナリワイをつくる」「フルサトをつくる」等がある。
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そもそも「ナリワイ」って何?
コバマツ
土地を所有しない農業を実践している大先輩にいろいろと聞いていきたいと思います! ナリワイ遊撃農家について聞く前に、「ナリワイ」と呼ぶ仕事をいくつもしているそうですが、そもそも「ナリワイ」とはどのようなものなのでしょうか?
僕は、「個人レベルで始められて、やればやるほど頭と体が鍛えられ、技が身につく仕事」をナリワイと呼んでいます。
伊藤さん
コバマツ
例えば、伊藤さんはどのようなナリワイをしているのでしょうか?
モンゴル武者修行ツアーといって、モンゴルの草原での生活を1週間楽しみながら、ゲルの建て方、羊のしめ方、料理などを習って帰ってくるツアーのツアーコンダクターや……
伊藤さん
自分が参加したいと思えるようなモンゴル遊牧文化を深く知れる企画がないということで、自身で企画した生活文化を学ぶワークショップ
全国床張り協会なるものを立ち上げて、何十万円もかかる床張り(家屋の床に板などを張ること)を自分達でやってその技術を身につける「床張りワークショップ」の開催や……
伊藤さん
自分達で床を剥がして床を張り直すワークショップ
伊藤さん
自身のナリワイの活動の考え方、実践方法などが書かれている
伊藤さん
繁忙期の農家さんの助っ人、ナリワイ遊撃農家
現在は5つほどのナリワイを柱にしていて、細かく分けると10個ほどあるそうです。いずれも、大規模な資本に頼らずに自分の頭と体を鍛えて、やればやるほど技が身につくもの。また、自分が生活するうえで自給できるものもあります。
遊撃農家は地方の農家をめぐって手伝うナリワイ
コバマツ
どれも、お金を稼ぐ手段でもあるかと思いますが、自分の興味の延長上のお仕事や、生きることに直結するものばかりですね!
ナリワイがわかったところで改めて聞いちゃいますが、ズバリ「ナリワイ遊撃農家」とはどのような働き方を言うのでしょうか?
農地から離れたところから、繁忙期の農作業の助っ人に行き、農産物の発送や販売も行う働き方をいいます。私の場合は、ネットで売ったり、たまにイベントで売ったりしています。
伊藤さん
ナリワイ遊撃農家イトウ農園のミカン販売ホームページ
こちらはウメ農家でお手伝いしたときの様子。収穫だけではなく、選別、発送の手伝いも行います
現在は、ミカン、ナシ、ウメ、モモ、サクランボの農家さんの繁忙期の助っ人としてお手伝いをしているそうです。口コミで遊撃先は増えていくとのこと。
コバマツ
確かに、農作業もやればやるだけ、技が身について体も鍛えられる! まさしく、「ナリワイ」と呼ぶのにふさわしい仕事ですね!
そもそも伊藤さんってどんな人?
ナリワイの働き方にたどり着いたワケ
コバマツ
伊藤さんは、大学卒業後、求人関係のベンチャー企業でサイトの立ち上げや、農業関連雑誌のライターをしていたそうですが、なぜ、ナリワイという働き方にたどり着いたのでしょうか?
最初は、メディアを立ち上げる経験を積むために、求人メディアのベンチャー企業に入社しました。当時、農業や地方にある職人の仕事ってなかなか情報を得にくくて。
農学部にいたので、当初はそういった農業の仕事の求人サイトを立ち上げようと考えていました。
伊藤さん
コバマツ
そうですよね……。今でこそ地方で働くということが注目されてきましたが、私の周りの人たちも「農業の仕事ってどうやって見つけたらいいの?」っていう人、多いですもん。
求人サイトを立ち上げるノウハウは身につけることができたのですが、膨大なタスクと広告を取ってくるプレッシャーからストレスを抱え、それをハーゲンダッツのアイスクリームを食べて解消しなければ眠れない日々が続きました。それで限界が来て退職し、ナリワイの働き方を試行錯誤し始めました。
伊藤さん
コバマツ
自分の時間と健康をすり減らして得たお金が、ストレス解消のアイスクリーム代+寝るだけの家の家賃に消えていく。それは、考え直してしまいますね。
自分だけではなく、大学時代の友人達も、仕事でストレスを抱えて体調を崩したり、会社を辞めていったりする姿を見て働き方を考え直した伊藤さん。
ライターとして働きながら、徐々に、自身のナリワイを生み出し、育てていったそうです。
ナリワイ遊撃農家になったワケ
コバマツ
ナリワイ遊撃農家はさまざまなナリワイをしていくなかで生まれた働き方なのでしょうか?
