地域に溶け込むための農業
さんさん山城は「聴覚障害者が地域で元気に暮らせる場所」を目指し、2011年に設立された就労継続支援B型の福祉事業所。社会福祉法人京都聴覚言語障害者福祉協会が母体で、聴覚に障害のある「ろう者」が利用者の8割を占める。
2011年の開所以来、農業を中心とした活動を行っており、その農産物や6次化商品の品質に対する評価も高い。関西の有名なレストランに野菜を届ける仲卸業者も太鼓判を押すおいしさで、その農産物を使って、施設内のコミュニティカフェでワンコインランチも提供しており、地域の人々にも人気のスポットになっている。
設立の中心となったのは現在管理者を務める藤永実(ふじなが・みのる)さんだ。
農業を作業の柱としたのは「地域に溶け込むための手段」と藤永さんは言う。
「地域に溶け込むにはその土地の生活や文化を共有するのが大事。ここは農村文化が根強くあるところだから、専業農家と同じように農業をやれば受け入れてもらえるのではないかと考えた」とのこと。たまたま藤永さんが市役所職員時代に農業関係の部署に長くいたことも農業参入を後押しした。
まずは設立の2年前の2009年から、さんさん山城の立ち上げに関わっていたろう者グループなどが地元のお茶農家に修行に行き、栽培方法を学んだ。
「さんさん山城として地域の専業農家になる」との思いから、農作物の品質にもこだわることに。現在はJAの生産者部会にも参加し、支援員だけでなく利用者自身も栽培技術を熱心に身につける努力をしている。
「福祉事業所の作物だから品質が悪くてもええということはない。専業農家の皆さんは少しでも隣の畑よりもええもんを作ろうと、日々努力しています。それが農家の誇り。さんさん山城はまだまだ勝てへんけど(笑)」と藤永さん。その心は農家そのもののようだ。
また耕作放棄地を借り受けて活用するなど、さんさん山城の存在が図らずも地域の農業の存続にもつながっている。
「第一言語は手話」だから安心で楽しい
さんさん山城に通う利用者の8割は聴覚に障害のある「ろう者」。難聴から全く聞こえない人まで障害の程度はさまざまだが、「第一言語は手話」だ。施設長の新免修(しんめん・おさむ)さんはろう者の現状について次のように教えてくれた。
「中には定年まで一般企業に勤めていたという人もいますが、耳の聞こえる人の中で圧倒的なマイノリティーとして働くのはストレスが大きい。また、ひと昔前まで、ろう学校では手話を使った教育がされてなかった。その影響で十分な教育が受けられず、日本語の文法が正しく使えなかったり筆談に苦労したりする高齢のろう者も多いんです」
そんな彼らがさんさん山城を選ぶ理由は「ろう者同士のコミュニティー」と農業だ。
「ここでは手話で気兼ねなくコミュニケーションが取れるから楽なんです」と新免さんは言う。「それに農業はいろんな作業があって、皆さん『毎日が単調やないから楽しい』と言わはります」
今では「農業がしたい」と、ろう者以外でさんさん山城に通所を希望する知的障害者や精神障害者も増えている。ただ、変わらないのは「第一言語は手話」ということ。「さんさん山城の『ろうコミュニティー』は基本的にオープン。たとえ手話ができない耳の聞こえる知的障害者や精神障害者でも、ろうコミュニティーに飛び込んで一緒に働こうという気持ちさえあれば、さんさんのろう者たちはだれでも迎え入れてくれます」(新免さん)
「農福連携」だから、地域の一員として貢献できる
10月上旬、さんさん山城では、児童養護施設入所児童を招いたイベントを開催していた。同様のイベントは去年から行っていて、今回は5回目。この日やってきたのは保育園児から高校生までの11人の女の子だ。
まずはサツマイモの収穫体験から。引率してきた児童養護施設の指導員によると、こうした農業体験をしたことのある子は少なく、貴重な機会だという。子供たちはイモを掘ったり、虫を見つけて喜んだりと、思い思いに楽しんでいる様子だった。
また、さんさん山城で栽培した野菜やお茶を使ったランチもイベントの目玉だ。今回はさんさん山城の食材を使用している高級フレンチレストラン「貴匠桜(きしょうざくら)」の寳持隆志(ほうもち・たかし)シェフが、子供たちのために腕を振るい、料理人の仕事についても講演を行った。
また日本でただ一人、視覚と聴覚に障害のある「盲ろう」のトライアスロン選手で、さんさん山城の利用者でもある中田鈴子(なかた・すずこ)さんによる講演も行われた。障害があっても挑戦することを諦めない中田さんの姿を子供たちはじっと見つめていた。
そのほか、さんさん山城のタカノツメを七味唐辛子の原材料として採用している甘利香辛食品株式会社の原田昌慧(はらだ・まさえ)さんによる商品開発の仕事についての講演も行われた。
