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30年で化学合成農薬が7割減 なぜ熊本県は「持続可能な農業の促進」に成功したのか

山口 亮子

ライター:

連載企画:連続講義 土を語る

30年で化学合成農薬が7割減 なぜ熊本県は「持続可能な農業の促進」に成功したのか

熊本県は、土づくりを基本に化学肥料や化学合成農薬を慣行栽培より減らした、環境にやさしい農業を推進している。その名も「くまもとグリーン農業」だ。原形となる減農薬運動が始まったのは、1990年のこと。2015年には全国初となる「地下水と土を育む農業推進条例」を施行し、環境と農業のバランスを重視する姿勢をより鮮明にした。「土地の劣化の阻止・回復」を掲げるSDGsに先駆けるような動きは、なぜ生まれたのか。

農業の力で地下水を守る

「地下水と土を育む農業」

熊本県はその実現を目指し、環境に配慮した「くまもとグリーン農業」を広めてきた。同県といえば、野菜やコメ、果実、イグサなどの生産や、畜産業が盛んだ。2020年の農業産出額は全国5位で、産出額を品目別にみると、トマト、肉用牛、コメ、生乳、ブタの順になっている。同県はこのように農業県という顔を持つと同時に、地下水への依存度が非常に高いという特徴も持つ。

生活用水の8割が地下水を水源にしています。生活用水の地下水への依存度の全国平均は2割なので、本県は特に高いです。中でも熊本市を含む11市町村のある熊本地域は、生活用水のほぼ100%を地下水に依存している、世界的に見ても珍しい地域です」

熊本県農業技術課 地下水と土を育む農業推進班の藤元駿成(ふじもと・しゅんせい)さん(冒頭写真)がこう解説する。地下水への依存度が高いだけに、地下水の量を増やし、質を高めることが大切になるという。

農業はそのための重要な役割を果たす。水田や畑地は、コンクリートなどで舗装された地面やふつうの地面に比べて雨水を吸収しやすく、地下水を増やすことになる。

一方で、土にしみ込んだ水は土の間を移動する間にろ過され、良質な地下水になるが、土が汚染されていると地下水まで汚染されることになる。こうした汚染は、生活排水によっても起きるが、農業における化学肥料の過剰な投入や家畜排せつ物の不適切な処理などによっても引き起こされ得る。

地下水は、一度汚染されると回復に時間がかかる。そのため、先手を打って地下水を守る農業をしようと熊本県は考えたのだ。2015年には「地下水と土を育む農業推進条例」として土づくりを基本に化学肥料や農薬を削減すること、家畜排せつ物を使った良質な堆肥(たいひ)を生産し流通させること、水田を有効活用することなどを制定し、施行された。蒲島郁夫(かばしま・いくお)県知事は「熊本の地下水と土は、豊かな自然と農業の営みによって育まれてきた熊本の宝です。この宝を未来に引き継ぐため、全国初となる条例を制定しました」と語っている(2020年度熊本県発行「くまもとの地下水のひみつ」より抜粋)。

くまもとグリーン農業の営農風景(画像提供:熊本県)

販売農家の過半数がくまもとグリーン農業の生産宣言

くまもとグリーン農業を広める柱になっているのが、生産者が「生産宣言」を、消費者や会社などが「応援宣言」をする制度だ。生産宣言は、耕種農家なら環境に配慮したどのような農業をするか宣言し、生産物にマークを表示できる。畜産農家なら土づくりに必要な良質の有機質肥料などを供給することを宣言する。

応援宣言は、スーパーやレストランなどが、くまもとグリーン農業で作られた農産物を使ったり扱ったりして応援していると宣言するものだ。2021年12月下旬時点で、生産宣言は2万1000件と、県内販売農家の過半数を占め、応援宣言は3万4000件を超えている。このように、生産者がグリーン農業に取り組み、消費者が購入することで応援するという「生産」と「消費」の好循環を、県民運動として支えるしくみをとっていることが、グリーン農業を拡大してきた成功の秘訣(ひけつ)なのだ。

生産宣言の表示マークには、下のように6つの段階がある。最も厳しいのがJAS有機を取得している「JAS法有機農産物」で、最も取り組みやすいのは「環境にやさしい農業」だ。難度が上がるごとに、くまモンの後ろの四つ葉のクローバーに線や色が足されていく。

2_くまもとグリーン農業表示マーク

くまもとグリーン農業の制度と表示マーク(画像提供:熊本県)

くまもとグリーン農業の表示マークの付いた農産物を扱う店舗は、2019年度時点で158店舗に及んでいる。同年度に実施した県民アンケートで、くまもとグリーン農業の認知度は43%に達した。

「くまもとグリーン農業に取り組む農家数、販売店舗数ともに順調に増えています。ただ、生産面ではまだ6段階で一番取り組みやすい『環境にやさしい農業』が全体の約4割を占めています」と藤元さんは話す。
より高度な取り組みを行う生産者を増やすのが、今後の課題だ。

30年で農薬、化学肥料が7割減

1990年からおよそ30年にわたって環境に配慮した農業を進めたことで、県内の化学合成農薬や化学肥料の使用量は大きく減った。

化学合成農薬は、1989年度に比べて70%の削減です」(藤元さん)

2005年度に、現在のくまもとグリーン農業のしくみができてからの削減率は、化学合成農薬、化学肥料ともに39%だ。

県は2024年を期限にさまざまな目標を設定している。たとえば、「特別栽培農産物」以上に取り組む生産者の宣言割合を全体の2割にする、地下水を増やす効果の高い水稲の作付けを拡大するなど。堆肥が県下全域で利用されるよう広域流通量を増やすという目標もある。県北部の菊池市で畜産が盛んな一方、園芸が盛んなのは南部の八代市という具合に、堆肥の生産地と消費地が離れているため、輸送体制や耕畜連携のマッチングを進めるという。

「くまもとグリーン農業の効果の見える化にも取り組みます。環境保全型農業が生物の多様性にどういった貢献をしているか見て分かるように、生き物観察会などを実施していきます。化学肥料と農薬は、2017年度比で20%減を目指しているんですよ」
藤元さんがこう話すように、くまもとグリーン農業はこれからも進化を続けていく。

くまもとグリーン農業
https://kumamoto-green.com/

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