先ほどの、ベンチャー企業の求人サイト立ち上げの話にも通じるのですが、農業の仕事ってとてもハードルがあると感じていたんです。
農業に携わるには定住しなければならないと思っていたので、取材のような移動のある仕事もしたかった自分には縁のない話だとあきらめていました。
伊藤さん
コバマツ
それは私も同じことを思っていました。情報の少なさもそうですし、腰を据えて、その地域に骨を埋める覚悟がないとできない仕事なんじゃないかって最初思っていましたもん。
そんななかでたまたま、農家になった同級生に手伝ってくれと言われて、作業を手伝っているうちに、バイトとして決められた作業をこなすだけではなく、作業と販売を手伝って自ら仕事を作った方が面白いと考えるようになり、今の遊撃的農家の活動を始めました。
伊藤さん
コバマツ
農業=専業でなければならない、という固定観念を自らの働きによって崩していこうと思い、伊藤さんはナリワイ遊撃農家を始めたんですね!
地方ならではの仕事である、農業や伝統工芸、その他の職人の求人にスポットが当たらないことに課題を感じていた伊藤さん。ベンチャー企業やフリーライター等も経験し、紆余(うよ)曲折の末に、自らが、これからの時代に必要だと感じる働き方、ナリワイを実践していきました。
課題を外から解決するのではなく、自ら解決するための「答え」を実践して生きている姿に胸が熱くなりました。
「ナリワイ遊撃農家」が生む新たな出会い&現在の活動
コバマツ
ナリワイ遊撃農家をしている中で、魅力だなと感じることって何かありますか?
ナリワイ遊撃農家は、農作業のお手伝いをして、作物の販売も自分で行います。なので、ある程度、農作業の現場や、作物について知っている。
卸売業者だとどうしてもできるだけ安く仕入れて売りたいということになりますが、あくまで農家なので適正価格に近づけるためにお客さんと関係性を作れるように努力します。食べた方の感想は、もちろん本職農家さんと共有します。
伊藤さん
コバマツ
生産者も、どこの誰が自分達の作物を食べてくれているのか、分かるとうれしいですよね。
ナリワイ遊撃農家の存在を通じて、双方の関係性を作ることができるわけですね。
ナリワイ遊撃農家のようなサブ農家が増えていって、農作物の価値を理解できる人が、農作物の価値を理解できる人に届けることができれば、農業の価値も高めていくことができると考えています。
伊藤さん
ナリワイがナリワイを生み出す。農作業着ブランドSAGYO(サギョウ)
コバマツ
農業に付随して、最近は更に新たなナリワイを作り出したそうですね!
伊藤さん
風景を作っていく、農作業着 SAGYO
コバマツ
カッコ良すぎです! 私も着たい! 作業着なのに、絵になるし、ブランドのキャッチコピーの通り、風景になじんでいる!