最後は「濃茶大福づくり体験」。「濃茶大福」はさんさん山城で栽培し手摘み収穫した茶葉を石臼でひいた抹茶で作る、人気の6次化商品だ。この濃茶大福の製造を担当する利用者が、子供たちに作り方をレクチャー。子供たちの間に入り、丁寧に教える様子が見られた。
このイベントの運営を中心的に行っている施設長の新免さんは「こんなことできるのは、うちがいろんな人を巻き込んだ『農福連携』をやってるからですよ」とこれまでの取り組みに自信を見せる。「児童養護施設の子供たちがさんさん山城での体験を通して、将来、職業の選択肢が広がればなぁ、と思います。その中に農業や福祉の仕事も入るといいですね」
イベントでは子供たちと利用者の交流の機会も生まれ、障害者である利用者が子供たちにサービスを提供する側になる。彼らが「支援を受ける側」ではなく、地域の一員として社会活動に参加している姿を「障害者」とひとくくりに表現するのは、あまりにも言葉が貧しすぎる。
「私なんか、いつも利用者の皆さんに『ちゃんとせえ』って怒られてますし、どっちが利用者かわからないですよ。利用者の皆さんのほうがよっぽど働きもんで、こっちが助けられることも多いですけどね」と新免さんは冗談のように言うが、その目はとても真剣だった。
さんさん山城とつながるすべての人に恩恵がある「農福連携」
さんさん山城は現在「認定農業者」として、地域の農業の一端を担う存在になり、農業での収入も増えている。B型事業所の工賃は2019年度の全国平均で1カ月当たり1万6000円あまり。一方、さんさん山城の平均工賃は1カ月で約3万円だ。利用者の頑張りと経営努力のたまものと言えるだろう。
新型コロナのまん延以降、全国のB型事業所では作業が少なくなり、利用者の工賃も20%近く減少した。しかし、さんさん山城での工賃は8%減で済んだという。その理由として新免さんは「食べ物は絶対必要だから、ちゃいますか。コミュニティカフェでのランチの提供は一時中断しましたけど、やっぱり地域に必要なサービスなので今は再開しています。JA出荷もありますし、ここに直接野菜を買いに来てくれる人もいるから減収はそれほどなかった。地域特産にこだわった農業をして、地元のたくさんの方々がさんさん山城の取り組みを支えてくださっているおかげです」と説明してくれた。
「この取り組みを続けていくには仕組みがいる」と藤永さんは続ける。農業はケガの危険や熱中症の恐れもあるため、利用者の安心安全を守るという目的で、JGAP認証を取得した。もちろん、農作物の品質向上にもつながっている。
また、2019年に制定された「ノウフクJAS」の認証も取得している。ノウフクJASは障害者が生産行程に携わった食品の規格。取得後、関西の有名飲食店を顧客に持つ仲卸業者とのつながりができ、貴匠桜をはじめとする高級店との取引も始まった。取引をきっかけに児童養護施設の入所児童を招いたイベントにも参加した寳持シェフは「ここのナスは味が良く、非常に皮が薄くて使いやすいというのが取引の決め手。さらに農福連携で作っている。そんな取り組みのお手伝いができると思ったら、とてもうれしい」と語ってくれた。
こうした取り組みが評価され、さんさん山城は昨年「第8回グッドライフアワード」で環境大臣賞を受賞した他、農福連携の優良事例を表彰する「ノウフク・アワード2020」でも優秀賞を受賞。全国から視察に訪れる人が絶えない。
利用者を「支援される側」だけに置くことなく、地域に貢献できる一人の人間として活躍できる場を作っているのが、さんさん山城の特徴だ。その手段として選んだ農業が、古くから地域に根差した産業であり、関係する人の幅が広いことも功を奏した。
新免さんは今後について、福祉を超えた展開を語ってくれた。「さんさん山城とつながってくださる方すべてが恩恵を受けられるのが理想。企業や飲食店はおいしくて新鮮で安心・安全が担保された農産物を使用できる。その上、社会貢献活動の側面でもPRすることができるし、今回のイベントのような食育活動に参画することで自社の取り組みをダイレクトに子供たちに伝えることができる。事業所の利用者もそんなさんさん山城メンバーであることに誇りを持てる。これが農福連携の強いところですわ」
さんさん山城につながる人々は、農福連携を通じて障害にかかわらず社会貢献に参加できる。そこでは障害者と健常者、支援する人とされる人の区別もあいまいだ。
「社会の一員として一生懸命働き、誇りをもって生きたい」と願う人々が安心して過ごせる場として、さんさん山城の活動はこれからも続いていく。
取材協力:さんさん山城