僕自身、農業現場に入る最初の頃は高校時代のジャージー等を着て作業していたのですが、どうも動きにくい。
しかも「国産のものを食べよう」とか、「生産者と消費者をつなぐ流通」とか言っている割に、海外製造の服を着て作業をしていて、説得力がない。
だったら、自分で国内製造の農作業着を作ろうと思い、仲間とメーカーを立ち上げました。
伊藤さん
学生時代は新型の着物を開発して展示販売したという経験を持つ伊藤さん。日本にもともとあった和服の作業着=野良着を現代版に、かつ機能性があるものに改良して作ったそう
購入者は、農業関係者も多いそうです。これは着ながら作業したくなります
ナリワイ遊撃農家として、実際に農作業をしているからこそ、
「こんな農作業着があったらよいのではないか」
と感じ、更に新たなナリワイが生まれる。
お金だけに頼らなくても、自分の技と知恵で、自分の生活を作っていく。
ナリワイは、やればやるほど、理想の生活を手繰り寄せることができるのではないかと感じました。
東京を拠点にナリワイをするワケ
コバマツ
伊藤さんは、東京を拠点に活動しているそうですね! ナリワイは地方での活動が多いのでは?と感じるのですが、どうして東京を拠点に活動しているのでしょうか?
地方で活動したいからこそ、東京を拠点にしています。僕の場合、国内のさまざまな地域にナリワイがあるので、東京拠点の方がアクセスがいいんです。
伊藤さん
コバマツ
地方へのアクセスの良さはありますよね! 私、北海道から高知行ったり、和歌山行ったり、確かに移動が少し不便に感じることありますもん。
あとは、地方の課題解決は、都会の課題解決を行わないと改善されないと考えているからです。
伊藤さん
コバマツ
農業でいうと、味や品質に問題はなく、むしろ味も品質も良いのに、傷や形が悪いだけでお店に並ばない農作物が多くあります。
これは都市部への流通文化そのものに問題があるからだと僕は考えています。
ナリワイ遊撃農家の活動によって実質重視が基準になる場を増やせれば、そういった農産物の破棄などの問題は解消されていくのではないかと考えています。地道ですけど。
伊藤さん
コバマツ
言われてみればそうですね! 規格は、効率的に大量に流通させるために都会が作ったルールですし。都会の人は見た目以外に作物の良しあしを判断できる基準がない。
都会こそ、ナリワイ遊撃農家のように、生産現場を知り、品質の良さを伝えることができる人が必要ですね。
それに、現場では選別作業等にも膨大な時間がかかっています。
もしも見た目にこだわらずに販売することができれば、農家さんはもっと農作業に集中できて、選別等の人手も必要なくなるかもしれません。
伊藤さん
地方の課題を解決するためには都会の課題を解決していかなければ変わっていかない。
伊藤さんはそんな問題も感じていて、東京を拠点に活動しているそうです。
ナリワイ遊撃農家のすすめ
コバマツ
伊藤さん、ナリワイ遊撃農家の仲間や弟子のような人はいるのでしょうか?
弟子というほどの人はいませんよ(笑)。収穫のお手伝いに行ってみたいという友人が、ときどき一緒に農作業を行うくらいですかね。
あとは、先日コバマツさんが取材した原菜々美さんなど、自分なりに活動している人はちらほらいるのではないかと思います。目立たないだけで。
伊藤さん
コバマツ
伊藤さんのように、ナリワイを始めたい!本業はあるけれども、まずはスポットのお手伝いから、ナリワイ遊撃農家を始めてみたい!という人に向けて、アドバイスをもらえますでしょうか!
ナリワイには、大きな投資もリスクもありません。まさに、ローリスク・ローリターンの考え方です。個人レベルから始められる、自分の興味の延長や、生活の自給分を誰かにお裾分けするという発想から始めてみてはいかがでしょうか。
遊撃農家という活動は、知り合いの農家さんとの縁がないと始まらないところはありますが、探せば友人の親戚とかくらいの範囲なら農家をしている方はいるんじゃないでしょうか。
伊藤さん
「自分の時間と健康をお金に変える働き方」ではなく、「やるほどに技と知恵が身につくナリワイ」。伊藤さんのように「ナリワイ」として農業に関わることができれば、土地を所有せずとも、自給が可能になると感じました。また、伊藤さんのお話を通じて、都会での流通と農業の現場が切り離されてしまっていることの問題にも気づきました。
都会にいながら土地を持たずに実践できる「ナリワイ遊撃農家」。このような都会と地方を結ぶ農業は、地方の課題を個人レベルで解決していく一つの方法になっていくのかもしれません。